第738話 side:トレント
「はいっ!」
「ていやーっ!」
アロ殿の分身の二体が、キマイラを濃霧に乗じて爪で攻撃する。
キマイラが体勢を崩したところを、アロ殿の本体が私を抱えているのとは逆の腕で攻撃した。
三連撃を受けて怯んだ隙に、私がキマイラの背中へと翼を向ける。
『これで仕上げですぞっ!』
翼から伸びた木の根が、キマイラの背の翼に絡みついて拘束する。
私のスキル、〖樹籠の鎧〗の応用である。
「ア、アアァッ!」
キマイラがもがきながら落下していった。
地面に叩きつけられる前に体勢くらいは立て直せるだろうが、翼に絡んだ木の根を完全に取り払うまでは元の飛行速度を取り戻すことはできないはずである。
追い付いてきたキマイラを無力化した我々は、また素早く前方へと向き直る。
『行ける……! まだ、まだまだ時間を稼げますぞ! フ、フフフ、我々だけで魔獣王を討伐したら、主殿はさぞ驚かれるでしょうな』
私はアロ殿を、そして自身を鼓舞するため、気丈にそう口にした。
ただ、アロ殿からの返事はなかった。
『アロ殿……?』
「〖暗闇万華鏡〗……二体の片割れを、そろそろ吸収しておいた方がいいかもしれない」
『そ、そんなにもう、魔力が……』
キマイラの対応には慣れてきている。
ただ、それでも致命的な魔力不足は誤魔化し切れていなかった。
キマイラの連携を崩しつつ遅延するために〖ゲール〗と〖亡者の霧〗を使っているし、そもそも〖暗闇万華鏡〗の維持自体にも魔力を必要とするのだ。
『また私の魔力を吸っておいた方が……!』
アロ殿が首を横に振った。
「トレントさんの魔力ももうないでしょ? それに、段々〖マナドレイン〗で魔力を吸っても、全然回復しなくなってきてる。身体の疲労ばっかり溜まって来て……。私がトレントさんの魔力を吸っても、戦力の低下の方が痛いと思う」
『……そう、ですか』
どうにも魔力の過度の回復には制限があるようなのだ。
主殿がそう口にしていたし、私も身に覚えがあった。
魔力回復の手段さえ確保できれば無限にスキルを使い続けられる、というわけではないのだ。
その限界に、アロ殿の身体が到達しつつあるようであった。
キマイラの対応にはかなり慣れてきた。
ただ、慣れるのが遅かったのかもしれない。
アロ殿の分身も二回、二体共全滅させられている。
あの魔力の消耗がかなり尾を引いていた。
初期の際に、キマイラの群れと魔獣王のプレッシャーに脅え、必要以上にアロ殿の〖ゲール〗に頼り過ぎていたのも大きい。
もし今の状態で逃走開始からやり直せるのならば、スキルの使用を最低限に抑えて、効率的に対処し、魔獣王が〖死神の種〗でMP切れになるまで逃げ遂せられる自信がある。
だが、ここまでMPが擦り減ってしまった現状、これ以上逃げ続けることはもう、できないのではないだろうか……?
弱気の思考を、首を振って振り払う。
今更作戦の切り替えなどできないのだ。
キマイラとの戦いでスキルに頼る割合を減らしていって、どうにか魔力を残すしかない。
「片方、私の中に戻って! これ以上、〖暗闇万華鏡〗を二体維持していたら、後がないの!」
二体のアロ殿が顔を見合わせ、片割れが速度を上げて我々へと接近してきた。
だが、そのとき、また三体のキマイラが、我々のすぐ背後に現れた。
「しつこい上に、数が多い! やっぱり先にこいつの対応を……」
我々が逃走からキマイラの迎撃に移行しようとした、そのときであった。
『〖インハーラ〗』
背後より魔獣王の〖念話〗が響く。
魔獣王の口に、大きな魔法陣が浮かんでいた。
「ま、また、あの吸引魔法……。こっちはもう、MPに余裕がないのに」
『い、いえ、これは好機かもしれませんぞ! 魔獣王とて、あれだけ大規模なスキルの行使……それなりにはMPを削っているはずです!』
私はアロ殿の分身の二体へと、翼を向けた。
「〖樹籠の鎧〗!」
木の根を展開して、分身達の身体へと巻き付けた。
ここで〖暗闇万華鏡〗の分身を取り込む前に消滅させられて、魔力を消耗させられれば勝機が完全に潰える。
下手に離れてキマイラの群れに各個撃破されるリスクを背負うわけにはいかない。
私の木の根でしっかりと掴んでおいた方がいい。
「〖ゲール〗どーんっ!」
分身の一体が、後方目掛けて思いっきり〖ゲール〗をぶちかました。
暴風が背後のキマイラ達を、魔獣王の〖インハーラ〗の吸引へと突き飛ばす。
それと同時に反動で一気に前へと進み、木の根で繋がっている我々を前へと引っ張ってくれた。
ここで全力の〖ゲール〗を放つのは魔力の消耗的には痛かったが、後方のキマイラ達に足を引っ張られなくなったのは大きい。
また、〖ゲール〗の反動で〖インハーラ〗からの吸引からも逃れられたため、一挙両得である。
『ナイスですぞ、アロ殿の分身殿!』
私は翼を前に振るい、力いっぱい〖樹籠の鎧〗の木の根を放った。
木の根はがっちりと、前方の木の幹へと巻き付いた。
続く〖インハーラ〗の暴風を、木の根を必死に引っ張って耐える。
三体のアロ殿も、私の身体にしがみついていた。
『んぐぐぐぐ……!』
数秒耐えた後に〖インハーラ〗の暴風が止んだ。
しかし、これではまだ安心できない。
魔獣王が続けてスキルをぶっ放してくることはわかっていた。
私は木の根を思い切り引っ張り、反動で自身らを前方へと投げ出す。
『とにかく逃げますぞ、アロ殿!』
『〖フレアレイ〗!』
魔獣王の念話と共に、爆発音が響いた。
背後へ目をやれば、巨大な赤い光の塊が我々へと迫ってきている。
〖フレアレイ〗の中央に捉えられている……!
この速度と、範囲攻撃では、とても避けられない……!
「〖ゲール〗!」
アロ殿の分身体の二体が、同時に〖ゲール〗を後方へと放った。
我々は出鱈目な軌道で、一気に前方へと押し出された。
『これならいけますぞ……〖グラビティ〗!』
続けて私は重力魔法を使い、強引に高度を引き下げた。
〖ゲール〗の連打での不規則な円運動の中、地面すれすれまで急降下していく。
我々の頭のすぐ上を、赤い巨大な光の塊が通過していった。
『凌ぎましたぞ……どうにか……!』
魔力を使わさせられたが、今使っていなければ〖フレアレイ〗に呑まれて即死していた。
これは仕方のない場面であった。
それに、魔獣王も〖インハーラ〗と〖フレアレイ〗のコンボで、それなりには魔力を吐き出したはずである。
何より、百体前後はいたであろう数のキマイラが、魔獣王のスキル攻撃に巻き込まれて、すっかりとその数を減らしていた。
『行けますぞ! 奴とてMPが無尽蔵であるはずがないのです! 恐らく魔獣王は上位ではなく、ただの伝説級……! いい加減、MPの底が見えてくるはずですぞ……!』
ギリギリのところで、我々の勝機が残り続けている。
確かに苦しい状況には間違いない。
もうアロ殿はまともに〖ゲール〗を撃つことも厳しいはずである。
しかし、相手もまた苦しい状況であるはずなのだ。
『せいいっぱいの最善手を打ち続けて、私とアロ殿で魔獣王を倒す……!』
私がそう意気込んだ、そのときであった。
「……トレントさん、魔獣王がおかしい。私達を追ってこない」
アロ殿が背後へ目を向けたまま、そう口にした。
『むっ……?』
確かに魔獣王は〖インハーラ〗を使うために足を止めたまま、動かずにその場で留まっている。
普通に考えれば、我々を仕留め損なったのを確認すれば、すぐにでも追い掛けるのを再開しそうなものなのだが……。
『まさか、キマイラをばら撒いて、逆に逃げるつもりですかな……?』
〖死神の種〗は、対象との距離が近ければ近い程、MPを奪う速度は早くなる。
逆に一定距離以上に開けば完全に効果を失い、果てには〖死神の種〗の効果が完全に途切れてしまう。
逃げられれば、今度はこちらから追い掛けなければならなくなる。
速さはこちらの方が上なのでできなくはないが、それはそれで厄介なことになる。
「そういうわけじゃないみたい……。なんだか、これまでより強い殺気を感じる」
『……見縊ッテイタ、認メヨウ。神聖スキルモ持タヌ者ニ、ココマデ消耗サセラレルトハ』
魔獣王の四つの目が我々を睨み付ける。
『我ノ頭ニ響ク命令……。竜ニ備エテ消耗ヲ抑エヨカラ、全力ヲ以テ排除セヨニ変ワッタ。我ガ本能ガ、貴様ラヲ邪魔ナ小石デハナク、危険ナ敵トシテ判断シタトイウコト……。ココカラガ本当ノ戦イノ始マリダ。覚悟セヨ、小サキ強者共』
『こ、ここからが、本当の戦い……?』
私はその言葉の意味を、すぐには理解できなかった。
なにせ、私もアロ殿も、既にMPがほとんど底を突いているのである。
だというのに魔獣王は『これまで抑えて戦っていたせいで仕留め損ねていた』と言っているのだ。
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