第637話

「うむ、うむ、全然食べられるな。魔物の中には、とんでもなく大味なものも多いんだ」


 ミーアは金属串についた肉を頬張り、楽しげにそう漏らした。

 相柳の肉を細かく切ったものである。

 串はミーアが用意したものである。

 〖クレイ〗を用いて土の串を作り、それを〖アルケミー〗のスキルで金属へと変えたのだ。

 

 俺も〖人化の術〗を用いて、ミーアの前に座っていた。

 手には、ミーアの渡してくれた相柳の串焼きがあった。


 相柳は元々、体表は緑で、肉は白かった。

 俺が〖灼熱の息〗で焼いてから、赤茶色へと変わっている。

 鼻を近づけ、匂いを嗅ぐ。

 なんだか薬のような……生臭いような……そんな匂いがする。

 悪いとは言わないが、そう食欲をそそる感じではない。


『主殿、食べないので? 塩が合っていて美味しいですぞ』


 トレントはそう言いながら、相柳肉を平然と食していた。

 ミーアも嬉しそうにトレントを見ている。

 トレント、実は俺より適応力高いんじゃなかろうか。


 俺はちらりと、相柳の亡骸へと目を向ける。

 目玉は衝撃で破裂したようなものばかりだが、その中に紛れ、まだ形の残っているものもある。

 俺は、それと目が合った。


 何となく目を閉じ、小さく頭を下げた。

 相柳もまた、俺やミーアと同じく神聖スキル持ちだったのだ。


「君は本当に繊細なんだね、イルシア君。しかし、オネイロスの姿を見て、もっとゴツい人間になるものかと勝手に思い込んでいたよ。可愛い顔をしているじゃないか」


 ミーアは口を開け、俺をからかうように笑い、また相柳肉へと口を付けた。

 ……どうにもミーアは掴みどころがねぇ。

 冷酷に見えるときもあるし、何か腹に一物あるように見えるときもある。

 かと思えば、トレントやアロを脅かして反応を窺ったり、俺をからかったりと、お茶目な側面も持ち合わせている。


 隣に座るアロが、俺の左腕を引いて身体を寄せ、ジロリとミーアを睨む。


「その、竜神さまは、渡しませんから!」


「お、おい、アロ……」


 ミーアはその様子をきょとんした様子で見た後、何かを察したように目を細め、次の串へと手を伸ばす。


「フフ、随分と部下から好かれているんだね」


 ……本当にミーアは掴みどころがねぇ。

 言っていることのどこからどこまで本気で、発言の真意がどこにあるのか、見極めるのが難しい。

 共闘を前に親睦を深めたいだなんて言っていたけれど、別に狙いがあるのではなかろうか。


 俺を探るためか?

 信用を得ておきたいからか?

 いや……それとも、何か別の意図が……!


「余計なことを言い過ぎてしまったかな? 気を悪くしたのなら申し訳ない。私も、少し燥ぎ過ぎているかもしれない。私の場合、このンガイの森に取り込まれてからは単身であったし、その前も部下とは別行動を取っていてね。いや、しかし、誰かと食事を摂るというのは楽しいものだな。久々に賑やかな気持ちになれた気がする」


 ……案外、これが本音なのだろうか?

 俺は自然と自分の口許を緩めていた。


 俺は手にしていた串を、自分の口へと運んだ。

 直前で少し躊躇ったが、目を瞑って一気にかぶりついた。

 アダムよりマシだ! アダムを食べるよりはマシだ!


「あ……意外とうめぇ」


 鶏肉と鰻の中間のような味をしていた。

 肉は硬く、変な弾力があってややゴムっぽいが、しかしそれもそこまでマイナスなわけではない。

 噛めば噛むほど熱々の脂汁が噴き出てくる。


 ミーアがニッと笑った。


「結構イケる味だと、さっき言ったではないか。信じていなかったな?」


 三十分程経過し、トレントは膨れ上がった腹部を空に向け、仰向けに寝転がっていた。


『うっぷ、少し食べ過ぎましたぞ』


「お前、ちゃんと動けるよな……? すぐ出発するぞ」


『わかっておりますぞ、わかっております……』


「いや、楽しかったよ。私の我が儘に付き合ってもらったみたいで悪かったね」


「そんなことねぇよ。アロとトレントは消耗してたから、ヘカトンケイル戦に向けて、しっかり食って回復してもらわねぇとな。それに、俺も楽しかったよ。上手く言えねぇけど、俺は何だか、ミーアのことを誤解してた気がする」


 ミーアは神の声を止めようとしている。

 前代は世界中を巻き込んだ壮絶な戦いだったという。

 怨恨もあるのだろうが、世界を滅ぼそうとする神の声を止めなければいけないという、使命感もあるのだろう。

 もしかしたら、犠牲にせざるを得なかった者達への、罪滅ぼしの意味合いもあるのかもしれない。


 だからミーアは、真っ直ぐ神の声討伐を見据えている。

 あまりにストイック過ぎて俺達の考え方からは違ってしまっているが、ミーアの立場や経歴を考えれば、彼女の思想も納得はできるものだ。

 それに、ミーアにも人間らしい感性も残っている。

 俺にはそういうふうに思えた。


「それはよかった。あまり信頼されていないようだったから、そこが少し気掛かりだったんだ。イルシア君達と多少なりとも親交を深められたようでよかったよ」


 ミーアはそう言ってアロへと笑い掛ける。

 アロはびくりと肩を震わせ、また俺の片腕に抱き着き、ミーアを睨んだ。


「アロ、そんな睨まなくてもいいだろ」


「ごっ、ごめんなさい。そんなつもりではなかったんですが……」


「ハハハ、難しいね。どうやら、イルシア君から好かれると、アロ君からは嫌われてしまうらしい」


 ミーアは茶化したようにそう言い、別の方向へと目を向けた。

 俺は彼女の視線の先を追った。

 ヘカトンケイルの守っている巨大な塔の方向であった。

 ミーアは今後のことを考えていたのかもしれない。


 この距離なら、もう魔物とは接触せずにヘカトンケイルの許へいけるはずだ。

 もうちょっと近づいたら休息を挟んでアロとトレントを完全に回復させ、ヘカトンケイルとの再戦だ。


 ヘカトンケイルを倒せば、きっと現状への打開策が何かしら見えてくる。

 外に出られたら、アロ、トレント、ミーアと手分けして、ヴォルク達との合流と〖スピリット・サーヴァント〗の撃破だ。

 ……それが終われば、また神の声が俺達の前に姿を現すはずだ。


「ねえ、イルシア君」


 ミーアが俺の名前を呼ぶ。

 振り向けば、じぃっと俺の顔を見つめていた。

 探るような、そういう目に俺には思えた。

 つい、俺は身構えた。


「イルシア君、君が、神の声を殺すんだ。頼んだよ」


「あ、ああ、やってやるさ」


 俺は頷いた。

 頷いてから、ミーアは自分で直接神の声を叩くのは諦めたのだろうかと、ふと考えた。

 ミーアはここの魔物同様に、一部のスキルを神の声から引き剥がされているようだった。

 彼女はもう進化できるような機会は自身には回ってこないと、そう知っているのかもしれない。

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