第225話

 とりあえず、この森をもうちょい出歩いてみるとすっかな。

 マンティコアが死んでねぇのも気にかかるし、狩りやすい魔物を把握しておく必要もある。


 貢物があるから食糧問題は大丈夫な気もするけど……あれ、喰っていいのかどうかちょっと不安なんだよな。

 またこっちでも干し肉とか作れればいいんだが。


 リトヴェアル族の集落もちょっと覗いてみたいんだけど、こっちから出向くのはまずいかな。

 今度来たときはどっしり構えとかねぇと。

 そういや、またリトヴェアル族が来るならちょっとは喰っといた方がいいかもしれねぇな。

 『口に合わなかった』とか『怒ってる』とか思われても嫌だし。


 ……後々、貢物泥棒扱いされねぇよな?

 さすがにねぇよな?

 食糧突き出しといて『竜違いだったから返して!』とか、そんなん言われても困る。

 まぁ今回は余裕があったら喰えそうな魔物を狩る、程度でいいか。

 狩り場を安定させておきたい。


 方針を固めてから祠を出る。

 後ろからカタカタと音が聞こえたので振り返ると、ワイトがついてきた。


 いや、ついてきたら危な……でも、置いてくのも危険か。

 レベル上げてすぐにバラバラにならないようにしておきたいし……一応、連れて行っておくか。

 危ない魔物を見かけたらすぐに引き返すようにすれば大丈夫だろ。

 いざとなれば、口の中にワイトを放り込んで〖転がる〗で逃げ切れる。

 そうそう俺より強い奴なんかいねぇと思うけどな。


 〖気配感知〗を意識しながら、森の中を歩く。

 狩りは先制発見が重要だ。

 攻撃するも逃げるも、先に見つけた方が遥かに有利になる。


 物音を殺し、ゆっくりと歩く。

 先制発見だ、先制発見。

 ワイトもいるんだから、気を張ってねぇとな。

 ワイト、しっかりついてこ……。


 ワイトが、急に俺の身体にタックルをした。

 肩から上が外れ、地に落ちる。

 お、おい、なにやってんだお前。


 ワイトは崩れた身体に構う様子を見せず、俺にタックルを続ける。

 どんどん身体がばらばらになっていく。


 どうした? 混乱か?

 相方よ、一旦〖|魂付加(フェイクライフ)〗を……。


「ガァァァァッ! ガァァァアッ!」


 相方も、急に顔色を変えて吠えだした。

 完全に興奮しているようで、まともにこちらの思念に応じる様子がない。

 クソ、状態異常か。

 魔物の気配はねぇし、植物か何かの仕業かもしれねぇ。


 俺も今は無事だが、いつ混乱を吹っ掛けられるかわかったものではない。

 とりあえずここから離れなければと身を翻すと、俺の尾に赤蟻サイズの虫が噛みついていた。


 嫌悪感をそそる、黒をベースとした縞々模様。

 妙に長く、関節を強調するように折れ曲がった足が八本くっついている。

 口周りには、ぎざぎざの歯のようなものがついている。

 しかし、歯とは違うように見える。数が多すぎる。


 外見はウデムシに近いか。

 尾から俺の血を吸っているようなので、性質はまったく異なるようだが。

 なんというか、印象を一言でいうのならば、あれだ。

 キモかった。


「グォォオオオオオオッ!!」

「グァァァアアアアッ!!」


 相方と一緒になって吠え、尾を振り乱し、木に叩きつけた。

 ベチャッと、ウデムシモドキの口らしきものから真っ青な血が出る。

 多分、俺のものだ。


 あんなのに噛まれていたと思うとぞっとする。

 つーか吐きそうだった。本気で気持ち悪い。

 後で尻尾を洗いてぇ。泣きそう。もうこの森出たい。

 なんであんな強烈な化け物感知できなかったんだ俺。


「グォオオオッ!」


 俺は腕を振るい、我武者羅に〖鎌鼬〗を放つ。

 風の刃が木を抉り、薙ぎ倒した。

 ウデムシモドキは長い足をくねらせて俺の攻撃を綺麗に避け、逃げて行く。

 あの動きマジで気持ち悪い。

 逃げるなら最初から来ないでくれ、マジで。


「ガァッ! ガァッ! ガァァアッ!」


 相方が吠えると、ウデムシモドキの後を黒い光が覆う。

 〖デス〗で狙っているようだが、なかなか当たらないようだ。


 そこまで速くはないのだが、相方も俺も興奮していた。

 それになんというか、直視したくない。


 追い払えるならそれでもよかったが、殺しておかないと安心できないという気持ちもあった。

 だから姿が見えなくなると安堵はしたが、薄気味悪い感覚に襲われていた。


 はぁ、はぁ、はぁ……どっか行ったか。

 ステータス閲覧、やっとけばよかったな。

 正体不明の気持ち悪い何かとか、恐怖でしかない。

 正体がわかったらそれもまだ和らぐんだが……。


 クソ、なんか尻尾が痺れる。

 痛覚を消されてたのか。


 気配消して忍び寄って、痛覚消して吸血か……。

 白黒模様と言い、大型魔物狙いの蚊みたいだな。

 いや、蚊の方が遥かにマシだけど。ビジュアル的にも。

 蚊というよりゴキブリに近い印象だった。


 まぁ、これでひとまずは安心だ。

 ありがとうよ、ワイト。あれが来てたからタックルして身体を崩してまで教えてくれたんだな。

 助かった。


 散らばったワイトを見下ろす。

 頭蓋骨が、左右に揺れた。


 ん? なんだ、どうしたんだ?

 いや、今のは風のせいか?


 ワイトの腕の骨が関節を曲げると、指が俺の背後をさした。

 それに釣られ、俺は振り返る。


 ウデムシモドキが、凄まじい速さで俺に這い寄ってきていた。

 いや、正確にはそこまで速くはない。

 速くはないのだが、足が長く素早く動くため、本体も高速で走っているような錯覚があるのだ。

 なぜか音が立たないのもその感覚を助長させていた。


 ふと俺は、前世のことを思い出した。

 逃げたと思ったゴキブリが、急に顔面に向かって飛んでくるときのことを。

 部屋の様相などはもやが掛かったように思い出せないのに、ゴキブリの姿だけはくっきりと頭に浮かんでいた。


「グォッ! グォッ! グォォォオオッ!!」

「ガァッ! ガァッ! ガァァァアアッ!!」


 俺と相方は、〖鎌鼬〗と〖デス〗をそれぞれ飛ばす。

 〖デス〗が一発命中したが、黒い光の中からあっさりと這い出てきた。

 駄目だ、〖デス〗効かねぇわ。

 あれ、相手とのレベル差が大事みたいだからな。


 が、俺だって学ばねぇわけじゃない。

 直視できないのなら、最初から他のものを狙えばいい。


 俺が〖鎌鼬〗で切り倒した木が、ウデムシモドキの身体をぶっ叩いた。

 バキィと背に罅が入り、クリーム色の体液が漏れる。八本の長い足が狂ったように蠢く。


 今なら逃す心配はねぇ。

 俺はその頭に向け、大振りで〖鎌鼬〗を飛ばしてやった。

 頭が縦に裂け、ウデムシモドキの動きが止まった。


【経験値を186得ました。】

【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を186得ました。】

【〖ウロボロス〗のLvが60から61へと上がりました。】


 はぁ……良かった。

 気配消しと吸血、それから麻痺スキルか。

 嫌なモンスターだ。あれはちょっと喰う気になれねぇな。

 詳細だけ調べとくか。


【〖アビス〗:Cランクモンスター】

【死角から大きな魔獣に貼り付き、血を吸って同量の体液を流し込む。】

【〖アビス〗の体液には毒があり、獲物が絶命したところで卵を産み付け、子を育てる巣にする。】

【単に狩りをするときは自分より小さな動物を探すことが多い。よく共喰いする。】


 ……と、とんでもねぇ。

 勝ってよかった。

 死んでたら子アビスの巣にされてたのか。


 ……マジで気分悪くなってきた。

 尻尾痺れてんの、これ体液のせいかよ……。

 切断して自己再生できるかな。

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