第638話
俺はンガイの森の巨木の枝から、天穿つ塔の入口へと目を向けた。
既に塔の番人である難敵、ヘカトンケイルが視界に入るところまで来ていた。
全長十メートル近くある、三十近い多腕を有する、首のない巨人の像……。
以前にヘカトンケイルと戦った時とは違う。
俺も【Lv:128/150】から【Lv:139/150】へと上がっている。
伝説級のレベル十は大きい。
それに、攻撃力が少しでも上がれば、防御面極振りのヘカトンケイルに安定したダメージが与えられるようになる。
当時はトレントは【Lv:69/130】、アロも【Lv:72/130】だった。
しかし今は、二人ともレベル百越えまで到達している。
前回は全力で攻撃すれば一応多少はダメージを与えられる程度だったアロも、今なら安定してダメージを与え続けられる。
トレントはHPと防御力では俺以上だ。
回復や補助魔法なしの素の状態でも、ヘカトンケイルの攻撃を一方的に七回受け止めることができる。
そして何より、強大な助っ人であるミーアが手を貸してくれている。
伝説級最大レベルは伊達ではない。
下手したら、いや下手しなくとも、俺よりずっとダメージを稼いでくれるだろう。
神聖スキル持ちとしては大先輩だ。
『トレント、今回は通常状態で、攻撃を引き受けてもらっていいか?』
『はっ、お任せくだされ! ついに私が本分を発揮できる時が来ましたな!』
トレントが翼を腰辺りに当て、ぐっと胸を張る。
……そういやこれまで、敵の攻撃を引き受けるっつう、耐久型らしい役割を一切任せたことがなかったな。
今まではトレントの受けきれる攻撃なら俺が受けた方がよかったしな。
ヘカトンケイルがトレントを攻撃している間はヘカトンケイルに隙が生じるはずだ。
人数で大きく勝る俺達は存分にその隙を突くことができる。
『私は攻撃を引きつけつつ、肉薄して〖死神の種〗の効果を存分に発揮し、隙あらば〖ウッドカウンター〗で大ダメージを叩き込んでやればいいわけですな!』
トレントが得意げにそう言った。
そう聞けば、トレントが一気に心強くなったような気がする。
元々、ヘカトンケイルとの戦いは極端な長丁場になると踏んでいた。
トレントの〖死神の種〗は、ヘカトンケイルに対する強力なメタスキルになる。
ヘカトンケイルの偏ったステータスに、綺麗にトレントのステータスが嵌っているようにも思えた。
今回はトレントが大活躍を見せてくれそうだ。
「物理カウンターは止めておいた方がいいかな。あの巨像の刃は、自身を傷つけることはできない。あの番人は、攻めることより完全に守ることに特化している。君よりは攻撃力は高いだろうが、それをカウンターしてあれにぶつけたって意味はない」
ミーアの指摘に、トレントががっくりと肩を落とした。
『そ、そうなのですな……』
「ああ、君は〖死神の種〗に成功すれば、後はひたすらガードに徹してくれればいい。スキルを聞いた限り、ヘカトンケイル相手に〖死神の種〗以外に打点を取れるスキルがない」
『はい……』
……ヘカトンケイルのステータスが偏っているが故に、カウンターが一切活きず、トレントは完全な肉盾になってしまった。
いや、木なんだが。
トレントは敵の攻撃を引き受けて仲間を守る戦い方に憧れている節があった。
あったが……それとは別として、敵に積極的にダメージを与える、アロのような戦い方をしてみたい、という雰囲気も時折感じていた。
今回はどっちも熟せると信じていたようだったので、ちょっと複雑な気持ちの様だった。
『アロは今回、分身はいい。どうせ長引くのはわかり切ってるからな。ヘカトンケイルは絶対に長期戦を押し付けてくる。あんなの相手に、短期決戦に持ち込むのは不可能だ』
「はい! わかっています」
アロの〖暗闇万華鏡〗は強力なスキルだ。
一気に手数を増やすことができる。
ただ、魔力の消耗はその分激しい。
ヘカトンケイル相手には、ちょっとでも魔力を無駄にしないことが大切だ。
アロの分身体は魔力の塊だ。
分身体が回収できなくなれば、一気に大量の魔力を失うことになる。
攻撃されて魔力が分散すれば著しいマイナスになる。
今回に限っては、魔法の連射速度を上げるより、三倍時間が掛かっても確実に敵に当てられる攻撃回数を底上げするべきだ。
『ミーアはどうするんだ?』
「私はこっちの姿でやらせてほしい。ヘカトンケイル相手に打点を取りやすいのはあっちだろうが、ちょっと問題があってね」
『問題……?』
「共闘には向いてないってことだ。あの姿だと、ちょっと大雑把な攻撃になってしまう。どうしてもヘカトンケイルに対して最後の追い込みが足りないとなれば、一つの手として、君達には逃げてもらって単騎で戦うのはいいかもしれない」
『……な、なるほど、よくわかった』
俺は巨大化したミーアが、ルインよろしく無差別に大暴れしている光景が頭を過った。
あそこまで分別がない状態になるとは思いたくないが、アレに近い戦い方になるのかもしれない。
「それだけではないのだけれど、まあ……今更、ここに来て話すことでもないだろう」
ミーアが小さく、つい口を出たというふうにそう漏らした。
『なんか黙ってることがあんのか? それなら、言っといてもらわねぇと、不安になるんだが……』
「ああ、いや、悪かったよ。ただ、目前の問題が片付いて、区切りがついてからの方がいいと思ったんだ。また話すよ。ヘカトンケイルを倒して、塔の中を確認して、無事に外に出て……それからかな」
『……わかった、じゃあ、また後で頼むぜ』
きっと、ミーアの進化種族のことなのだろう。
タナトスに何かよっぽど問題でもあるのかもしれない。
ミーアのステータスを見た時、俺も何となく不吉なものを感じていた。
ミーアは、遠くのヘカトンケイルへと視線を向ける。
「随分と久々に見た気がするよ。いや、実際にそうなのだけれど、私は〖冥凍獄〗の中にいたわけだからね」
オリジンマターの〖冥凍獄〗の中では、時間の流れを感じない。
ミーアが言いたいのは、そのことだろう。
「不思議な気がするよ。何百年前に私が挑んだ時からずっと、君は使命なき番人をまだ続けているんだね。変化というのは時として残酷なものだが、停滞というのもやはり歪なものだ」
ミーアは寂しげにそう口にし、背負っていた〖黒蠅大刀〗を構えた。
「終わらせてやろう。そろそろあの子も、疲れたろう」
『……ああ、そうだな』
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