第591話
俺は宙で体勢を取り戻し、オリジンマターへ背を向けた。
〖ブラックホール〗が途切れた今の内に、もう一度こいつから逃げる。
もしもまた〖ブラックホール〗を撃たれたら、そのときはまた〖次元爪〗を放ってダメージを稼いで逃走するだけだ。
『あ、主殿ぅ……大丈夫ですか?』
トレントの〖念話〗が聞こえてくる。
ただでさえ俺の口の中で真っ暗な上に、〖ブラックホール〗のせいで滅茶苦茶な方向に引っ張られていたので不安なのだろう。
だが、悪いが、今〖念話〗を返してやれる余裕はねぇ。
俺は尻目にオリジンマターの出方を見る。
恐らく奴は〖ブラックホール〗で再び取り込みに来るか、〖ダークレイ〗の連射攻撃を仕掛けてくると、俺はそう考えていた。
だが、オリジンマターは、ただその場で静止していた。
オリジンマターの体表の渦模様が、うねうねと歪な動きを始めていた。
カラフルな光を放つ模様の数がどんどんと増え、オリジンマターの輝きが増し始めてきた。
別のスキルを使うつもりか!
俺は〖ブラックホール〗でも〖ダークレイ〗でも凌げる自信はあった。
オリジンマターも、どうやらこの相手はこの二つのスキルでは痛手を負わせられないらしいと踏んだのだろう。
……オリジンマターの未知のスキルは、あと一つしかない。
【通常スキル〖ビッグバン〗】
【自身を起点に、超高温の大爆発を巻き起こす魔法。】
じ、自爆……では、ないのか。
あくまで自分を中心に大爆発を引き起こすだけだ。
だが、んなことをしたらオリジンマター自身も無事では済まないはずだ。
いや……オリジンマターには〖火属性無効〗、〖水属性無効〗、〖土属性無効〗という、ヤベェ耐性スキルがついていた。
〖火属性無効〗のおかげで〖ビッグバン〗の自爆ダメージを防げるのかもしれない。
普通に飛んで効果範囲外まで逃れられるならそうしたいが、このタイミングで〖ダークレイ〗より〖ビッグバン〗を優先したのは、オリジンマターが当てられると踏んで発動したのだろう。
何か打開策を取らねぇと、俺ごとアロとトレントまで吹っ飛ばされちまう。
ワ、〖ワームホール〗を使って瞬間移動するか……?
いや、あれは駄目だ。落ち着け俺、〖ワームホール〗だけは駄目だ。
あれはクソスキルだ。
〖ワームホール〗さんにだけは頼ってはいけない。
移動距離が短い上に発動まで遅いため、普通に逃げた方が遥かにマシだ。
瞬間移動とは異なるが、〖竜の鏡〗で自身の存在を消せば〖ビッグバン〗から逃れられるはずではある。
〖竜の鏡〗を用いて存在を途切れさせるのは、持続すればするほど膨大なMPを溝に捨てることになるのであまり気軽にできることではない。
それに、存在を戻す瞬間は完全に無防備を晒すことになる。
だが、大技をやり過ごすのには有用な手段だ。
……しかし、今はそれを使えない。
そうすればアロとトレントは宙に放り出され、〖ビッグバン〗の餌食になる。
今は別の手段を取らねえといけない。
〖ワームホール〗も〖竜の鏡〗も使えないとなると、完全回避は諦める。
ちょっとでもダメージを軽くするしかない。
俺は〖アイディアルウェポン〗を使った。
俺の全身を、青紫に輝く厚い鎧が覆っていく。
……こんなことしても雀の涙くらいの効果しかねぇだろうが、それでもないよりはマシに違いない。
【〖オネイロスアーマー〗:価値L(伝説級)】
【〖防御力:+190〗】
【青紫に仄かに輝く大鎧。】
【夢の世界を司るとされる〖夢幻竜〗の竜鱗を用いて作られた。】
【各種属性スキルへの高い耐性を持つことに加え、装備者に対する幻影スキルを完全に無効にする。】
続けて俺の後方に〖ミラーカウンター〗の光の障壁を展開した。
……できることは全部やったはずだ。
これを貫かれたら、もうどうしようもない。
オリジンマターが虹色に包まれ、その光を増していく。
次の瞬間、奴を中心に大爆発が巻き起こった。
俺は身体を丸め、〖ウロボロス〗の双頭を抱え込んだ。
視界が爆炎に包まれる。
クソ範囲攻撃め……!
こんなの反則だろ!
全身に高熱と共に強い衝撃を受け、俺は前方向へと弾き飛ばされた。
身体に張り付いていた〖オネイロスアーマー〗に罅が入り、朽ち果てて粉になり、魔力の光へと戻っていく。
眼球が焼け潰れたのか、視界が途切れた。
激痛の中、意識が薄れていく。
「竜神さま!」
『主殿っ!』
アロとトレントの声に、俺は意識を取り戻した。
よ、よかった、無事で済んでいたんだな……じゃねぇ!
今はとにかく態勢を整えねえと!
このままどこかに叩きつけられたり、オリジンマターに追撃されたりでもしたら最悪だ。
俺は〖自己再生〗で潰れた体表を再生させていく。
焼け崩れた翼を元に戻して、大きく伸ばした。
翼が〖ビッグバン〗の爆風に後押しされ、俺の飛行速度が上がった。
俺は尻目にオリジンマターを睨んだ。
かなり距離は開いていたが、それでも奴はまだ俺を諦めていなかった。
〖ダークレイ〗を連射しながら俺を追ってくる。
俺は高度を急激に落としながら逃走を続ける。
角度をつけることでオリジンマターの〖ダークレイ〗から逃れるためだが、それだけではない。
俺は地上が近くなってきたところで身体を丸め、〖転がる〗を使って着地と同時に疾走を始めた。
普通に移動するより、結局これが一番速い!
俺は巨大な木を回避し、ときにへし折り、ときに弾かれながら、とにかくオリジンマターから逃げ続けた。
そう時間が経たない内にオリジンマターの〖ダークレイ〗が止んだ。
後方の空で、オリジンマターが空へと引き返していくのが目についた。
〖ダークレイ〗は性能に反してローコストだが、当たらない相手に撃ち続けられるほど余裕があるわけでもない。
これ以上はMPの無駄だと判断したのだろう。
少し経ってから俺は〖転がる〗を解除する。
完全に逃げ切ったと安心できるようにもう少し走っておきたかったが、あまりこのンガイの森を駆けすぎても他の魔物に見つかる恐れがある。
俺は遠くの空に浮かぶ、黒い光の塊を睨んだ。
少なくともあいつを倒せるようにならねぇと、きっと元の世界に戻っても神の声の〖スピリット・サーヴァント〗には通用しない。
……だから、待っていやがれ。
ここを出る前にレベルを上げて、きっちりお前をこのンガイの森から解放しに、いつか戻ってきてやるからな。
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