第311話

その後もベラに案内してもらい、対アビス壕を回っては重傷者の回復を繰り返していた。


『次に近いのは、治療所のところです……先を曲がったところにある横に大きな建物で……』


 ベラから説明を受けている間に、後ろから他のリトヴェアル族の女が大慌てで走ってきた。

 息が荒く、目は泣き腫らしている。

 浅いが腕を剣で斬られた痕があり、服は土だらけになっている。

 何事かと思っていると、女はへたり込むようにその場に崩れ、そのまま俺に対して頭を地に着けた。


「ベラ様! 竜神様! どうか、こちらに先に回ってはいただけないでしょうか!」


「お、落ち着いてください! な、何がいったい……」


「実は私達の隠れていたところが、奴らに乗り込まれて……。竜神様を恐れてかすぐに出て行ったのですが、そのときに、子供を、攫って行ったのです……」


 そこまで言って、女は泣き崩れた。


 あいつら、誘拐までしていきやがったのか……。

 何はともあれ、直接乗り込まれたのならば、被害も他所より大きいだろう。

 優先して回った方がよさそうだ。

 早く行かなければ、手遅れになりかねない。

 予定を変更し、俺達は女の案内する先へと向かった。


 建物についてからは、他のリトヴェアル族に協力を仰ぎ、怪我人を外へと出してもらった。

 思ったよりMPの消耗が激しいのが難点だが……戦闘でも、そこまで大幅にMPを消費することはないだろう。

 自分の回復や攻撃魔法をぶっぱなす分くらいなら、移動している間に充分回復できるはずだ。


 相方が回復に専念している間、ベラが中にいた者から事情を聞き出していた。

 どうやら攫われた子供の数は、十人らしい。

 もう集落の周辺に兵はいないようだし、撃退できたんじゃねぇかと思っていたが……とんでもねぇことをしでかして行きやがった。

 さすがに、これが最後の悪足掻きだとは思いたいが……。


「奴らは、何のために子供を……? 何か、言っていましたか? すぐに殺される危険性は?」


「確か、最初に近くにいた者を斬り伏せた後に……『輝く獣を知っているだろう』、と……」


 か、輝く獣……?

 まさか、それがこの森に乗り込んでリトヴェアル族の集落に毒を盛って、皆殺しにしようとした目的だっていうのか。


「……捕虜から得た情報と、一致しますね。あの人達……畏れ神様を怒らせるつもりなのでは……」


 ベラは脂汗を拭いながら言う。

 その声は、恐怖のためかわずかに霞んでいた。


 畏れ神……は、確か、森小人のことだな。

 以前にも聞いたことがあった。

 その光る獣とやらと、何か関係があるらしい。

 しかしそれにしても、畏れ神のことを話すベラは、かなり脅えているようだった。

 あいつら、そんなにヤバかったのか。 


 俺はベラへと視線を向け、説明を要求する。

 ベラは慣れない手つきと呪文で〖念話〗を発動させ、俺へと説明してくれた。


『……大昔にリトヴェアル族が畏れ神の逆鱗に触れたとき、集落の半分が沈んだと言います。決して同じ過ちを繰り返さないよう、子供達が幼い頃からこの話を伝えていくようにしています。子供達の無事も気掛かりですが……もしもあいつらが子供達からこの話を聞き出し、わざと畏れ神様を怒らせようとしたら、この森がどうなることか……』


 も、森小人が森を潰す……?

 あいつら、ただ木の魔力を吸ってフラフラしてる魔物じゃなかったのか。


 そのとき、村の端から悲鳴が聞こえてきた。


「魔物が……魔物が、攻めてきた! 戦える奴は武器を持って構えてくれ! すでに、襲われている奴がいるみたいだ!」


 このタイミングで、魔物だと。

 アビスの残党か?

 いや……確か、敵の魔術師がワイバーンを召喚していた。

 他の魔物を嗾けてきても、おかしくはない。


「あ、あれ……魔物がすぐに離れていくぞ? ケ、ケイル!? さ、攫われた子供だ! 攫われた子供が戻ってきたぞ!」


 ど、どういうことだ……?

 声の方へと駆け寄ってみれば、怪我だらけの子供を介抱するリトヴェアル族の姿があった。

 そしてやや離れたところに、蜘蛛達がカサカサと逃げていくのが見えた。

 どうやら奴らが連れて来てくれたようだ。


「奴らが連れて行ったはずの子供だ!」

「蜘蛛が取り返してくれたに違いない!」

「蜘蛛神様じゃ! 蜘蛛神様じゃ!」


 ……薄っすら勘付いてたけど、ここの集落、神安くないか?

 間違えて蜘蛛達が攻撃される心配がなさそうで俺としては一安心なんだけど……なんか複雑な気も……。


 俺に追いついてきたベラが、息を切らしながら子供の数を数え始めた。


「三、四、……五人。あと、五人、足りない……」


 ……残りの五人は、連れてかれたまんまの可能性が高そうだ。

 このまま放置していれば、この五人がどんな目に遭うかはわからない。

 それに……畏れ神のことも気に掛かる。


 アロも、蜘蛛がここまで来たということは、近くまで来ている可能性が高い。

 安否を早く確認しておきてぇ。

 集落の大部分への回復は済んだはずだ。

 ごく一部、隠れたままでまだ外の様子を窺えずにいる連中がいるかもしれねぇが……ただ、こっちはこっちで、もう猶予がなさそうだ。


「ベラ様! 捕虜から、敵の戦力が絞れました! 複数人からの証言が一致したので、信憑性は高い情報であるかと!」


 一人のリトヴェアル族の男が、集落の内側の方から俺達の方へと向かって来た。


「本当ですか! 敵の、規模は……」


「全体で六百人近くということでしたが、ほとんどがこの集落に向かっていたらしく、今はすでに崩壊済みであるそうです! これ以上攻めて来ることは、もうないのではないかと……!」


 集落相手に合戦吹っ掛ける規模は、もう残ってねぇってことか。

 となると、子供を取り返して、畏れ神に喧嘩を売ろうとしている敵の指示者を潰せば、完全にこの戦いは終わるはずだ。


 俺の脳裏に、豪勢で悪趣味な衣服を着込んだ男、トールマンの姿が映った。

 輝く獣が狙いだと聞いて、合点が行った。

 やはり、あいつが敵の頭だろう。

 やっぱし、なんとしてでも仕留めておくべきだった。

 あのときに人質にできていれば、こんな悪足掻きをされることもなかったかもしれねぇ。

 部下に阻害されたのが痛い。


「グゥオオオ……」


 俺は低く鳴き、ベラの注意を自分へと向けた。

 その後、俺は集落の方と森の方を、交互に顔で示した。


「……っ! わかりました。残りの怪我人は、私達が治療します!」


 俺はベラの言葉を聞いてから、蜘蛛が捌けて行った先へと走り出した。

 多分……これが、最後の戦いになるはずだ。


 途中で、蜘蛛達が一か所に固まっているのを見つけた。

 プチナイトメアもいるようだ。


 足を止めて近づいてみれば、アロがぐったりとしていた。

 肌にも生気がなく土のようになっており、まるで進化前のようだった。


「りゅ……じん、さま……」


 アロが弱々しく口を開く。

 アロの腹部には、剣で貫かれた痕があった。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

名前:アロ

種族:レヴァナ・ローリッチ

状態:呪い

Lv :31/65

HP :53/284

MP :58/299

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 や、やべぇ! ボロボロじゃねぇか!


「ガァッ」


 相方が素早く〖フェイクライフ〗を唱える。

 アロが黒い光に包まれ、身体の傷がどんどんと塞がっていく。


 俺は尾をアロの前へと伸ばした。

 アロは俺の尾に手を触れて、〖マナドレイン〗でMPを吸い取っていく。

 肌にみずみずしさが戻っていった。


 アロは立ち上がろうとしてよろめき、近くの木に手を添える。


 よほどの戦いがあったようだ。

 しかし、意外にもMPに余裕があったみてぇだな……と考えていると、アロが手を置いた木がくるりと回って俺の方に顔を向けた。

 レッサートレントであった。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:レッサートレント

状態:呪い

Lv :11/25

HP :37/75

MP :34/60

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 トレントも戦ってた……割には、レベル上がってねぇなぁ……。

 そう考えていると、ふとアロと目が合った。

 改めてトレントのステータスを思い返し、半分より少し多いくらい減っていることと、外傷らしい外傷がないことに気が付いた。

 ……ああ、トレントからちょっともらってたのか。

 むしろアロの方が、怪我の割には余裕があると思った。


「勝てなかった……。あの、青白い顔の、剣士。子供、連れていった……」


 ……青白い顔の剣士、か。

 ワイバーンを召喚して、トールマンを連れて真っ先に集落を逃げていった奴だな。

 どうやらかなり行動力のある奴らしい。

 トールマンだけではなく、この男も無力化する必要がありそうだ。


 保険として、アロにはこの集落の周辺にまた戻って来る兵がいねぇか、見ておいてもらった方がよさそうだ。

 敵の本陣は直接、俺が叩こう。

 ただ、道案内がほしいところだが……。


 俺が考えていると、トレントがぐぐっと前に出てきた。

 あ、案内してくれるのか?

 でも、トレント……ちょっと移動速度に難が……俺が担いで走るわけにもいかんし……。


 蜘蛛の一体が俺の前へと躍り出て、森を駆け出した。

 ついて来てくれ、ということだろう。


「…………グォ」


 俺はトレントにぺこりと頭を下げ、蜘蛛の後を追って森を走った。

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