第558話

 リリクシーラが俺へと杖を構える。


「〖ホーリースフィア〗」


 俺はそのまま、前脚をリリクシーラへと叩き付けた。

 魔法で阻害されようと、次は逃がさねぇ。

 この一撃で終わらせてやる。


 リリクシーラを中心に白い光が爆ぜた。

 〖ホーリースフィア〗は、俺目掛けて放たれたわけではなかった。


 俺の前脚の爪が地面を抉った。

 リリクシーラに避けられた。

 自傷ダメージ覚悟で、自分に〖ホーリースフィア〗を放って吹き飛ばしたのだ。


 まさかこんな行動に出るとは思わなかった。 

 光のせいで、奴の姿を見失った。


 だが、既に俺の爪の一撃を受けて瀕死の重傷であったはずだ。

 〖ホーリースフィア〗で自爆して無事でいられるわけがない。

 完全にこの一手を凌げるというだけだ。


 リリクシーラの気配を追えば、すぐに彼女の位置はわかった。

 背から光の翼を生やしたリリクシーラが、宙を浮きながら崖を降りて俺から逃げていく。


 確かに〖フロート〗と〖ホーリーウィング〗さえあれば、身体がボロボロでも飛んで逃れることができる。

 〖ホーリースフィア〗の爆風を〖ホーリーウィング〗で受けて、速度を稼いで移動に転じたらしい。


 リリクシーラの片腕が地面に転がっていた。

 〖ホーリースフィア〗の爆風で千切れたらしい。


 リリクシーラは、部下も他者も自分の目的のための道具としか見ていない、冷酷な人物だと思っていた。

 だが、違った。それより更に上をいっていた。

 リリクシーラは恐らく、自分の身体さえ目的のための道具として考えている。


 この距離なら一瞬で追いつける。

 俺は崖へと入り、〖気配感知〗でリリクシーラの後を追った。


 リリクシーラの〖スピリット・サーヴァント〗の枠ももうないはずだ。

 奴がストックできるのは二体までだった。

 リリクシーラは嘘吐きだが、これはフェイクではないはずだ。

 三体使えるならば、これまでももっと仕掛けてきていただろう。


 エルディアとベルゼバブを最初は使役しており、エルディアが消えた枠にはクレイ・ガーディアンが入っていた。

 ベルゼバブが死んでから時間は経っていない。

 魔物を用意している余裕はなかった。


 崖の中を曲がったところで、リリクシーラが俺を向いて浮遊していた。

 血塗れの身体で、俺の方向へと杖を構えていた。


 リリクシーラは〖忍び足〗のスキルレベルが高かった。

 敢えて気配を放って辿らせ、崖を越えたところで〖忍び足〗を発揮して、俺の〖気配感知〗の勘を狂わせたのだ。

 

「〖グラビリオン〗!」


 俺の周囲六面を、半透明の黒い壁が覆った。

 誘い出して、時間の掛かる大魔法の準備をしていたらしい。


 六面体が一気に圧縮され、俺の身体を押し潰していく。

 神聖スキルでステータスが強化されているだけはある。

 前に受けたときよりも六面体の力が強い。

 力押しでも突破できるだろうが、このスキルには対処法がある。


 俺は〖ワームホール〗を発動した。

 空間を捻じ曲げ、自分の座標を書き換えるスキルだ。


 黒い光が俺を包み込む。

 俺の様子を見たリリクシーラが、またすぐさま俺から逃げるように飛んでいく。


 俺は黒い六面体の外へと瞬間移動した。

 閉じ込める対象を失った黒い六面体が、一気に収縮して視認できなくなった。


 急いで〖ワームホール〗を発動したため、転移先が崖壁と被っていた。

 脚と翼の先が崖壁にめり込んでいる。

 もっとも、俺にとってはこんなもの、スポンジに等しい。

 前へ移動するのと同時に引き抜いた。


 しかし、足が崖壁に圧迫されている感じは全くなかった。

 どうやら〖ワームホール〗の転移先の座標に物体があった際に、その座標にあったものはどこかへと削り取られるらしい。


 このスキルは〖グラビリオン〗へのカウンターとしてしか価値を見出せていなかったが、あらゆる物体を削り取ることができるとすれば、使い方次第では恐ろしい攻撃方法になるはずだ。

 使い道の薄いスキルだと思っていたが、本質は瞬間移動ではなく、空間ごと抉る攻撃であったのかもしれない。

 このことは覚えておいた方がいいだろう。


「さすがに……ここまでのようですね」


 リリクシーラが片腕で杖を構える。


 俺は前脚を振るう。

 距離は取られているが、既にリリクシーラは瀕死である。

 俺の〖次元爪〗に対応できるとは思えない。


「使いたくはありませんでしたが、仕方ありません」


 リリクシーラの周囲を光が包み込んでいく。

 光は流動的に色を変える。

 虹色の輝きを放っていたが、綺麗というよりは不気味だった。


「〖メタモルポセス〗」


 光の中で、リリクシーラの気配が膨張したのを感じ取った。

 なんだ、これは……?


 俺はそのまま〖次元爪〗を放った。

 光の中の何かに、確かに攻撃が当たった手応えがあった。

 俺は続けて、二発目、三発目を放つ。


 何かが千切れた感触があった。

 光が薄れ、真っ白になったリリクシーラの残骸の様なものが崖底へと落ちていくのが見えた。

 頭と体、手足がバラバラになっていた。


 だが……リリクシーラは死んだわけではないはずだ。

 経験値の取得がない。

 何が、起こっている……?


 リリクシーラの最後に使った魔法、〖メタモルポセス〗について調べた方が早そうだ。


【通常スキル〖メタモルポセス〗】

【人間と魔物の境界を破壊する魔法スキル。】

【人間を魔物に、魔物を人間へと変える。】

【人魔の境は二度跨ぐことができない。故に、不可逆の呪いとなる。】

【抵抗は容易であるため、自身より大きく魔力の高い者には通用しない。】


 ふと、過去のリリクシーラの言葉が頭を過ぎった。


『〖聖女〗の起こした奇跡は、邪悪な魔物を、心ある善良な少年に変えた、という逸話が聖国には残っています。私がこの先、〖聖女〗のスキルレベルを上げていけば、いつかはそんな魔法を覚えることができるのかもしれません』


 どこでこんなスキルを手に入れたのかと思えば、称号スキル〖聖女〗を最大レベルまで上げた際の特典スキルだったのか!

 てっきり俺は、俺を引き込むためだけの出鱈目だったのだろうと考えていた。

 しかし、その魔法スキルの存在だけは本物であったらしい。


 あのリリクシーラの残骸の正体がわかった。

 アレは、脱皮だ。

 人とは思えないほど白くなっており、脆く、薄くなっていた。

 ただの抜け殻だったのだ。


 崖壁に、巨大な白い蛇が這っていた。

 そこに人間の上半身がついている。

 背からは大きな白い翼が生えており、腕が四本あった。


 その異形の姿に俺は驚かされた。

 リリクシーラは崖壁を這いながら、蛇の自身の身体へ目をやり、次に自分の裂けた口許へと指を当て、自身の変化を確かめていた。


 リリクシーラ……お前にとって俺は、そこまでしてでも倒さねぇといけない相手なのかよ。

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