第420話 side:ヴォルク

 二体のメフィストが、高速で地を這いながら、我を囲み、周囲を回る。

 一か所に固まっていてくれれば対処も容易かったが、これではそうもいかぬ。

 片割れに気を留めれば、必ずもう一体に死角を突かれてしまう。


「……〖ミラージュ〗」


 少女の顔の側が、三体へと増える。

 二体は幻影だが、これでまた見切り辛くなかった。

 三体の頬が、ぷくりと膨れる。


「〖ウーズボム〗」


 三発の酸弾が放たれる。

 あれは、当たれば弾けて拡散する。

 防ぐのが難しい。大きく動くしかない。


(〖ミラージュ〗は厄介……あの魔法は、少女の方しか使っていない。となれば、先に二つ目の顔から片づけるか)


 もう一体、醜女の顔のスライムは、我へと向かい、大きく口を開け、舌を垂らす。


「〖デェス〗! 〖デス〗、〖デス〗ゥ! アハハ、死ね死ねぇ! そうら、もう一発! 〖デス〗!」


 黒い光が、我が傍で明滅する。

 即死魔法は、早々作用するものではない。

 当たってもさすがに発動せぬとは思うが……このスライムの魔法力の高さを考えれば、退いておくしかない。

 後ろに跳んで黒い光を回避し、背を屈めて前進して〖ウーズボム〗を避ける。

 背後で〖ウーズボム〗が破裂する。

 〖ウーズボム〗は、完全回避以外に防ぐ術がない。


 そのまま駆け、醜女のスライムへと向かい、レラルを振り上げる。


「ふしゅううううう!」


 スライムの全身から、禍々しい黒い煙が立ち込める。

 恐らくは、魔力の練り込まれた吐息系統の技。

 ここで片割れを崩せるのならば突っ切ってもいいが……姿が見えなくなったため狙い辛く、致命打を繰り出せなくなったのが痛い。


「〖コンフュージュ〗」


 少女のスライムより横から放たれる、黄色い濁った、混乱の光。

 ……最初の〖破魔の刃〗で魔法の使用に対し牽制できていればと思ったが、そこまで甘くはないか。


 地を蹴って大きく上に跳んで回避し、上空より、黒い煙の中央部へと剣撃を放つ。


「この、はぁっ!」


 剣先より生じた〖衝撃波〗が、煙を吹き飛ばし、床を穿つ。

 四散する煙より、醜女のスライムが猛スピードで離れていく。


「ニンゲンの分際で、馬鹿みたいな攻撃力しやがって……! でも、アンタの弱点、今度こそ見えたわよ」


 醜女のスライムがニンマリ笑う。

 我は言葉には応じず、這い逃げるスライムの背後へと着地し、剣を振るう。

 醜女のスライムがぐるりと上体を捻じる。人間ではありえない動きで、我へと即座に向き直る。


「〖デス〗! 〖デス〗!」


 横に跳んで回避する。

 我が立っていた位置を、黒い光が覆う。


「〖コンフュージュ〗」


 反対側から、少女のスライムが黄色の光を放つ。


「ちっ!」


 〖破魔の刃〗の一閃で、魔法を斬って無力化する。


「やっぱりアンタ、魔力の量自体が、相当低いのね。無効化されたときはちょっとびっくりしたけど、そう多くは使えないんでしょ? だから、攻撃の機を逃してでも、斬るよりも、回避を選ぶ。だったら話は簡単、こっちから魔法を撃ち続けて、アンタの魔力が尽きるのを待つだけ! アハ、簡単すぎるわね! よかったーあんな伝承のドラゴンが相手じゃなくて、アタシの相手が、ただのニンゲンで!」


 気づかれた。

 執拗な魔法攻撃が、これで更に頻度を増してくる。

 いっそのこと、〖デス〗への対処は捨てるべきか?

 いや、何を脅えている。簡単な話だ。我の魔力尽きる前に、二体共斬り捨てる。

 当初の予定通り、片割れから強引に崩すまで!


「もう詰んでるわよ。悪いけど、ここ、アタシ達の間合い」


 醜女のスライムが言うなり、伸ばした腕を鞭の様に撓らせ、身体の一部を飛ばす。

 〖ウーズボム〗より、撃つモーションも、飛行速度も速い。

 大剣で受ければ、金属音が響いた。

 散った液体に、強酸効果がないのがまだ救いか。


 風を切る音に身を捩る。

 背後より飛来した同一の技が、我の腹を掠めた。

 肉が抉れ、血が舞う。


「どう? アタシ達の、〖水刃〗は! アハ!」


 初動が速いため、死角よりこの距離で放たれれば、完全回避は困難だ。

 水の刃が、重ねて我を挟み、乱れ撃ちにされる。


 大剣を盾のように構え、左右に動きながら攻撃を回避する。

 防いだ水の刃が、すり抜けて消える。


「ぐっ……!」


 幻影……!

 本体の位置を押さえていたはずなのに、惑わされた。

 挟み撃ちにしても乱れ撃ちの今の状態は、不利が過ぎる。


 小さなミスの一つの代償として、肉を削がれる。

 打開策を練らぬまま、刃の雨の中、肩、足、腕の肉が削がれる。


「〖デス〗!」

「〖コンフュージュ〗」


 そして混ぜるように放たれる、状態異常魔法。

 使わさせられた〖破魔の刃〗を連続で振るい、二つの光を無力化する。

 そのとき、目前の空間が揺らいだ。


「しまっ……!」


 〖ミラージュ〗でその姿を隠された〖水刃〗。

 極度の緊張状態が続く中、手を変え品を変え、我のミスを誘って来る。

 慌てて大剣を戻すが、間に合わない。

 胸部が、深々と斬りつけられる。


「がはっ!」


 握力が緩む。

 だが、戦地で武器だけは離すまい。

 強く握り直し、腕を見る。

 腕の皮、肉が削がれ、白い骨が一部露出している。


「この程度の傷……!」


 腕に力を込め、強く念じる。

 腕の肉が再生を始め、骨を覆い隠していく。

 だが、〖自己再生〗のスキルも、頼り過ぎるわけにはいかない。


 魔力をかなり消耗させられた。

 元より、メフィスト以前のスライム兵共との戦いで、少なくない魔力を消耗させられていた。

 これ以上は、〖破魔の刃〗も、〖自己再生〗も〖衝撃波〗も、ここぞというタイミングでしか使えない。


 意識が眩む。

 血を流し過ぎた。

 だが、回復に割いていれば、攻めきれない。

 ここからあの粘体共を屠るには、レラルの固有スキル〖月穿〗を直撃させるしかない。


 一瞬、意識が眩む。

 

「〖コンフュージュ〗」


 その声で、すぐさま視界が戻った。

 ほんの刹那ではあったが、戦地ではそれが命取り。

 迂闊、最悪のタイミングだった。

 混乱魔法など、受けるわけにはいかない。

 回避には遅すぎる。下手な回避は続く〖水刃〗の餌食となる。


 ……ならば、〖破魔の刃〗で斬る他ない。


 振り上げた剣。

 背後に、風を切る不快な音。


『ヴォルク殿! スマヌ!』


 酸弾が我の肩で破裂した。


「や、やった! 俺の〖ウーズボム〗が、あの竜狩りに当たった、当たったぞおおお! 俺の手柄だ、俺の手柄だ!」


 スライム兵共か……!

 上げた肩が下がる。

 魔金属の魔物が抑えきれずに漏れたスライムが、こちらへ酸弾を放ったのだ。


 〖コンフュージュ〗、混乱魔法の光が、我へと当たる。

 頭の中が、掻き乱される。吐き気がする。恐怖と怒り、歓喜と興奮が、出鱈目に我の感情を支配する。

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