第418話

 俺は地下広間に散らばる骸と、スライムの粘液やら液体を眺めながら考える。

 これで、三騎士最強の無限の剣ローグハイルと、奴らの隠し兵器のギガントスライムを潰すことができた。

 問題なのはここからどうするか、だ。


 この地下広間は嫌に広く、奥の扉は更に下層へと続いているようだった。

 まだ、地下階層に続きがある……?


 魔王は結局姿を見せなかったが……魔王が潜んでいるとすれば、この部屋から続く、更に地下の奥ではなかろうか。

 地下の手前側に最大戦力級のギガントスライムを閉じ込めていたのは、魔王を守る番人としての役割があったのではないかと思う。

 それに、この地下空間は、単にローグハイルが敵を誘き寄せて確実に仕留めるための場所としては、少々力を入れ過ぎている。

 敵の退路を断つのが目的ならば、下手に通路なんて作らずに袋小路にしちまった方が効果的なはずだ。

 奥の扉の存在に説明がつかねぇ。


 確かローグハイルは、サーマルとの会話において、自分には魔王様を守る役割がある、と言っていたことを零していた。

 先の戦闘を見るに、ギガントスライムはローグハイルと組むことで本領を発揮できる。

 ローグハイルの定位置がこのギガントスライムの間であり、役割が魔王への侵入者の最後の防波堤だとすれば……推測でしかないが、魔王はこの地下の奥にいるのではないだろうか。


 魔王を逃がしても、王都は平穏を取り戻しはするだろう。

 だが魔王は、きっと逃げ延びた先でまた同じことを繰り返す。

 人間を殺戮し、部下を揃え、世界の支配に乗り出す。


 魔王を追い詰められるのは、王城へ乗り込み、部下の中では最高級戦力であろうAランク下位の二体を倒すことに成功した、今が最後のチャンスかもしれない。

 俺と聖女リリクシーラは協力関係にある。

 彼女がいつまで様子見を続けるつもりなのかはわからねぇが、さすがに魔王まで出張ってきたら、見てるだけじゃ済まねぇはずだ。

 敵の主力を挫いた状態で、ここまで絶好の機会、早々揃えられるもんじゃねぇはずだ。

 ここで倒しちまいてぇという考えも、当然ある。


 ……だが、サーマルとメフィストの問題もある。

 三騎士の二人を後回しにしていれば、アロ達に被害が出かねない。

 世界が天秤に掛かってるのはわかっているが、しかし、これ以上は、リスクが高すぎる……。


 現状確認ができないのがもどかしいが、俺側にはまだ無傷のリリクシーラが残っているはずだ。

 リリクシーラには聖竜、そして不完全な制御とはいえ魔獣王ベルゼバブがついている。

 俺も少し休息を取れば、まだまだ戦うことができる。

 実にAランククラスが四体である。


 リリクシーラに未だ目立った動きはないが、動かないことで魔王を牽制し続けているともいえる。

 魔王が出て来ねぇのも、リリクシーラを警戒し続けざるを得ない状況だからだろう。

 結果からいえば、リリクシーラは自身が動かないことで、魔王から三騎士を引き剥がし、各個撃破の機会を俺へと流してくれた。

 ……もっとも、前線に晒され続けている俺からすりゃあ、とっとと出てきてほしいところだが。


 俺がローグハイルとギガントスライムを倒した時点で、魔王は既に詰みかけてる。

 単騎でAランククラス四体を相手に捻じ伏せる力がない限り、撤退が定石だろう。

 そして魔王にそんな力があるのならば、さっさと出てきて俺を瞬殺していたはずだ。

 魔王は既に逃げた、という可能性もあるのだ。


 ……いるかどうかもわかんねぇ相手を探すよりも先に、アロ達のサポートが優先だな。

 それに、ローグハイルにかなりHPとMPを削られた。

 回復しきる前に魔王とぶつかったら、最悪にも程がある。

 今回で確実に三騎士を仕留め、リリクシーラとの信頼関係を強固にしておきたいものだ。

 よし、相方、地上の階層に戻るか。


 俺が相方へと目を向けると、相方はらしくない様子で首を窄めており、俺が呼びかけたのに気が付いていない様だった。


「グゥオ……」


 俺が声を上げると、びくりと相方が首を震わせ、俺へと目を向ける。


『……ヤベェノガ近ヅイテ来テルゾ、ドウスル?』


 言われて、俺も〖気配感知〗を巡らせる。

 地下階段の方から、何かが上がってくる。

 人の輪郭をしているようだが、明らかに人間とは異なる、何か、化け物だ。

 今まで会ってきた魔物とは比較にならない、不気味な底知れなさを感じる。


 う、嘘だろ……魔王が、今更このタイミングで出て来るメリットってあんのか?

 それともなんだ。

 ここからの逆転の策でもあるのか?

 それとも自棄になってやがんのか?


 地下へと続く階段から現れたのは、豪奢な王族の衣装に身を包む、金髪の少女だった。

 恐らくアーデジア王家の最後の一人、クリス王女だ。


 背は低く、やや猫背で気弱そうに見える。

 少しおどおどとした自信なさげな表情で俺を見る。


 噂で聞いていた我儘で身勝手で短絡的な王女様、といった印象からはやや異なる。

 ただ、元々は病弱で引きこもりがちだったというので、この姿の方が正しいのかもしれない。


 だが、実際の王女の姿など、今となっては関係のない話だ。


 王女の自信なさげな顔の中心に渦が巻き、のっぺら坊へと変わる。

 一気に背筋にぞわりと冷たいものが走った。


 王女擬きは声を上げずに笑う仕草を取った後に、王女の輪郭が歪み、体表が虹色のぶよぶよした粘体へと変わっていく。


 不気味な虹色はそのままに、王女擬きが再び人型を模して変形していく。

 いつか森で見た、中性的な容貌の子供へと姿を変えた。


「あは、イルシアだ! よかった! ああ、僕が、どれだけ君に会いたかったことか! 神様、見ててよ、ねぇ! 今こそ僕が、この場で、僕の方が神様に相応しいって、証明してみせるからね!」


 スライムが、大声で独り言を叫ぶ。

 いや、恐らく、奴の脳内には神の声からの返答が聞こえているのだろう。

 恍惚とした表情で、こくこくと頷いている。


 ……やっぱし、生きていやがった。

 確かに以前のスライムとの戦闘の後に、経験値が入っていたはずだった。

 しかし奴だとすれば、何故生きているのか不思議だったが、奴の目前に立つと、以前森で戦ったときのことが鮮明に思い出せる。


 スライムと森で戦ったとき、俺は崖底の川に飛び込んでから、すぐに意識を失った。

 目が覚めた時にレベルが上がっていたため、てっきりスライムが死んだのだと勘違いしていたのだ。

 だが、違った。


 俺はあのときに、奴の呼び出したマハーウルフを、いつ死んでもおかしくないような瀕死状態に追い込んだままに放置した場面があった。

 俺の意識が長い間途切れている内に、あのときのマハーウルフが死んだのだ。

 経験値はその分だった。俺が勝手に混同していたのだ。


「早くしないと、聖女が乱入してくることは目に見えている。すぐに終わらせてみせるよ、神様。大丈夫、僕はもう、あんな失態を演じたりはしない! イルシア、僕はね、このときを、ずっと、ずっと待っていたんだよ!」


 スライムの輪郭が崩れる。

 変形する気だ。


 俺はすかさず、スライム目掛けて四つの〖鎌鼬〗を飛ばした。

 スライムが後退したため、スライムの手前で四つの風の刃が床に触れ、次々に爆散する。

 爆風で削れた床の粉が舞い、スライムの姿が見えなくなる。


 〖気配感知〗で拾おうとしてみたが、奴の邪悪な気配は色濃く感じるのだが、位置がイマイチ捉えられねぇ。

 感知殺しの特性でも持っていやがるらしい。


『相方ァ! 上ニ飛ンダゾ!! アイツ、マジデヤベェ!』


 相方の首が、斜め上方を睨む。


 宙には、異形の魔物と化したスライムが飛んでいた。

 虹色に輝く半透明の粘体はそのままに、四枚の大きな翼が生えており、あのスライムが好んで使う子供の顔に加え、三つのドラゴンの首が出鱈目に生えている。


 あ、あいつ〖飛行〗持ち!?

 万能具合に拍車が掛かってやがる。

 つーか、なんだあのアンバランスな形態は。


「君は、もっとゆっくり甚振って殺してあげたかったんだけどね」


 三つのドラゴンの口の前に、炎の光球がそれぞれ一つずつ現れる。

 三つのドラゴンが各々に光球を呑み込む。

 半透明のドラゴンの内部が、赤き光に満たされる。


 俺は、このスキルを知っていた。

 しかし、まさか、いくらなんでもあり得ない。

 まさか常識外れ過ぎる。


「〖グラビティ〗」


 宙を舞うスライムを中心に、球で覆う様に黒い光が放たれる。

 光が俺に触れた瞬間、一気に身体が重くなり、俺は地面に伏した。

 光が床に触れた途端、急激に重みを増したかのように大きく凹み、罅割れていく。

 超重力により、範囲内に存在する自分以外の行動を縛るスキルだが、俺がこれまで見て来た〖グラビティ〗とは、規模も威力も違う。

  Cランク程度なら、このスキルだけで圧死させられちまいかねねぇ。


「イルシア、神様は、僕が助けるよ。君じゃない、聖女でもない、ましてや勇者や魔獣王でもない。神様は、僕だけのものだ。僕だけを選んでくださったんだ。僕にはわかる。君達は、僕が神様に近づくための、踏み台に過ぎないんだよ! なのに勘違いして、出しゃばっちゃってさぁ! 君は、邪魔なんだよ!」


 スライムの声と共に、三つのドラゴンが俺へと首を伸ばし、口を開いた。


「今すぐに、僕に神聖スキルを引き渡して消え失せろ! 〖ドラゴフレア〗!」


 俺へと目掛け、三つの赤い輝きが放たれる。

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