第693話

『搦手のデパートみてぇな奴め! 何が天使だ!』


 背後から飛来してくるヨルネスを俺は尻目に確認する。

 さっきの急転換から再加速は間に合わない。

 距離はどんどん狭まっていく。


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〖ヨルネス・リーアルム〗

種族:アバドン

状態:スピリット、天使の鏡

Lv :150/150(MAX)

HP :7501/9802

MP :3752/6253

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 あれだけやってまだ折り返し地点にさえ遠く到達してねぇのは悲劇という他ないが、それでもMPは着実に減ってきてはいる……。

 クソ、〖天使の鏡〗さえなければあのまま削り切ることができそうだったのに!


 せいぜい削れたのは四割程度……。

 このまま持久戦で〖天使の鏡〗による消耗を誘うのはさすがに厳しいか?


 だが、俺が苦しいのと同様に、ヨルネスも俺を倒しきるのにMPが持つかどうかは瀬戸際のはずだ。


 あの四千近いMPがなくなるまで逃げ続けるのは不可能でも、二千か千でも削ることに成功すれば、ヨルネスからしてみれば一気に苦しい状況に陥る。

 今のMPが、ヨルネスが残MPを気にせずにスキルを連打できる限界のラインではあるはずだ。

 ここからもう一歩下がれば、互いに相手のMPを削り切れる形を探る、詰め将棋状態になる。


 粘れるギリギリまで逃げに徹してみるしかねぇか。

 ヨルネスのMPが減れば〖天使の鏡〗の維持はできなくなるし、〖詠唱返し〗で魔法スキルをコピーしても満足に扱うことができなくなる。

 こっちもまだ見せてねぇスキルはいくらでもある。

 全力で逃げ切って、奴のMPを消耗させてやる。


 俺は身体を翻し、迫りくるヨルネスへと向き直った。

 俺は〖竜の鏡〗で前脚の形を変える。


『〖アイディアルウェポン〗!』


 手の形に変化した俺の前脚へと光が宿る。

 〖アイディアルウェポン〗……自身の望む武器を造り出すスキルだ。


【通常スキル〖アイディアルウェポン〗】

【自身の理想の武器を夢の世界より持ち出すことができる魔法スキル。】

【性能は魔法力とスキルレベルの高さに大きく依存する。】

【使用中は持続的に魔力を消耗する。】

【術者の手元から離れたとき、この武器は消滅する。】


 俺が望むのは、大盾だ。

 俺の巨体を丸々守れるような、そんな大きな盾が欲しい。

 手の先の光が赤く、色濃く染まり、それは質量を伴う物質へと変化する。


【〖黙示録の大盾〗:価値L+(伝説級上位)】

【〖防御力:5000〗】

【世界を終わらせる竜の体表と牙を用いて作られた大盾。】

【その悪しき魂が封じられており、攻撃した者は地獄の炎に包まれる。】


 赤黒い、巨大な盾が俺の手許に現れた。

 盾には禍々しい悪魔の顔や、髑髏が彫られている。

 アポカリプスに進化してから初めて使うが、とんでもねぇ強さの大盾だ。


『いくぞ、ヨルネス!』


 俺は大盾を突き出しながらヨルネスへと迫る。


 大盾でヨルネスの攻撃を防ぎながらぶん殴り、死角から更に爪で追撃する……そうヨルネスに思わせるのが、俺の作戦の第一段階であった。


 俺は大盾に身を隠すように身体を縮め……そのまま〖竜の鏡〗を用いて、更に身体を小さくした。

 ベビードラゴンの姿へと変化する。


 〖アイディアルウェポン〗に意味がないのはわかっている。

 ヨルネスの〖レジスト〗で掻き消されるだけだし、それで対処されればこっちのMP消耗の方が遥かに高い。


 わざわざ使ったのは、俺の意図を直前まで誤魔化すために他ならない。

 それに加えて、足場作りのためである。

 俺は〖黙示録の大盾〗の背後へと足を掛けると、そのまま勢いよく転がった。


『〖レジスト〗』


 ヨルネスの魔法で、俺の〖アイディアルウェポン〗が無効化され、〖黙示録の大盾〗が掻き消される。

 俺はベビードラゴンの姿のまま翼を広げ、〖転がる〗の加速を乗せてヨルネスの前脚の下を抜けた。

 自分の姿だ。

 死角は自分が一番よくわかっている。


 ヨルネスは反応できなかった。

 完全に、一瞬遅れて爪を振るっていた。


 してやったぜ……!

 〖竜の鏡〗で体格を変化させても、素早さは変化しない。

 〖アイディアルウェポン〗で意図を誤魔化して姿を隠し、不意打ちで〖竜の鏡〗で小さくなって〖転がる〗で最高速度を出して死角を駆け抜ける。

 危うい賭けだったが、見事に引っ掛けることができた。


 〖竜の鏡〗を〖自己再生〗の補助以外で見せたのは今のが初めてだし、〖アイディアルウェポン〗も〖転がる〗もヨルネスにとっては初見だ。

 まず反応できないだろうと思っていた。

 絶対に二度目は通らないだろうが、こうやってヨルネスの意表を突いていくしかない。


 ヨルネスのカウンターを潰せる方法を見つけたから安定して消耗させられ続けるはずだ、というのは大間違いだった。

 ヨルネスの手札は多い。

 まだ隠し玉を持っていやがるはずだ。


 だが、それは俺も同じことだ。

 こっちだって、まだまだ見せていない手札はある。


 伝説の聖女相手に、安定した消耗戦なんざ通じるわけがなかったんだ。

 一手一手が全力勝負だ。

 心で負けて温い手を出せば、一気に追い込まれる。


「グゥオオオオオオオオオオオオッ!」


 ヨルネスの咆哮が響く。

 振り向かずとも、風の動きでヨルネスがこちらを振り返って加速し始めたのがわかった。


 俺は〖竜の鏡〗を解除して元の姿へと戻る。

 ステータスのないベビードラゴンの姿で〖ルイン〗をぶっ放されたら大事だ。

 掠っただけで致命傷になる。


『追って来やがれ、ヨルネス!』


 ジリ貧だが、俺が苦しいのと同様にヨルネスも苦しいはずだ。

 〖天使の鏡〗状態のヨルネス相手に、無策で正面対決に出るのは分が悪すぎる。

 とにかく今は、焦らして焦らして、ヨルネスの消耗と隙を待つ……!

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