第277話

 食事を終えたところで、余ったグラファントの肉の山を残し、遠目からじっと見張っていることにした。

 アビスはこちらから探して見つけるのは困難だが、飯で釣れば簡単に現れるはずだ。


 アビスの巣を見つけるためには、まずはアビスを捕まえて案内させなければならない。

 そのために肉で誘き寄せ、〖鎌鼬〗のスキルで遠距離から一気にダメージを与えて弱らせる、という作戦である。


『……モウチョイ、喰イタカッタ』


 相方がじいっと肉の残骸へと目をやる。

 ……あの辺、アビスが口付けてた部位の近くだぞ。


『グウ……デモ、火、通ッテッシ……』


 もう十分喰ったろ、俺もう腹重いんだけど。


『オレハ大丈夫』


 同じ身体なんだけど。

 ふと横を見れば、腹部をパンパンに膨らませてゴロゴロと転がっている子蜘蛛達が見えた。

 ……こいつらも満足そうで何よりだよ。


 子蜘蛛達がじゃれ合っている姿を眺めている内に、ガサガサと不快な音を発して二体のアビスが現れた。

 アビス達がグラファントの肉の残骸に口をつける瞬間を狙い、翼を動かして二発の〖鎌鼬〗を放った。


 風の刃が、二体のアビスの身体の端に当たる。

 直撃させれば殺してしまうので、敢えて半身を狙ったのだ。

 アビスは体液を噴き出しながら軽々と吹き飛び、地の上を転がってから木に身体を打ち付けた。


「ヴェ、ヴェ……」


 よろめきながら立ち上がる二体のアビス。

 両方とも、片側の脚の大半が身体から引き千切れている。


 さぁて、これからお前らの巣まで案内してもらおうじゃねぇか。

 俺がそう思いながら意気揚々と近づこうとしたとき、サーっと子蜘蛛達がアビスへと突進して行った。

 ……え、あいつら何してんの?


 呆気に取られている内に、倒れているアビスを八体で囲んで噛みつき出した。

 必死で逃れようとするアビスの身体へ四方八方から噛みつきが襲う。

 下手に手を出せば、間違えて子蜘蛛を殺してしまいかねない。


 だが、アビスとてまだ完全に戦闘能力を失っているわけではない。

 反撃をまともに受ければ、子蜘蛛達が逆に殺されかねない。


「ヴェェェェッ!」


 アビスが身体を振るうと、子蜘蛛達が周囲へと吹き飛ばされた。

 幸い、ただ払い除けようとしただけで必要以上に力を込めてはおらず、大ダメージを負った蜘蛛はいなかったようだ。


 ……が、子蜘蛛達は諦め悪くアビスへと蜘蛛の糸を吹きかけ、動きを拘束しようとする。

 アビスは糸をあっさりと引き千切り、大きな口を開けて子蜘蛛へと襲いかかる。


 アロはどうしたらいいのかわからずオロオロとしているようだったが、やがて首を振り、覚悟を決めたように子蜘蛛達を見据える。

 俺が捕虜にするためにアビスを痛めつけたことに、アロは気が付いているのだろう。


 アロは子蜘蛛達のリンチに遭っているアビスへと駆け寄ろうとしたが、俺は前足でそれを静止した。

 そして子蜘蛛達と戦っているアビスの頭部を、〖鎌鼬〗で撥ね飛ばした。


【経験値を88得ました。】

【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を88得ました。】


 ……ま、まぁ、後一体残ってっからいいよな?

 アビスが力尽きると、子蜘蛛達がまたアビスの死骸へと集っていく。

 こいつらの食欲どうなってんだ、身体はち切れるんじゃねーのか。


 そう思って俺が溜め息を吐いている間に、子蜘蛛達はアビスの片割れへと襲撃する。

 間合いから二歩退いたところで動きを止め、アビスの細い脚を狙って糸を放つ。

 さっき跳ね飛ばされたのを覚えているので、学習したのだろう。


 半身の抉れているアビスはそれをもがいてどうにか回避するも、八体に囲まれては手の打ちようもない。

 次々と飛んでくる糸に、やがて二本の脚が一本ずつに纏められ、残った足も身動きが取れなくなった。

 完全に動けなくなったアビスを、八体の子蜘蛛達は用心深く死角から攻撃する。


 お前らまだ喰い足りねぇの!?

 それともなんだ、本能か何かなのかこれは。

 弱ってる魔物を見たらとりあえず捕食しとこうっつう。


 俺が止める暇もなく、二体目のアビスは白い糸団子になった。

 ……ああ、非常食的な。

 アビスの口の部位の近くが、弱々しくわずかに上下する。

 それを見た子蜘蛛の一体が糸の補強を行う。


 マジで容赦ねぇな……つうか、それ殺されると困るんだけど……。

 まぁ、子蜘蛛は所詮Eランクモンスターだ。

 このステータス差なら致命傷負わせるのは難しいだろうし、子蜘蛛が落ち着いたら引き剥がして、そこからアビスを一旦救出するか……。


【経験値を63得ました。】

【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を63得ました。】


 アビスゥウウウウッ!!

 窒息死しやがった! そりゃそうなるわ!

 おい頼むぞ、子蜘蛛共! 俺はアビス生け捕りにしたいんだよ!

 また捕まえなくちゃなんねーだろうが!


 ちっとは教育しとかねぇと、マジで手がつけられねぇぞこいつら。

 今はまだ低ランクだからいいけど、その内成長してリトヴェアル族襲いだしたらシャレにならねぇとかのレベルじゃねぇぞ。

 蜘蛛の教育ってどうしたらいいんだ。


 子蜘蛛達は丸めたアビスには目もくれず、ふらりふらりと落ち着かない様子で歩き回る。

 ……ん、これって……なんか、嫌な予感がすんだけど……。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:ベビーアレイニー

状態:通常

Lv :12/12

HP :9/30

MP :1/28

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 進化可能になっちまった……まさか、全員か。

 全員だよな、基本的にこいつら同じ行動ばっかりとってんだから。

 このタイミングでかよ……。

 そりゃEランクだから、手負いのアビス狩ってもそろそろ進化する頃合いだとは思ってたけど、今かよ……。


 いや、俺がアビスの巣に乗り込んでる間はしばらく離れたところで自衛しといてもらわねぇといけねーし、Eランクだと不安だったから、そういう意味では丁度いいのかもしれねぇけど。

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