第310話

「オ、オデの、オデの腕がァッ!」


 大男が宙に投げ出される。

 片腕の肩から先は切り離されており、本体よりも先に図太い腕が地を転がっていた。

 大男は一度バウンドしてから家屋に衝突し、その壁をぶち抜いた。


 経験値の取得が来ねぇってことは、まだ生きてんのか……。

 あんましきっちり当たってなかったからな。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

アラン・アグルース

種族:ジャイアント・ヒューマ

状態:出血(大)

Lv :41/60

HP :28/301

MP :31/69

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 体力が高いな……。

 それでも、直撃していたら一撃だっただろうが。


「オ、オデの腕……オデの、オデ……」


 倒壊した家屋から、大男がよろめきながら這い出して来る。

 そこへ大男の乗っていた太い馬が飛んでいく。


「おおおおおおっ! ブスカ、飛んで来るなブスカァ!」


 大男は最後に絞り出すように悲鳴を上げた後、馬に押しつぶされて動かなくなった。


【経験値を246得ました。】

【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を246得ました。】

【〖ウロボロス〗のLvが90から91へと上がりました。】


 神の声が、レベルアップを告げる。

 俺が周囲の騎兵を片付けながら大男へと接近し、前足の爪で大男の片腕を弾いたのだ。


「アラン大部隊長が殺されたぞおおお!」

「あ、あのアラン様がっ、あんな……あっさりと……」

「やっぱり無理だ! 俺らが敵う相手じゃねぇ! 俺は無駄死になんかごめんだぞぉっ!」


 残っていた騎兵達も、幹部格を失ったことで散り散りになって逃げ出していく。

 ここに残ろうという意思のありそうな者の姿は見当たらない。


 後は……追う必要は、ねぇだろう。

 ここまで完膚なきまでにやられたら、もう二度と手を出そうとは思えねぇはずだ。

 一人一人追っていって殺す気にも俺はなれない。


 爪にこびりついた血に目が留まった。

 もう、随分と人殺しに慣れちまった気がする。

 今そんな感慨に浸っている余裕がねぇのはわかってはいるが、それでも考えざるをえねぇ。


「うう、う、うう……」


 ふと、遠くから呻き声が聞こえてきた。

 目を向ければ、建物に寄りかかっている血塗れのリトヴェアル族の戦士がいる。


 俺は駆け寄り、相方へと目をやった。


「ガァッ」


 相方が鳴けば、リトヴェアルの戦士を暖かな光が包んでいく。

 傷口が見る見るうちに塞がっていき、荒かった息が整っていく。

 リトヴェアル族の戦士はじきに目を覚ました。


 集落を直接襲撃されたんだ。

 今までとは、被害が比べ物にならねぇ。

 戦闘では案外MPを使わずに済んでいるため、回復に回せるのはありがたい。


 俺は、アロが敵の頭らしき男を追いかけて行った方向へと目を向ける。

 悪いが……そっちにはまだ、向かえそうにねぇ。死ぬんじゃねぇぞ、アロ……。


 俺は集落を駆け巡り、致命傷を負ったリトヴェアル族の治療に回った。


 悪いが、命に別状がなさそうな者は後回しにさせてもらうことにした。

 数十人単位で治療していくとなると、今の俺のMPでも少々危うい。

 全てが終われば、落ち着いて〖ハイレスト〗に専念できるのだが……。


 しかし、この戦いも概ね終わったと考えてもいいのではないだろうか。

 俺が倒したり脅して逃がした騎兵の数は、かなりの数になる。

 集落に攻め入っていたのが主戦力と見てさすがにいいはずだ。

 これ以上まともに戦おうと思えるほど敵の騎兵が残っているとは考えづらい。


 確証はねぇから安心はできねぇが……敵の目的がリトヴェアル族の殲滅であれば、すでに諦めていてもおかしくはない。

 一通り戦士を回復し終えたところで、巫女の血筋であるベラが俺の方へと駆け寄ってきた。

 口許で慌ただしく呪文を唱え、杖を持ち上げて目を瞑る。


『竜神様! こ、こちらに来てもらえませんか? 瀕死の兵士を壕で治療していたのですが……どんどんと、脈が弱まって来ていまして……』


 壕……?

 ああ、対アビス用の地下室のことか。

 俺はベラに案内されて集落の中を歩いた。


 ベラが半壊した館に入っていく。

 恐らく、ここが壕の一つに繋がっているのだろう。


 俺は入れないので少し待っていると、木の板に布を被せたものの上に寝かされた男が運び出されてきた。

 男は半裸で、上半身には緑みの掛かった半透明の液体が塗りたくられていた。

 腹部と肩に傷口があるらしく、包帯に血が滲んでいた。

 この妙な液体は、きっとリトヴェアル族の使っている傷薬なのだろう。


「ガァッ」


 相方が〖ハイレスト〗を唱えると、どんどんと傷が浅くなっていく。

 真っ青だった顔に赤みが出てくる。もう大丈夫だろう。


 俺の様子を見て、あちらこちらに隠れていたリトヴェアル族が俺の許へとやって来る。


「竜神様が、奴らを撃退してくださったぞ!」

「また我らをお助けくださったのだ!」


 騒いでいるリトヴェアル族に混じり、見知った顔も窺える。

 反竜神派の集落で俺を生贄の洞窟から逃がそうとしてくれた、タタルクの姿もあった。

 オッサン、こっちに来てたのか。

 

 タタルクは壕のある半壊した屋敷を背に座り込み、項垂れていた。

 集落の危機を逃れたばかりだというのに、浮かない表情をしている。

 大怪我でも負っているのだろうかと考えたが、そういうわけでもなさそうだ。


「ふざけないでよ! 今更、どの面下げてこっちに戻ってきたっていうの!」


 屋敷の奥の方から、女の人の叫び声が聞こえて来る。

 俺は思わず、びくりと肩を震わせた。


「お、落ち着いてくださいアイノさん! 彼らは私達を助けるために来てくれたんですよ? あの人も、きっとアイノさんが心配だったから……」


「だったら最初から出て行かなきゃよかったじゃない! こっちの気持ちなんて何も知らないで、全部捨てて出て行ったくせに!」


 ア、アイノさん……?

 確か前に、一度聞いたような……。


『……彼女は、名をアイノと申します。アイノには子供がいたのですが……マンティコアに、殺されてしまったのです』


 ……アロの母親か。

 アロが生贄にされてから、ちょっと不安定な状態だったって話だったな。

 反竜神派の集落の人達があっさりと戻ってきたことを、あまり快く思っていないのかもしれねぇ。


 反竜神派の集落の説得に使った竜神と巫女の話も、こっちの集落では余計な混乱を招くだけなので、一部を除いて伏せるようにしていた。

 伝えるにしても、それは今ではないと判断したのだ。

 ただそのせいで余計に反竜神派が何も考えずに集落を出て行き、同じく何も考えずに戻ってきただけに見えてしまうのだろう。


 口振りから察するに、反竜神派へと出て行った中に親しい人がいたようだ。

 子供を失くして傷心の頃にそういったことが起きれば、苦しいときに裏切られたと感じてもおかしくねぇ。

 今はそっとしておくしかねぇだろう。


 俺がそんなふうに考えていると……タタルクが静かに壁から背を離し、とぼとぼと遠くへと歩いて行った。


 ……ん?

 え? ひょ、ひょっとして、タタルクのオッサンが、アイノの知人……いや、夫なのか?


 確かにタタルクは、最近急に反竜神派に来た様子だった。

 そのきっかけが子供を竜神に生贄にされたことだったと考えれば、時期もぴったりと合う。

 俺を助けようとした理由も、移住した先でも生贄の洞窟の番をやらされて気が滅入ったのか、生贄の子供達を見てアロを思い出していたと考えれば、妙にすんなりと納得がいく。


 アロも、今思えば反竜神派の集落に近づいたとき、妙な反応を示していた。

 自分が死んだ後に、父親が反竜神派の集落に行くことを察していたのかもしれねぇ。


 それとも、タタルクがアロを連れて反竜神派に行こうとして失敗したのか……アイノに反対されて自分ひとりで出ることになったのか……。

 その辺りの事情は俺には深くはわからねぇが、薄っすらと想像はつく。


 俺はアイノの泣き叫ぶ声を聞きながら、遠ざかっていくタタルクの背をしばし呆然と見ていた。

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