第300話

 ……〖気配感知〗に掛かった数……把握できるだけで、五十人。

 実際には、もう少し多いだろう。


 リトヴェアル族が捕まえてマンティコアへの生贄にしていたのは、森に立ち寄った冒険者が主であった。

 つまり、人数はたかが知れている。

 森に住んでおり、変わった風習が多いから過度に忌避されていただけであり、被害規模としては盗賊団の方がよっぽど多いだろうと俺は考えている。

 どこぞの領主が危険視するほどでもなく、権力者の恨みを買うケースもあまり考えられない。


 この五十人は……恐らく、囮や分隊ではなく、本陣だ。

 これ以上の人数が動員されているとは考えづらい。


「敵が来ます! 敵規模、四十人以上! 戦力差がありすぎます! 囲まれる前に、集落まで大急ぎで戻りましょう! トルーガは……視認されるまでは控えてください! 向こうもこちらには気が付いているようですが、正確な位置は割り出せていないはずです!」


 ベラが仲間へと伝える。

 トルーガを吹こうと構えていた男が、慌てて仕舞った。


「ばっ、馬鹿な!」

「多く見て、全体で三十前後という話ではなかったのか!」


 リトヴェアル族達が戸惑う。


 ……四十じゃなくて、五十はいそうなんだけどな。

 それに向こうの速度……明らかに、なんかに乗ってやがる。

 感知もいるみてぇだし、リトヴェアル族の足で逃げ切れるとは思えねぇ。


 見つけたのが俺らでよかった。

 まさか、五十人以上だとは思っていなかった。

 他の隊が発見していれば、地の利を最大限に活かしても犠牲を減らしながら逃げるのが限界だっただろう。

 川への対処と早朝の襲撃への警戒ができていなければ、本当に滅ぼされていたかもしれねぇ。


「竜神様、早く逃げましょう! 他部の警戒に回っている戦士にも報告をして……」


「グォオオオオ……」


 俺は首を振って、敵襲の来る方へと立った。

 敵の実力はわからねぇが……俺は体力無尽蔵の、ウロボロスだ。

 殿として、これほど持って来いの奴はいねぇだろう。


「りゅっ、竜神様は戦うことを選んだぞ!」

「ならばっ! 俺も残る! 死力を尽くして戦うぞ!」


 他のリトヴェアル族の戦士も、逃げる雰囲気だったのに槍を構え始めた。

 ……あ、あの、俺……いざとなったら飛んで逃げられるんだけど。


「フルグ、お前は一番若い。ベラ様を連れて戻れ!」


「しし、しかし……」


「早く行け馬鹿野郎ッ! 伝令に失敗したらぶっ殺してやるからな!」


「……は、はい! ベラ様、こちらへ!」


 ……は、敗戦ムードになってやがる。

 偵察のつもりで初っ端から感知持ち含む大勢に狙われたら、そりゃそうもなるか。

 人間じゃ希少だと思ってたのに、こんなに〖気配感知〗持ちがゾロゾロいるとは思わなかった。

 そりゃまぁ、森での戦いとなったら何としてでも連れて来るか。


 この隊のリトヴェアル族がベラを除いて十人で、一人が伝令に向かうから残りは九人か……。

 人数差は五倍以上だな。


 ふと〖気配感知〗で拾うことのできる気配が、横に広がっていることに気が付いた。

 ん? 俺達を無視して、奥に戻った伝令係から潰すつもりか?

 いや……そういう感じでもねぇ、両側に広がって、俺達を挟み込もうとしているようだ。


 まさか、逃げられねぇように囲んで、皆殺しにするつもりか。

 敵の姿が見えないからこそ、余計にプレッシャーが掛かる。


 間違いなく……相手は、戦い慣れしている。

 それも各個人でではなく、集団で動くことに慣れている。

 俺はてっきり、敵を急遽編成された寄せ集めの集団かと思っていたが……そういうわけではなさそうだ。


 ダッダッダッ。

 ダッダッダッ。

 辺りから馬蹄の音が響き、森を騒がし始めた。


「グォオオッ!」


 俺は低く吠えて、斜め後方へと走った。

 今正面に出れば、確実に囲まれる。

 包囲網を作ろうとしている、未完成の端っこから崩していくのが一番無難だ。


 俺に続き、九人のリトヴェアルの戦士が後へと続いて駆けてくる。


 八人の騎兵が姿を現した。

 デレクと同じく、軍服に似た紺色のぴっちりとした服を着込んでいる。

 胸部には鉄の胸当てが装備されているのが窺えた。


 やっぱしこいつら……かなり統制されてやがる。

 なんかおかしいぞ。


「早速竜神とやらのお出ましだぁ!」


「あー、お前らードラゴンには不用意に近づくなよ。牽制しながら間合いを保て。他部隊が来る前に下手に殴って飛ばれたら、後々面倒だからな。俺らじゃ火力が足りねぇかもしれねぇから、デカブツぶっ殺すのは魔撃部隊に任せる。雑魚から確実に潰せ」


 奥にいる、一見一番やる気のなさそうな、ちょび髭のくたびれた男がどうやらこの八人の隊長格らしい。


 リトヴェアル族の竜神文化は、どうやら他所にも知れ渡っていたようだ。

 こっちがアンフィスだと思ってくれてんのなら楽で済むかもしれねぇから、あながちマイナスだとも思えねぇが。


「隊長ぉ、ひっさびさの殺人なんだから、もっと士気あげてくだせぇよ」


「俺はさぁー、こういうの、好きじゃないのよ。とっとと集落の方を襲いたいのに……なんでこんなところで斥候に当たっちまうんだか……。毒で全員倒れてるんじゃなかったのかよ」


 隊長格の男が、面倒臭そうに欠伸混じりに俺を睨む。


 久々の、殺人……?


 おかしい気はしていた。

 身内を殺された冒険者の復讐にしては五十人も動員されてんのが妙だし、明らかに集団での戦いにも慣れている。

 毒の呪いも、人数差を覆すための仕掛けなのかと思っていたが……どうにもそういうふうには思えねぇ。


「とっととこいつら潰して、遅れを取り戻さないとな。ぜーんぶトールマン様がやっちまったら、ここまで来たのに俺らの楽しみがなくなっちまうぞオラ。早く行け、指示出しと回復だけやってやるから」


 隊長格の男が、パンと手を叩く。

 その音に合わせて、俺の頭の中で何かがブチ切れた気がした。


 隊長格の前に並んだ七の騎兵が、剣を抜きながら俺へと突っ込んでくる。


「隊長のやる気のなさだけはどうにもなんねぇな」

「優秀なんだから、もうちょい気張ってくれりゃあもうちょい上位の隊になれんのに……」

「ばーか、賢い奴ほどどうでもいいところでは手を抜くんだよ」


 これから殺し合いをするというのに、軽口をたたき合いながらヘラヘラと笑っている。

 他の四十人以上が直に回り込んでくるはずなので、どうとでもなると高を括っているのだろう。


「きっ来たぞ!」

「竜神様っ! ここは我らに任せて、他方への警戒を……!」


 俺は地面を蹴り、前方から来ていた騎兵の一体へと全速力で突進をかました。


「なっ速……ッ!」


 馬と兵が別れて飛び、別々に血塗れになって転がっていった。

 唖然とした顔の隊長格の男の腹へと噛みつき、振り上げて勢いよく頭上へと持ち上げた。


「バ、バレス部隊長!」


「がっ、がぁ……〖レスト〗……〖レスト〗……」


 バレス部隊長と呼ばれた男は、ぶつぶつと口で呪文を呟く。

 俺はその憐れな様子に何も思わなかったわけでもないが、そのまま勢いよく地面へと叩き付けた。


 顔に衝撃が走る。

 少し、ダメージが入った。

 迷いを振り切るためもあって、勢いをつけすぎたようだ。


 バレス部隊長の身体がぐきりとうねり、頭が砕けて血が爆ぜた。

 ドラゴンになってから今まで味わったこともない、嫌な感触だった。


 敵意を持って人間を殺したのは、初めての経験だった。


【経験値を192得ました。】

【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を192得ました。】


 ……アビスよりも上くらいか。

 今の俺に飛びつかれたときの反応からして、ステータスもその辺りだろう。


 敵騎兵は凍りついたように俺の口許を凝視していた。

 俺は口を開き、バレス部隊長を地面に転がした。


 いい気分じゃねぇな……格下を殺す、それも人間とくりゃあ。


【称号スキル〖悪の道〗のLvが8から9へと上がりました。】


 なんとでも言えよ。

 今日ばっかりは、俺も手を抜くつもりはねぇからよ。


『……アンマ、慣レネェコトスンナヨ。オレニ任セテモイインダゼ』


 お前にばっかし、甘えてもいられねぇからな。

 それに……今は、どっちかつうと敵に感謝してるぐらいだ。

 最終的な狙いが何なのかは知らねぇが……こんだけわかりやすい奴らなら、倒すときに余計なこと考えすぎなくても済むからよ。


「いっ、行けるっ!」

「我らには、竜神様がついているぞ!」


 リトヴェアル族の戦士が、敵騎兵へと槍を構えて突撃していく。

 敵はまだ部隊長が殺された混乱が抜けないらしく、あたふたと逃げていく。

 一人は馬から転がり落ちた。


 周囲から一気に足音が近づいてくるのを感じ、俺は相方と協力して周囲を確認した。


 ようやく……他の奴らが追いついてきちまったか。

 ぐるりと、辺り三方を囲まれている。


 人数は……ざっと、七十人と少しとでもいったところか。

 今崩した部隊と合わせると、八十を超える。

 予想していた五十よりも、遥かに数が多い。


 八十人で……まだ、他に並行して動いている奴らがいるのか……。

 この調子だと、こいつらを真っ当に相手している余裕はねぇ。

 奴らの話によれば、すでにリトヴェアル族の集落へと向かっている他の部隊があるはずだ。


「我らが当たりだったようだな。見よ、大物であるぞ」


 先頭に立つ、隻眼の大男が笑いながら言った。

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