第417話 side:スライム
王城の地下深くの一室にて。
粘体の兵士、ナイト・スライムが膝を突き、王座へ座る僕へと報告を行う。
僕はそれを聞きながら、足をパタパタと動かしていた。
どうにもこの姿は馴染まない。
「宴の間では、依然として竜狩りヴォルクが我々ナイト・スライム相手に大暴れしております。突如として現れたドラゴンは、サーマル様が分断に成功した模様です」
前回の報告では、ドラゴンが襲撃に来たところまでだった。
サーマルの誘導次第では、報告を受けて僕の護衛から外れたローグハイルが、サーマルと協力してドラゴンの対処に当たっているはずだ。
「……しっかし、それにしても……ふぅ~ん、ドラゴンねぇ」
僕は脚を縮め、三角座りをしながら呟く。
ドラゴンと聞いて、思い至ったことがあった。
しかし、とすぐに打ち消す。
ここでアイツが出てくるわけがない。
認めたくないが、認めよう。
意識のし過ぎだ。
なんでもすぐ、僕はあいつと絡めて決めつけたがる。
間違いなく聖女の差し金だ。
ともあれば、〖スピリット・サーヴァント〗によって連れて来た、B級程度のドラゴンだろう。
「……で、聖女は?」
「そ、それが、未だ見つかっておりません……」
ナイト・スライムが、たどたどしく答える。
まだ動かないのかと、僕は舌打ちする。
僕の態度に怯えてか、ナイト・スライムが身体を震わせる。
三騎士が動いた以上、僕もそろそろ動かねばならない。
こちらが分散している状態で、各個撃破されるのが最悪だからだ。
だが、聖女と、聖女に飼い殺しにされている魔獣王の動きが一切見えていない以上、不用意に動くわけにはいかない。
〖ラプラス干渉権限〗による未来予測も行ったが、数値が安定しない。
元より〖ラプラス干渉権限〗は大局的な予知には向かない。
僕から見えていない場面の話となると、精度も一気に落ちる。
それでもいいからと使ってみたが、やはりMPの無駄だった。
精度が低いだけなら参考にもなるが、しかし今回は、使うたびに数値が変わる。
恐らくは、聖女もラプラスの未来予測を使っている。
対立する僕と聖女が、お互いに少しでも相手の裏を掻いて優位に立とうとして〖ラプラス干渉権限〗を用いているため、元々精度の低い大局的な予知が、互いに確率を観測できるという異様な状況に振り回され、まったく役に立たなくなってしまっている。
「神様が、あいつのことを教えてくれたら、すぐにでも殺しに向かえるのに……ああ、いや、わかっている、わかっているよ。これは試練なんだ。本当に僕に、ラプラスを自在に操る六大賢者の後継の力を得る資格があるのか、その試練なんだ。わかってるさ、あの時も、そうだったんだろう、神様? 聖女は、僕が殺す。魔獣王も殺す。勇者を殺したあの竜も殺す。それでいいいんだろう、神様」
小声で独り言を漏らす僕を、ナイト・スライムが恐々と見る。
「ああ、いつもの神様との交信だよ」
「そ、そうでございましたか……」
納得していない様子でナイト・スライムが答える。
「……悪知恵比べじゃあ、聖女の方が、一枚上手かもね」
わざわざ聖女は王都アルバンまでやって来て、こちらにまで話を通して散々存在をアピールをしていた。
今の、招いた冒険者が宴の間で暴れ、突然現れたドラゴンが城内を荒らし回っているこの状況に、全く噛んでいないはずがない。
だというのに、聖女の姿はどこにも確認できていない。
一応聖女には見張りのスライムを付けていたが、案の定、報告に戻って来ることはなかった。
全て殺されていると考えるのが妥当だろう。
本来ならば、敵が動いた時点で、僕ももっとアクションを起こすつもりだった。
聖女が来訪を宣言する前から、相手がそろそろ動くことは勘付いていたのだ。
聖女から来訪宣言がされ、予想通りに事が進んだと、そのときはそう考えていた。
僕としては宴に合わせて動くであろう、聖女の攻撃タイミングをこちらで制御し、ローグハイルと二体掛かりで聖女の殺害に当たるつもりだった。
聖女を殺せば、魔物であることが露呈して王女の地位を失うだろうが、王女の地位を保つよりも、聖女の神聖スキル回収の方が遥かに大事だ。
アレさえ手に入れば、僕に逆らえる奴は、世界のどこにもいなくなる。
「……それに神様は、神聖スキルの収集は、世界の支配者となるのに欠かせない工程だと言っていたよね? それに、僕こそがその器であるとも」
だから多少強引にでも迎え討ちたかったのだが、困ったことに、聖女が、どこで何をしているのか全く掴めなかった。
どこかで僕を討伐すべく罠を仕掛けているのではないかと考えたが、それもどうにも見つからない。
どこで聖女の襲撃を受けるか、向こうが何を考えているのか、さっぱりわからなかった。
結局、見えもしない聖女を警戒するため、僕も地下深くで隠れざるを得なくなってしまった。
加えて戦力不足と合わさり、三騎士を冒険者の暴動とドラゴンへの対応に向かわせたため、今は三騎士とは完全に離れて行動する羽目にまで陥った。
聖女の思惑通り動いているという実感はあったが、それ以外の手を取りようがなかった。
全く出てこないことで、聖女は僕の動きを縛った。
焦りがある。
このままではまずい。
まずいが、今は動きようがない。
聖女と魔獣王を同時に相手取れば、僕とて勝算は薄い。
しかし、状況は動いているはずなのに、聖女の手札が全く見えてこない。
「神様、僕は……」
扉が開き、他のナイト・スライムが飛び込んできた。
随分と慌てている。
「魔王様、大変です! どうやら、ローグハイル様が、ローグハイル様が、敗れました!」
考え得る中で、最悪の展開だ。
僕は頭を押さえる。
「やったのは、聖女か? ようやく動いたみたいだね」
「い、いえ、私も離れたところから様子を探っていただけなので、詳しいことはわかりませんが、どうやら、城に乗り込んできた、例のドラゴンの様です……」
「ドラゴンが……?」
ローグハイルはA級下位だ。
頭も回る。
そんなローグハイルが、神聖スキル持ちでもない、聖女の〖スピリット・サーヴァント〗程度に敗れたというのか?
「聖女の動きは……?」
「い、未だに、そういった話は聞きません……。私も、他の兵に確認を取る様にはしていますが、未だに聖女の姿を見た者も、魔獣王の姿を見た者もいません」
戦力を温存された上に、ローグハイルを突破された。
「……神様、今回僕は退くことにするよ」
王城地下には、水脈へと繋がる大水道がある。
いざとなれば、大水道を使い、どこへなりと逃走することができる。
僕が席を立つと、周囲のナイト・スライム達が寄ってくる。
「魔王様、どうなさるのですか?」
「……今回は、逃走するよ。聖女に踊らされたね。アイツは、もっと警戒すべきだった」
今回の敗退は痛い。
じっくりと集めて来たナイト・スライムと三騎士の内、何体が生き残るのか、想像もつかない。
だが、僕さえ生きていれば、巻き返すことは不可能ではない。
進化前に神聖スキルを二つは保有しておきたかったが、仕方ない。
聖女は甘い相手ではない。おまけに、魔獣王を飼い殺しにすることに成功し、絶大な強みを得ている。
聖女は殺す、魔獣王も殺す、あの竜も殺す。
だが、それは今でなくともいいはずだ。
しかし、てっきり乱入してきたドラゴンは、聖女の〖スピリット・サーヴァント〗であり、実は世間には隠しているだけで三枠目の魔物の保有が可能だったのか、それとも聖竜セラピムを外して城の襲撃のために姿の割れていないドラゴンを引き入れたのかの、どちらかだと思っていた。
だが、何かが妙だ。
「……逃走、ですか」
ナイト・スライムの一体が、気が進まなさそうに言う。
だが、純A級を複数相手取るつもりなど、僕にはない。
僕は椅子から降りた。
「そういえば、サーマル様は、イルシア、ミリアと言っておられましたが……魔王様は、何かご存じで?」
もう一人のナイト・スライムが、僕へと問い掛ける。
それを聞いて、乗り込んできたドラゴンは最初の勘通り、本当にイルシアだったのだと、僕は理解した。
「イルシア……そう、そうか、本当にアレが来ているのか……そうか……」
「……魔王様? どうなさいましたか?」
これも、聖女の罠の一つか?
イルシアを餌にすれば、僕が退くことができなくなると。
いや、考え過ぎだ、そうに決まっている。
そうは思いたいが……しかし、森での一件は、世間様からしてみればあまり大きな事件ではなかったが、聖女が本気で僕の下調べをしていたのならば、あの村まで辿り着くことは不可能ではない。
僕を少しでも確実に殺すための、罠の一つなのか?
いや、しかし、それでも僕は、行かねばならない。
神様に知ってもらわねばならない。
神様に相応しいのは、この僕だ。神様を救うのは僕だ。
神様にお会いし、寵愛を得るに足るのは、この僕だけだ。
絶対にイルシアなんかじゃあない。
あの森での戦いでは、僕は確かにイルシアに後れを取った。
戦いの結末により、僕は一度神様に見捨てられた。
だが、あれは天運ではなかった。
現に、僕は生きていた。
僕でさえ死んだと思ったあの状況で、それでも僕は生きていた。
だから今ならわかる。
あれは神様が僕へと与えてくれた試練だったのだ。
そしてそれはまだ終わっていない。
「予定を変更する。イルシアは殺す。逃げるのは、その後でいい」
少し手間がかかったが、〖人間道〗と〖餓鬼道〗の取得の条件は、既に僕は満たしている。
神様の期待に応えるためにも、僕は証明しなければならない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます