第581話
「えっと、なんだっけ? ボクがキミの言うことを聞かなきゃ、死ぬまでボクに抗って無為に全滅するつもりなんだって? もう一度言ってみなよ、そんなふざけた、生意気な戯言をさぁ」
神の声が大口を開けて笑う。
四体の〖スピリット・サーヴァント〗は動かない。
鎧男も、法衣の女も、召喚されたときのまま棒立ちしている。
謎の巨大な影も無関係なところを歩いている。
巨大な三つ顔の蜘蛛は俺を睨んで涎を垂らしてはいるが、とりあえず攻撃を仕掛けてくる気配はない。
神の声なしだとしても、低く見積もって魔物化したリリクシーラが四体だ。
こんなの勝負になるわけがない。
「キミができるのは、せいぜい地面に頭をつけて許しを乞うことくらいだったんだよ。ちょっと機嫌がいいから対等に接してやったら、リリクシーラの馬鹿げた助言を真に受けて付け上がりやがってさぁ。じゃあ確かめてあげようかい? 一人ぶっ殺されたら、本気で死を選ぶのかさあ」
こんな奴相手に、俺は自分の意見を強気に通せると思っていたのか。
こいつは狂気の塊だ。
最後には自分の感情を優先する。
交渉相手としては最悪だ。
『落ち着いてくれ! 俺達全員の安全を保証してくれるなら、最低限の協力はしてもいい。だが、この時代に俺を使って世界を壊すことには協力できない!』
俺は〖念話〗を発した。
これは俺が神の声から引き出したかった、最低限の条件だ。
このままだと神の声は強硬策に出てきかねない。
今からでも、俺の考えを提示すべきだと考えたのだ。
無意味に戦闘を仕掛けられれば、お互い損なはずだ。
「この期に及んで、まだそんな条件をぺらぺらと突きつけてくるとはね。これ以上舐められるのはごめんなんだよ。せっかく呼んだんだし、この子達も暴れたいらしい」
神の声が高度を上げた。
「それに、ボクももう、キミをどうするか決めたのさ。従順にボクの言うことを聞いてくれないならば、それはそれで別に構いはしないんだ。キミに対して、一番効果的なやり方でやらせてもらうだけだからね。バアル、力の差を見せてあげなよ!」
大蜘蛛バアルの、三つの顔が笑った。
攻撃を仕掛けてくるつもりだ!
『に、逃げるぞっ!』
俺は周囲へ〖念話〗を放った。
神の声に散々利用されて全員殺されるくらいなら、あいつと戦って死んでやるのも手だと、俺は本気で考えていた。
だが、そこには無論、自棄になる姿勢を見せることで神の声に妥協案を提示させるという思惑もあった。
それにここまで明確な力の差を見せられた今、さすがに特攻して無駄死にしようとは思えない。
俺一人なら、賭けに出る選択もあった。
しかし、今は、この場にいる他の奴も巻き添えにしてしまう。
トレントが、タイラント・ガーディアンの姿で俺の前に出ている。
俺がすぐ逃げれば、トレントがバアルの犠牲になってしまう。
俺はトレントを追い抜き、バアルへと接近した。
『あ、主殿っ!』
「オオオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
バアルも前に出ていた。
避ける間もなく、正面から体当たりを受けることになった。
全身に衝撃が走り、俺の身体が後方に吹っ飛ばされた。
俺は尾で地面を叩き、素早く体勢を整える。
どうにか大きく吹き飛ばされずに済んだ。
だが、それだけだ。
今の衝突で肩と胸部の骨に、罅が入った。
俺の身体全身が、今の一撃で悲鳴を上げている。
とんでもなく重い体当たりだった。
ステータス面では間違いなく、バアルの方が俺より格上だ。
トレントが俺へと大急ぎで向かってきた。
『主殿! 前に! 前に!』
ま、前……?
俺は慌てて激痛に霞みかけた思考を取り戻し、顔を上げて前方を確認する。
だが、俺を突き飛ばしたバアルは、三つの顔でゲラゲラと下品に笑いながら立ち止まっている。
他の〖スピリット・サーヴァント〗も、まだ動きを見せていないはず……。
俺のすぐ斜め上に、神の声の奴が浮かんでいた。
神の声は半分崩れているその顔に、満面の笑みを湛えている。
掲げている片手の先には、黒い光が集まっていた。
「どうしたのかな? 〖スピリット・サーヴァント〗に任せたからボクが動かないって、そんな甘いことを考えていたのかい? その程度の心構えで、よくこのボクを出し抜けるなどと思い上がってくれたものだ」
『なに、を……!』
神の声の手に集まっていた黒い光が広がり、大きな魔法陣となって俺の周囲を覆い尽くした。
嫌な気配を感じる。
ただの攻撃じゃねえ。
こいつは、何をするつもりだ。
急いでこの場から離れようとしたとき、神の声が空いている方の腕を下ろし、俺に指先を向けた。
脳が揺さぶられたかのような、急激な不快感に襲われる。
思考が真っ白になり、何も考えられなくなる。
「ガ、ガ、ア……」
「ごちゃごちゃと無駄な抵抗しないでおくれよ。だから、何度も言わせないでおくれよ。キミには選択肢なんてないんだってさぁ」
ま、また、さっきの精神攻撃か!
ミーアも、神の声がこの攻撃を多用すると言っていた。
生かさず殺さず手っ取り早く相手を屈服させるためには、恐らくこれがちょうどいい技なのだろう。
黒い魔法陣の光が、俺の身体に纏わりついてくる。
動けない。
前足が、持ち上がらない。
発動しきるまでに時間がかかるタイプのスキルらしいが、その時間を妙な精神攻撃で稼がれちまった。
「竜神さまっ!」
『主殿ォ!』
近くにいたアロとトレントが、俺に向かって走ってくる。
黒い魔法陣の領域内へと踏み込んだ。
『来るんじゃねえ! 何かに巻き込まれるっ!』
「小蝿が混じり込んだか。ボクの箱庭を穢して欲しくはないのだけれど……まぁ、別に構わないか」
神の声が目を細める。
俺は必死に後ろ足を動かし、地面を蹴って魔法陣から抜け出そうとした。
後ろ足は地面に当たらなかった。
まるで後ろ足が地面を擦り抜けたかのような感覚であった。
お、俺は、何をされたんだ……?
「〖異界送り〗」
神の声が呟く。
周囲の視界が、白に塗り潰されて何も見えなくなっていく。
「レベルを上げてくるといい。人質は、キミが出会ってきた、この世界の全てだ。急いで戻ってこないと、みんな死んじゃうよ」
神の声の笑い声が、どんどんと遠くなっていく。
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