第739話 side:トレント

『〖森羅転生〗!』


 魔獣王を中心に、青白い光が円状に周囲へ放たれる。

 範囲内の土や木がスキルの光に照らされ、その輪郭を崩し、無数のキマイラへと形を変えていった。


『どうやら自身が〖インハーラ〗で吸い込んで、減らした手駒の補充に出てきたようですな……』


 魔獣王の〖インハーラ〗と〖フレアレイ〗は強力なスキルではあったが、自身の手駒であるキマイラを相当数巻き込んでいた。

 キマイラ達がいなければ、我々にどんどんと距離を引き離されることになる。

 まずは尖兵の補充に出てきた様子であった。


「……それだけじゃないみたい」


 アロ殿が後方を睨みながら、そう呟いた。


『〖森羅転生〗!』


 続けて魔獣王より青白い光が放たれた。

 再び、夥しい数のキマイラ達が光の中から姿を見せる。


『れ、連続発動……?』


 無数のキマイラが地面を蹴って、我々の方へと飛来してくる。


 どうやら魔獣王は、従来のキマイラの数では我々を仕留めきれないと踏んだようである。

 もっとも、私からしてみれば、今までの数の相手だけでせいいっぱいだったのだが……。

 ここに来て、惜しみなくスキルを使って来るようになった。

 これまで戦いとしてさえ認識していなかったというのは、どうやらハッタリではないようであった。


 逃走が上手く行っていたので多少は魔獣王を追い詰めていたのではないかと思っていたが、どうやらそれはとんだ思い上がりであったようだ。

 魔獣王が先の宣戦布告をしてからスキルを連打してきたこの状況を見るに、奴にはまだまだMPに余裕がある。


 戦況が変わるにつれて、状況がどんどんと悪化していく。

 だが、我々はこれまで通り、キマイラを狩りながら逃げ続けるしかない。


『い、今更キマイラの数が倍以上に増えたところで、我々は退きませんぞ!』


『〖暴獣万化〗!』


 魔獣王の巨体の全身から、真っ赤な気体が噴出した。

 かなりの高温らしく、巻き込まれたキマイラが瞬時に干乾びてミイラに変わったのが見えた。

 赤い煙に巻き込まれた木も、同様に黒ずんで発火していた。

 魔獣王自身は赤い煙に覆われ、その姿が見えなくなった。


 どうやらキマイラを増員する以外に、まだ何か仕掛けてくる様子である。

 ただ、あの高熱の気体を使っての攻撃を目論んでいるわけではなさそうだ。

 あの気体が被害を及ぼしたのは、せいぜい魔獣王の周辺のみであった。

 とてもこちらまで届いでくる気配はない。


『いったい、何を……』


 赤い気体が晴れたとき、魔獣王の姿が変わっていた。


 元の体積の三分の一程度になっている。

 ただ、全長が変わったというわけではなく、横幅が削がれてスリムになっていた。

 しかしその分、巨躯が引き締まり、全身の肉が筋肉の塊のようになっている。


 そして六つ足で這っていた姿から、二足歩行へと変わっていた。

 前足がそのまま腕になっているらしく、血管の張ったゴツゴツとした四つの腕を有していた。


『〖暴獣万化〗……HPトMPヲ代償ニ、身体ノ形ヲ造リ変エル。コノ我ノ弱点デアル速度補ウコトガデキルノダ』


 魔獣王の四つの目が我々を睨んだ。


『そ、速度を、補う……?』


 それはつまり……魔獣王の極端な足の遅さに付け込んでいた我々の作戦が、破綻したことを示していた。

 魔獣王相手に、速度だけはどうにか勝てていたからこそ、この〖死神の種〗作戦を決行したのである。

 それが最初から無意味だったことになる。


 いや、しかし……この変身するスキル、〖暴獣万化〗がHPとMPを代償にしているというのであれば、まだそこに付け込めるかもしれない。

 敵からの攻撃は激しくなるだろうが、同時に相手の消耗も速くなる。

 勝負が短期決戦へと移行しただけであれば、奴の猛攻さえ少し凌げば、〖死神の種〗が牙を剥いてくれるはず……!


『一ツ、貴様ラノ間違イヲ正シテヤル。我ハ歴代ノ神聖スキル所有者ノ中デ、二番目ノ強サヲ誇ル。我ノランクハ、伝説級上位ダ。タダノ伝説級デハナイ』


『で、伝説級、上位……?』


 伝説級と伝説級上位では、ステータスがひと回り違うのだ。

 ランクを一つ勘違いしていたということの意味は大きい。

 我々がこれまで懸命に時間を稼いで、〖死神の種〗で奪ってきたMP……恐らく、奴にとっては致命打には遠く及ばない程度のものでしかなかったはずだ。


『神聖スキルモ持タヌ者ニ、ココマデ消耗サセラレルトハ。コレデハ竜ノ相手ニ支障ガ出ル。ホトホト貴様ラハヨクヤッタモノダ。自然ヘ還リ、ユックリト眠ルガヨイ』


 魔獣王がそう告げる。

 大量のキマイラが、我々の許へと到達し始めていた。


『ア、アロ殿、〖暗闇万華鏡〗の回収はどういたしますかな?』


 アロ殿は後方の分身二体へと目をやって逡巡した後、首を横に振った。


「……さすがに今は減らせない」


 私も同意見であった。

 キマイラの数が倍増して、魔獣王自体も何を仕掛けてくるかわかったものではない以上、とてもではないが手数を減らすわけにはいかない。


「アァァアアァッ!」

「アアッ!」

「アアアアッ!」


 襲い来るキマイラの軍勢。

 私は〖樹籠の鎧〗で木の根を伸ばして振るい、キマイラの接近を牽制する。

 もはやアロ殿は威力を抑えた〖ゲール〗の使用も制限しなければならない状態であった。


 私の〖樹籠の鎧〗はキマイラ達に噛み千切られ、爪で砕かれ、あっという間に打ち破られている。


「やぁっ!」

「はぁっ!」


 私の〖樹籠の鎧〗を囮に、アロ殿の分身がキマイラ達を後方へと蹴り飛ばした。

 だが、一時の凌ぎにはなるものの、キマイラ達もまたA級上位である。

 多少の怪我程度では、あっさりと持ち直してまた追い掛けてくる。

 どんどんと我々に迫ってくるキマイラの数が増えていく。


 もう……もう、これ以上は持ちそうにもない。


 私はキマイラの対応に追われつつも、後方の魔獣王へと目を向けた。


 魔獣王は地面を蹴り、我々の許へと直進してくる。

 これまでとは比にならない速度であった。

 先行していたキマイラ達を追い抜いていた。


 このペースであれば、すぐに魔獣王本体も我々の許へと到達する。

 絶体絶命であった。

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