第678話 side:ミリア
ヨルネス襲撃から四日が経過した。
聖女リリクシーラの住居でもあるリドム宮殿にて、私とメルティアさんは現地の僧兵と協力し、人を集めて拠点としていた。
本来この宮殿は一般人は立ち入り厳禁の神聖な場所だそうだが、今はもうそれどころではない。
聖職者の中にも反対するものはほとんどいなかった。
「……そろそろ、外部の助けが来るのではないかと思っていたのだがな」
宮殿の通路を歩きながら、メルティアさんが力なくそう零した。
「そもそも来ても入れないのかもしれません。北区の大教会を拠点にしていた人達が障壁を破ろうとしたそうですが、びくともしなかったらしいですから」
二日前、別拠点の戦力でヨルネスの〖サンクチュアリ〗を破って外に出ようという試みがあったらしい。
だが、刃や魔法攻撃がろくに通らないまま、化け物の襲撃によって失敗したそうだ。
昨日、そのことを知らせる伝令がリドム宮殿へと現れた。
「限界かもしれんな……もう。こっちの戦力は減る一方だというのに、昨日ヨルネスが行った二度目の〖ニルヴァーナ〗によって、またあの奇怪な化け物の数が補充された。北区の大教会も、貴重な戦力を無謀な障壁突破作戦で失って壊滅寸前だろう。これ以上、持ちこたえるのは不可能だ」
メルティアさんの言う通り、あと何日持つのかわかったものではない。
現地の僧兵と協力してこの拠点を守っているが、段々と戦力が減ってきて個人の負担が大きくなってきている。
私達も、すぐに表に戻る必要がある。
それに、昨日の〖ニルヴァーナ〗以降に発生した化け物は、それ以前に発生した化け物より平均レベルが大分高いのではないかという懸念がある。
〖ニルヴァーナ〗によって魔物へと変貌した場合、その際のレベルは生前のレベルによって決定されているのではないかという仮説がある。
ヨルネスに対して明らかに化け物達の戦闘能力が低いためである。
それに、化け物達の強さには明らかに個体差がある。
どの個体も一般人よりは高いため生前のレベルに等しいとは思えないが、生前のレベルが戦闘能力に関与していることはほぼ間違いない。
ヨルネスが登場と共に降らせた黒い雨は、彼女の現れた聖都中心部以外での致死性はそこまで高くはなかったのだという。
雨に掛かればすぐに気分を悪くしたため、魔法への耐性のある者は、雨が降ってから家屋の中へと避難するだけの十分な猶予があった。
つまり最初に行われた〖ニルヴァーナ〗で化け物となった骸は、レベルの低い一般人のものが大半であったのだ。
だが、昨日行われた二回目の〖ニルヴァーナ〗は別だ。
一般人は屋内に避難して動かない。
外に残っていた亡骸は、化け物と戦って死んだ僧兵達のものが大半であった。
化け物の強さが生前のレベルに左右されるものだとすれば、二回目の〖ニルヴァーナ〗によって生まれた化け物達の強さは、従来の比ではない。
実際、昨日の〖ニルヴァーナ〗以来、明らかに強い個体が増えたと皆言っている。
「そう言えば、ドゴン司祭は大丈夫か? また余計なことをしているのではないのか?」
「……大丈夫ですよ。縄で縛って、避難民の声が届かないところに閉じ込めてますから」
メルティアさんの言葉に、私は苦笑しながらそう返した。
ドゴン司祭は、聖都リドムの教区の一部を管轄していた司祭である。
それなりにレベルが高いと聞いて戦闘要員として期待していたのだが、なんと彼は『大人しく聖都の民はヨルネス様によって転生して魂の救済を得るべき』というとんでもない思想を隠し持っていたのだ。
隙を見て行動を起こすつもりだったようだが、ドゴン司祭の部下が彼を裏切り、彼の企てをメルティアさんへと打ち明けたことで発覚した。
油断させたところを襲撃して彼の一派を一度は拘束したものの、その後も他の避難民の不安を煽って自身の思想に加担させようとしていたため、人目につかないところへ閉じ込めておくことになったのだ。
「あんな男、殺してしまえばいいんだ。食糧だって、そこまで余裕があるわけじゃない。死にたいなら外に蹴り出してやれ」
「錯乱しているだけですよ、ドゴン司祭も。聖都があんなことになったんですから、仕方ありません……」
私がそう答えたとき、通路の先から一人の男が走ってきた。
白い衣を羽織っており、浅黒い肌をしている。
聖都の僧兵長のシリウスさんである。
強豪部隊の隊長だったらしく、この拠点の中では彼が一番強い。
「メルティア殿、ミリア殿、悪い知らせがある。北区の大教会が、明らかにこれまでの個体とは違う、大型の化け物に滅ぼされた。やはり、二度目の〖ニルヴァーナ〗で出てきたのだろう。ここが墜ちるのも時間の問題だ」
「う、嘘……そんな……」
敵が強くなっていることは危惧していた。
だが、そこまで違いがあるとは思っていなかった。
「外部の助けを待つばかりというわけにもいかない。既に数名で話し合ったのだが、俺はヨルネス様の討伐を真剣に考えている」
「無茶ですよ! だって、あんな大規模な魔法を扱える相手……!」
「わかってはいる。だが、現状、このままではあの化け物共に滅ぼされるだけだろう? それにヨルネス様は、ほとんど動きを見せていない。やはり能動的に動けない理由があると見た。そこに弱点があるのかもしれない」
シリウスさんはそう言うが、私はとてもそうだとは思えなかった。
この四日の間、ヨルネスの見せた動きは二度目の〖ニルヴァーナ〗のみである。
やはり彼女は戦えないのではなく、単に戦わないだけなのではないだろうか。
「何にせよ、ヨルネス様の情報が少なすぎる。何かしら動きを見るためにも、あの御方を攻撃する。私の弓スキルは特殊でな。ステータスの高い相手にも通りやすく、物理耐性も突破しやすい。倒せないにしても、何らかの反応は見せるはずだ。作戦会議に、御二方も加わっていただきたい」
加わって欲しいのは、作戦会議だけでは済まないだろう。
「……そうだな、このままでは滅ぼされるだけだ。私も、賛成する。ミリア、お前は……」
メルティアさんは重々しくそう言ってから、私を見た。
ここで賛成意見を口にすれば、ほぼ作戦に動員されることになるだろう。
その確認の目だ。
「メルティアさんが賛成するなら、私も賛成します」
メルティアさんだけ死地に送り込んで、私一人拠点の防衛に残るつもりはない。
元々、メルティアさんがここまで来たのは、私についてきてくれたせいだ。
「お、おい、ミリアはヨルネスの攻撃には、反対だったんじゃ……」
メルティアさんが困ったように言う。
私は彼女を置いて、シリウスさんへと歩み寄った。
「早く行きましょう。他の人達、もう集まっているんですよね」
傍観してくれている相手を動かすことにならなければいいのだが……とは思うが、現状維持では希望がないことも確かである。
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