第415話

 今からローグハイルは、ギガントスライムの許に戻ってどうするつもりだ?

 ローグハイルはHPもMPも、ほぼ底を尽きかけている。

 俺に対抗できる〖ドッペルゲンガー〗の維持も、回復を待たないとキツいはずだ。

 俺から距離を取って、このまま逃走か?


 だとしたら、間抜けすぎるぞ俺!

 なんとしても、この場で仕留める!

 後々回復して他の三騎士の加勢に入られるのも、後々魔王と一緒に俺を強襲してくるのも、厄介すぎる。


 ローグハイル相手に上手く立ち回れたのは、情報量の差だ。

 元々ローグハイルは、自身が正面に立つより後方で分身体を生成し、魔眼で牽制し続けるのが基本戦術だろう。

 相方が愚鈍なギガントスライムだったから対応できていたが、魔王の補佐に徹されたら対処のしようがない。


 ギガントスライムの巨体の上に、輪郭だけ人型になったローグハイルが乗り、這い這いの姿勢になっていた。

 三体のトロル共は時間稼ぎに切り捨てるつもりらしく、俺とギガントスライムの間で固まり、俺の迎撃に当たる準備をしている。


『儂には、こういう手段もあるのじゃよ!』



 ギガントスライムとローグハイルの接触部分から光が生じる。

 触れた部分のギガントスライムが微かに蒸発し、ローグハイルの身体が潤っていき、閉じられていた身体の眼が開く。


 これは〖ライフドレイン〗!

 MPがジリ貧だから〖自己再生〗の回復は避けて、ギガントスライムをHPタンクにしやがったのか!

 クソ、姑息な真似をしやがって……。

 だが、それだけローグハイルも追い詰められているということだ。


 進路上を、トロル三体が待ち構える。

 完全に抜けるのは〖転がる〗の単調な性質上、不可能。

 ならば踏み潰す!

 俺は一体のトロルへ、加速して直進する。

 フェイントはなしだ!


 トロルも腕を広げて俺を待ち構え、俺を手で押さえつける。


「ゴオオオオオオオ!」


 トロルが咆哮を上げる。

 身体を光が覆い、筋肉が爆発的に盛り上がる。

 〖パワー〗系統の、攻撃力強化魔法!

 更にトロルの腕と足が、一気に鋼化していく。

 奴らお得意の絶対防御スキルだ。

 部分に使うことで、俺を押さえ込む柔軟性を残したまま、ブロック性能の底上げに使いやがった。


 減速させられたが、それでも俺はトロルを押し切って進む。

 鋼の像と化したトロルの足が、俺に押されて床を削って後退する。


「ゴォオオオ!」「ゴォオオオ!」


 残る二体のトロルも、それぞれ別の方向から俺を押さえ、手足を鋼化していく。

 だが、こんなもんでっ! 勢いの乗った俺の〖転がる〗を止められると思うなよ!

 ゴリゴリと床が削れる。


『よくやったぞ、鬼共よ!』


 ギガントスライムの上に乗るローグハイルが、漆黒に染まっていく。


『ギガントよ。儂では体力と質量が足りないのでな。貴様の身体を使わせてもらうぞ』


 ギガントスライムのローグハイルの触れている面が、黒く染まっていく。

 ギガントスライムが苦し気にもがく。

 黒く染まったローグハイルとギガントスライムから、黒い瘴気が漏れ出し、天井へと登ってその体積を増やしていく。


 広大な広間の上が、黒い靄に包まれた。

 ヤ、ヤベェのが来る!?


『これは使いたくなかったが、仕方あるまい! イルシア、今度こそくたばれえっ! 降り注げ、〖死神の雨〗よ!』


 ローグハイルの作り出した暗雲より、黒い粘体の線が、無差別に降り注ぐ。

 こ、これ、あいつの持ってる〖死神の雨〗か!?


【通常スキル〖死神の雨〗】

【HPとMPを削り、即死・呪い効果のある黒い雨を降らせる。】

【このスキルは使用者の意思では解除できない。】

【HPとMPが共に尽きかけ、継続が不可になったときに解除される。】


 こんなもん、ローグハイルにとってもデメリットの塊のはずだ。

 ここさえ凌げば、瀕死になったローグハイルを倒せる。


 それに即死の状態異常なんて、同格以上の相手に滅多に通るもんじゃねぇ。

 そんなに効果があるのなら相方の〖デス〗だってもっと無双できている。

 あれは本当に、数ランク格下相手の、殴った方が早い相手にようやく効くくらいのもんだ。


 呪いも、竜鱗粉と同じパターンなら、せいぜい定期ダメージと緩い行動妨害程度。

 今更長期戦もねぇ。充分耐えられる……。


 雨が、降り注ぐ。

 地面に触れた黒い雨が、ドス黒く変色したのが見えた。

 な、なんだアレ……?


 俺の背に、黒い粘液が降り注ぐ。

 激痛が、傷の奥へと流し込まれ、思わず俺は回転を止めてその場に倒れ込んだ。

 痛みというよりは、苦しい。

 なんだ、これは。


 雨? 冗談じゃねぇ、呪いの込められた槍の嵐じゃねぇかこんなもん!


 俺をせき止めていた鋼と化したトロル達の背にも、黒い雨が降り注いでいた。

 瞬間に全身が痙攣し、手足の鋼化が解除される。トロル達は身体がドス黒く染まり、泡を吹いてその場に倒れる。



【経験値を784得ました。】

【称号スキル〖歩く卵Lv:--〗の効果により、更に経験値を784得ました。】


【経験値を896得ました。】

【称号スキル〖歩く卵Lv:--〗の効果により、更に経験値を896得ました。】


【経験値を448得ました。】

【称号スキル〖歩く卵Lv:--〗の効果により、更に経験値を448得ました。】


【〖ウロボロス〗のLvが104から105へと上がりました。】


 つ、使い捨てやがった!

 せめて全身を鋼化させておけば、凌げたはずなのに!

 細かい指示を出してる間に俺に対策されるのを恐れたのか、それまで雨が降り止む頃には勝敗がついているので動けないトロルを不要と判断したのか。


 しかし、このスキルはマジでマズイ。

 まさかBランク下位のトロルにも、当たり前の様に発動するとは。

 絶え間なく降り注ぐため、対象への発動回数が〖デス〗とは比べものにならないのかもしれねぇ。


 ローグハイル自身意識を〖死神の雨〗に裂いているためか、ギガントスライムにくっ付いたまま動けないようだ。

 それを踏まえた上でも強力過ぎる。


【耐性スキル〖即死耐性〗のLvが2から3へと上がりました。】

【耐性スキル〖呪い耐性〗のLvが2から3へと上がりました。】


 れ、レベルが上がった!?

 この場で耐性が上がったのは喜ぶべきことだが、俺の経験上、耐性のレベルが上がるのは、よほど追い込まれたときだ。

 つーことはこれ、俺でも長期的にもらってればいずれ即死効果を及ぼし得るスキルってことじゃないのかやっぱり!?


『死ね、これで死ね、死んでくれぇええっ! イルシア、死ね、死ね、死ね!』


 異形の老人が、無数の目玉で俺を睨む。

 あ、あのヤロウ……!

 このままじゃ、あいつの許に近づく前に雨の呪殺でやられちまう……。


 逃げるか?

 このスキル、中断が自在じゃねぇなら……雨が止む頃には、ローグハイルは死にかけのはずだ。

 壁を崩して逃げる間に〖死神の雨〗にやられるリスクもあるが、ローグハイルに挑むよりは遥かに成功率が高い。

 しかし、ここまで来て、ローグハイルを逃がすのか……?

 今逃げるのであれば、次会ったときも、追い詰めたところで雨を放たれたら逃げるしか手がねぇんだぞ。


「ガァァッ!」


 相方が吠えると、俺達を穏やかな光が包み、範囲内の黒い雨から黒色が落ち、透き通った色の水へと変わる。

 〖ホーリー〗だ。

 こ、これなら……!


『無理ダ! コンナン連発シテタラキリガネェ! 先ニコッチガ限界ニナッチマウ! 逃ゲルンナラ、コレニ頼ンノモ手ダガ……』


 だよな……〖ホーリー〗は、継続的に連打するような魔法じゃねぇ。

 ただでさえ消耗を強いられ続けている今、一時凌ぎが限界だ。

 MPを溝に捨てるようなもんだ。せめて、〖死神の雨〗を防げる傘でもあれば……。

 傘……?

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