第416話

 俺の頭に、ふっと閃いたものがあった。

 そう、〖死神の雨〗を防げる傘がいい。

 賭けにはなるが、そうでもしねぇと、逃走か、呪殺されるかしか残っていねぇ。


 相方、〖フェイクライフ〗だ!

 クエルトロル共を、蘇生してくれ!


『デ、デモ、今カラ出シテモ、弱ッチイノシカ……』


 わかっている。

 だが〖フェイクライフ〗によって命を得た魔物は持続的に〖呪い〗状態になり、呪いに対する完全耐性を持つ。


「ガァァッ!」


 黒い光が、三体のトロルを包んだ。

 雨のせいで黒く変色していたトロル達が激しく痙攣し、やがてむくりと身体を起こし、俺を睨む。


「ゴォオ、オオオォオオ……オォォオ」


 低い声で、この世を恨むような声で唸る。

 トロル達は、呪いの雨の中で、平然と立っていた。


 トロル達は俺を剣呑な眼で睨むばかりで、動かない。

 以前もアビスのゾンビは俺に反旗を翻した。

 〖フェイクライフ〗は、死者の意志を完全に支配できるものではない。


 だが、全く無影響というわけでもなかった。

 アビスのゾンビもとりあえずは従っていた。


 相方、やってくれ。

 俺達の魔力の影響下にある今、支配者の魔眼が通るはずだ。


 相方の目が見開き、赤い光を放つ。

 俺が屈むと、トロル達は俺の身体に覆いかぶさり、鋼化を始めた。

 やや不格好だが、呪い耐性のある鋼の鎧ができあがった。


 悪いな、鬼共。

 俺は目的のためなら、死者を愚弄するスキルだろうが、使用はもう躊躇わねぇと決めたんだ。

 これが終わったら解放してやっから、我慢してくれよ。


【称号スキル〖悪の道〗のLvが9からMAXへと上がりました。】

【称号スキル〖卑劣の王〗のLvが9からMAXへと上がりました。】


 なんとでも言うがいいさ。

 神の声、どこまでがお前の意図かは知らねぇ。

 だが、俺は、俺のやりたいようにやるだけだ。

 挑発も介入も好きにすればいい。俺も、好きにやらさせてもらう。


 冷たい鋼の鎧を引き下げ、俺はローグハイルの許へと向かう。

 がっちり鋼化しているので、多少走ろうが、ずり落ちることはない。

 隙間からは雨が掛かるが、かなり抑えられる。


『くっ、来るな! 来るな! 来るなあぁあああ!』


 ローグハイルが叫ぶ。


『死ね、貴様はここで死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! どれだけ貴様はしぶとい! 聖女に向けて周到に準備しておいた罠に掛けて袋叩きにし、魔力を振り絞って酸弾をお見舞いし、切りたくなかった最後の札まで切ったのに、何故儂へと向かってくる!? ふざけるな……ふざけるな! 貴様は、死ねぇっ! 死ねェッ、今すぐにだ!』


 ローグハイルとギガントスライムから登る瘴気が濃くなり、暗雲が密度を増す。

 降り注ぐ呪いの雨が一層激しくなった。


 そりゃこっちの台詞だ腐れジジイが!

 往生際が悪すぎるんだよ!


 しかし、トロルの鋼鎧は役には立っているが、これがある限り、逆に〖ホーリー〗は使えない。

 俺と密接しているため、トロルの呪いを浄化して殺してしまう。

 鋼状態なら無効化できるかもしれないが、試して失敗すれば、ここでトロルを失うことになる。


 どんどん雨が激化していく。

 接近したとき、ギガントスライムから二つの巨大触手が持ち上がり、俺目掛けて振り下ろされた。


 俺は悠々と横に跳び、それを回避する。

 悪いが、そいつだけだと遅すぎて当たらねぇよ。


『死ね、死ね、早く力尽きろ、早く死ね! 死ね!』


 必死に雨を降らせるローグハイルへと、俺は着実に近づいて行き、ギガントスライムの目前まで到達した。

 余裕とはいえないが、そう苦戦させられることもなかった。

 近づけば、ローグハイルの雨からも逃れられた。

 ローグハイルは自身を攻撃対象範囲に入れないため、自身の周囲には雨を降らせていない。


 トロルが不要になった鋼化を解除させ、床へと落ちる。


『し、死ね……死ね……』


 悪足掻きはここまでだローグハイル。

 お前は、死ぬ手前までそのスキルを解除できない。

 俺を目前にして、ギガントスライムにくっ付いたまままともに動くこともできねぇ、そうだろ?


『ギガント! 押し潰せぇ!』


 ギガントスライムからまた二本の触手が持ち上がる。


『こやつが遅いだけだと思ったら大間違いだ! 馬鹿め、ギガント相手にここまで近づくなど……! 更に、儂には、こういう手もある! スキルが使えない? 馬鹿め、儂は〖念話〗を使っておるではないか!』


 ローグハイルから唐突に悪寒を覚えた。

 なんだ、この、強烈に意思を擦り込まれるような……これも、念話……?


 次の瞬間、強烈な吐き気が込み上げて来た。

 すぐにわかった。

 ローグハイルは、ギガントスライムの粘液に魂を封じられた骸の思考を、自身を中継して俺へとぶつけてきやがった。


 伝わってくる。

 無念さ、恐怖、悲しみ、恨み。

 そして込み上げる無限の苦痛。


『ヒョ、ヒョホホホホ! 隙有り……』


 相方、フェイクライフを使ってやれ!


『……アア!』


 黒い光が、ギガントスライムの奥へと触れて、広がっていく。


【通常スキル〖フェイクライフ〗のLvが4から5へと上がりました。】


 ギガントスライムの動きが止まり、痙攣する。


『う、動け、動けギガントスライム! な、なにをし……ぐおぉおっ!』


 ギガントスライムから伸びた巨大な腕が、ローグハイルを握り締めて持ち上げた。


『な、なぜだ! なぜだギガントスライム! なぜ……!』


 ギガントスライムの粘液内の、無数の骸を蘇生した。

 お前に聞かせてもらったが、ギガントスライムの中は、お前への恨みでいっぱいだったよ、ローグハイル。

 ギガントスライムの全身に行き渡っている、呪縛のせいで消化されていない怨恨が、ギガントスライムを動かした。

 ギガントスライム本体の意思に背いて動けるのはそう長くないだろうが、死にぞこないを引き摺り出すだけなら充分だったみてぇだな。


『お、おのれ、おのれぇっ! この儂が、こんなところで……! 儂は、儂は、魔王様の、最強の部下……いずれは、この世の全てを支配する存在……!』


 ギガントスライムから伸びた腕が、床へとローグハイルを叩きつける。


『ごぉっ! い、イルシア、イルシアアアァァ! し、死ね、貴様は死ね!』


 ローグハイルが瀕死の身体を起こして、俺へと指先を向ける。

 俺の鼻先で黒い光が炸裂した。〖デス〗のスキルだ。当然、こんなもん俺には通らない。


 前足に全体重を込めて、ローグハイルを踏み潰す。

 人の輪郭が潰れ、破裂音が響く。


【経験値を5184得ました。】

【称号スキル〖歩く卵Lv:--〗の効果により、更に経験値を5184得ました。】

【〖ウロボロス〗のLvが105から107へと上がりました。】


 ……ようやく、ローグハイルを討伐できた。

 最高幹部とはいえ、たかだか部下の一人にここまで苦戦を強いられるとは。

 消耗が激しすぎる。


【称号スキル〖勇者〗のLvが7から8へと上がりました。】

【通常スキル〖ホーリースフィア〗を得ました。】


 スフィア系統の魔法スキルか。

 今まで度々見てきたが、俺にとっては初だ。


 足を持ち上げると、ローグハイルはただの液体となっていた。

 俺はそれを見下ろした後に、未だ痙攣して動かないギガントスライムへと目を向ける。


 ギガントスライムは、苦し気に震えているばかりだった。

 ……相方、頼んだ。


 俺が顔を向けると、相方は頷いて「ガァッ」と吠え、黒い光を浮かべる。

 〖デス〗が、ギガントスライムへと広がっていく。

 黒い光は靄の様にギガントスライムの内部へと広がった後に、ブチンと何かが切れるような音がして大きく震え、ギガントスライムが液体になって広がり、骸だけが散乱する。


【経験値を4864得ました。】

【称号スキル〖歩く卵Lv:--〗の効果により、更に経験値を4864得ました。】

【〖ウロボロス〗のLvが107から109へと上がりました。】


 俺は再び相方の顔を見る。

 相方が頷き、続けて温かい光が、ギガントスライムの液体を包んでいく。

 〖ホーリー〗のスキルだ。

 俺が身勝手に力を持たせた亡霊達を、浄化する。


 その場で固まっていたトロル達も、〖ホーリー〗を受けると身体が揺れ、横に倒れた。

 俺はギガントスライムの液体へと向き直る。


 悪いな、勝手な真似しちまって。

 ……でも、仇は、どうにか打てた

 ありがとうよ。


 頭の中に、ノイズのようなものが入り込んでくる。


『ア、アリガ……ト……』


 ぷつんと、ノイズが途切れる。


【ランク差が開きすぎているため、経験値を得ることができませんでした。】


 俺は目を閉じ、頭を下げる。

 

【通常スキル〖念話〗を得ました。】


 ね、〖念話〗……?

 高位魔物のほとんどは持ってるスキルだ。

 俺がいつ手に入れてもおかしくはなかったが、亡霊との対話が、どうやら最後の呼び水となったのかもしれない。

 少なくとも、ローグハイルのしつこい呼びかけがトリガーになったのだと思うよりは、遥かにいい。


 俺はもう一度、骸達へと頭を下げた。

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