第299話

 集会所での会議を終えた後、ベラが俺のところに来て〖念話〗で声を掛けてきた。


『申し訳ございませんが……竜神様に、集落周辺の索敵をお願いできないでしょうか』


 ベラからそう頼まれ、俺は迷わず頷いた。

 俺は最初からそのつもりである。


 とりあえず、会議で決まったことを簡単に教えてくれねぇか?


『現状では、外の人間の数も、最終的な目標も、いつ攻めてくるのかもわかりません。しかし、いつ仕掛けて来てもおかしくはない状況です。かといって、集落内の戦える者全員を警備に当たらせるわけにも行きません。夜間に攻め込んでくる確率は高いでしょうが……外せば、無為に戦力を疲労させることにも繋がりますから』


 ……なるほど、こっちが馬鹿正直にフル活動していたら、向こうが存在をチラつかせてきてるだけでこっちは一方的に疲労し続けちまうもんな。

 本当に様子を見てくれるんなら、その間に呪い水の被害を和らげられるから、そういう意味じゃあ俺としても助かる部分はあるが……今問題なのは、選択肢にある以上最悪を想定して動かねぇといけねぇってことか。


『今この場に集まっているリトヴェアル族の戦士は……二つの集落を合わせて、二百五十人といったところです』


 ……移動中のベラの話では、竜神派の戦闘要員は三人に二人程度だと聞かされた。

 治療に回ったときだと全体で三百人程度だったから、竜神派の集落の戦闘要員だけで二百人以上はいるだろうと踏んでたんだが……五十人ほど予想より低いな。

 やっぱし、呪い水のせいでまだ万全じゃねぇ人が多いんだろう。

 HPや状態異常が治っても、呪いのせいで負った疲労感が抜けきらないって人も多いみたいだし。

 この二百五十人の中にも、多少無理して身体引き摺ってきてる人もいるんだろな……。

 〖ステータス閲覧〗で無理してる奴がいねぇか、随時チェックしねぇと。


『全体の半数である百人に起きておいてもらい、残りの方には休眠を取ってもらいます。百人の内の七十人には五人隊に分かれて集落外の警戒に、残りの三十人には集落内で危機に備えておいてもらいます』


 集落内部まで敵が来ちまったとき……要するに外の警備で止めきれなかったとき、その三十人が他の人間を起こしたり足止めに当たるってことか。

 そうなっちまったら、いくら被害を減らすかって方向になるだろうな……。

 なるべく必要にならねぇといいんだが。


『恐らく敵は、川の下流側で待機しているはずです。私達の集落の近くまで来た痕跡がなく、発見された様子もない以上、こちらの集落の上流側の地形は把握してはいないということです。なので……この集落から見た下流側の三方向を、先ほどの七十人と竜神様を配置して警戒に当たりたいのです』


 なるほど。

 大体どの程度の距離まで出て行けばいいんだ?


『トルーガの音が、二離間で集落まで聞こえる範囲……ですね』


 ん、トルーガ?

 二離間?


『え、えっと……グラファントの骨を用いて作った笛でして……こう、息を吹くと、音が鳴る……』


 ベラは俺が笛の概念を簡単には理解できないと思ったのか、必死にパタパタと手を動かしながら息を吹く素振りを見せた。


 ……こういうときに取り乱す辺り、ヒビと比べるとまだ洗練されてねぇ感じがするな。

 ヒビは冷静っ……つうか、ちょっと淡々とした感じの娘だったからな。

 でも、冷たいってわけじゃあ決してなかった。

 魔物に襲われて死にかけだったデレクから罵倒されても、ずっと誠意を持って対応していた。


 思い返すと、どうしても悲しくなる。

 俺は首を振って気持ちを落ち着けさせる。

 今はとにかく、外から来る敵のことを考えねぇと。


 ……しかし、トルーガ……そういや、笛持ってる奴が警備中のリトヴェアル族の中にいたな。

 多分、アレのことで間違いねぇだろう。


『トルーガは魔力を込めることで、遠くまで響かせることができるのです。二離間は、間にトルーガを持った人間を二人立たせて中継させることで、到達させられる距離のことでして……』


 まぁ、その辺はよくわかんねぇけど、他のリトヴェアル族に任せるとしよう。


 真昼間の索敵なら、俺が空を高く飛んで回った方が速そうなんだが……ここだと、どうにも地理が悪い。

 木々が敵を隠しちまう。

 昼なら試してもいいが、真夜中の今だとまず不可能だ。


 俺は最後に、再度体調の悪い者を集めてもらい、相方に〖ハイレスト〗を掛けて回ってもらった。

 一応……MPは、半分ほど残させておいてもらう。

 これだけあれば〖MP自動回復〗の分もあるし、戦闘になっても空になることはまずねぇだろう。


 その後、七十人のリトヴェアル族が二十人、二十人、二十人、十人の四つの隊に分かれた。

 俺はその内の十人を引き連れて、川沿いのルートで森の外側へと向かった。

 何かあった際に迅速に意思疎通が行えるよう、ベラにもついてきてもらっている。


 ベラは歩きながら時折目を閉じて杖を掲げて、呪文を口にしている。

 恐らく〖気配感知〗のスキルだろう。

 俺も勿論、〖気配感知〗をバリバリに張り巡らせながら進んでいる。

 今のところ、特に怪しいものは感じねぇ。


 しばらく歩いていると、少し離れたところから異様な気配を感じた。

 俺が言うのもなんだが……邪悪な魔力の気配だった。

 人間のものとはどうにも思えねぇ。


 目を凝らして森の闇の中へと向ければ……アロと一体のアレイニーが、俺の方をじっと見ていた。

 俺の視線に気が付くと、そそくさと身を隠す。

 ……どうやら、不安で出てきちまったらしい。


 ベラもアロの魔力を察知したのか、不安げに杖を左右に揺らし、あたふたとしていた。

 それから杖を下ろし、「気のせいですかね……」とぶつぶつと呟く。

 正直、気が気ではなかった。

 故郷の一大事で、怖いのはわかるけど……今見つかられたら本当に困るから、できれば大人しくしておいてほしい。

 こっちは俺に任せてくれ、どうにかしてみせるからよ。


 そういや、アロは巫女の〖気配感知〗で拾われちまうのか……。

 アロが人間に戻りたかったのには、何か理由があったように思うんだが……ベラに邪魔されねぇといいんだけど。

 どうにか、俺から頼んで見逃してもらえねぇかな……。


「……いないな」

「このルートではないのかもしれん。万が一に備えて、そろそろ引き返した方がいいのではないか?」


 歩き続けて少しリトヴェアル族の戦士達にも疲労が見えてきた頃、そんな声がいくらか出て来た。

 ただでさえ緊張感で精神が疲弊していた中、真夜中に叩き起こされて警備に駆り出されているんだ。

 身体の方もそろそろ限界なのかもしれねぇ。


 俺は確認するように、ベラへと目をやる。

 ベラは背後の戦士達へと顔を向ける。


「私達には、竜神様がついています。多少孤立していても、敵と交戦になれば一番勝機のある隊です……最悪の場合は、竜神様に単独で集落へ戻っていただければ、それで済む話なので……」


 ベラが申し訳なさそうに、戦士達へと説明している。


「う~ん……しかし、まったく人の気配が……」


 俺はそのやり取りを目尻で観察しながら前へと進んでいたのだが、ふと人間の気配を感じた。

 それも、一人や二人じゃねぇ。

 ここからすぐ先に、人の大群がいる。

 想定していたのはせいぜい二十人前後だったが、思っていたよりも遥かに規模が大きい。

 五十人はいるんじゃなかろうか。


「グゥ……」


 俺は低く鳴いて、ベラ達に警戒を促した。


「……え?」


 ベラが慌てて目を瞑り、〖気配感知〗の準備を整える。

 その間に、敵の大群が進行の速度を上げた。

 どうやら、向こうにも感知持ちがいるらしい。


 ……この戦闘は、避けられそうにねぇ。

 この戦力に今までの陰湿な手口を見るに……向こうは、明らかにリトヴェアル族を滅ぼしに来ている。

 巫女が殺されて川に呪いまで掛けられていた以上、リトヴェアル族達の気持ちとしても、収まりにつきようがねぇだろう。


 多分……人間を、何人も殺すことになるだろう。

 俺はヒビを思い返して覚悟を固め、前方を見据えた。

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