第367話
聖女リリクシーラが、枝から枝へと軽やかな動きで移動し、俺の傍へと歩み寄ってくる。
さすが常人離れしたステータスを持っているだけあって、危なげなく軽々と跳んで移動する。
俺は思わず、背を屈めて警戒態勢を取る。
「グァゥ…」
相方が、低く唸って牽制する。
アロとナイトメアがそれに合わせ、俺の前に出る。
トレントさんは後ろの方でピンと背筋を伸ばし、背景と同化する。
……あいつだけ、なんか違くないか?
リリクシーラの付き人らしい鎧の女アルヒスが、慌てた素振りでリリクシーラの前へと出て、彼女の進路を遮る。
「聖女様! 不用意に近づかないでいただきたい!」
「大丈夫ですよアルヒス、そう構えないでください。戦意はなさそうです」
リリクシーラはアルヒスの妨害に、ぷくっと頬を膨らませて反論する。
それから首を伸ばして俺の方へ視線を合わせ、目を大きく見開く。
仄かに翡翠色の瞳の奥に、赤い光が宿った気がした。
「ここからこの場で戦闘になる可能性は、1%を切るそうですよ」
「しかし、そうは言っても……。予言の力は、極端に外れることもあるのでしょう?」
……予言?
んなスキル、さっき見たときにはなかったはずだが……。
いや、今、%と言っていた。
昔、村に来たリトルロックドラゴンと戦ったとき、神の声が確率であれこれと知らせてきたことがあった。
もっとも俺は、厄病竜に進化したとき以来、神の声をあまり信用していない。
確かに神の声のアドバイスがなければ、ミリアの村がどれだけ酷い惨状になっていたか、わかったものではない。
だが、そもそも村にスライムを嗾けたのが神の声ではないかと、俺は睨んでいる。
だから俺はあれから神の声と不用意に会話を試みるのはやめたし、あのときの確率云々に関しても訊かないようにしている。
例の勇者も、最後に神の声に何か吹き込まれてから暴走していたようにも見えた。
今の様子を見るに、どうやらリリクシーラは神の声に判断を委ねるのに危機感を抱いてはいないようだが……。
「それに、今更ここに来て警戒心を露わにするのは失礼というものですよ、アルヒス。我々はしがらみや隔たりを承知でお願いごとに来た立場なのですから、我々が危険を冒さねば、意味のないことです。貴女の不用意な言動で、この場を台無しにされては困るのです。私の身など、世界に比べれば安いものでしょう?」
「……私にはどうにも、あれらが大人しく交渉の席につくような性質には見えませんがね」
アルヒスはリリクシーラの言葉を聞き、無表情で彼女へと頭を下げて、俺へと振り返る。
眼差しの敵意はまだ抜けていない。アロもその視線に応じるように、アルヒスを睨む。
「……フン、アンデッドか、穢らわしい」
「アルヒス!」
リリクシーラが再びアルヒスを窘める。
……聖女、か。
見かけや言動だけならば、確かに敵対心はないように見える。
だが、称号スキルがどうにも不穏だ。
称号スキルに関しては、俺だって人の事は言えねぇし……何か事情か、意味があるのかもしれねぇが。
リリクシーラはアルヒスと並び、俺の乗っている枝と同じ枝へと渡り、目の前まで移動した。
アロとナイトメアの緊張感が高まる。
「……随分と、神託のレベルが低いのですね。これは、どこから話せばいいことやら」
神託……とは、〖神の声〗のことだろう。
リリクシーラの〖神の声〗のLvはMAXだった。
それに引き換え、俺の〖神の声〗のLvはたったの5である。
「不要かもしれませんが、自己紹介から入りましょう。私は、リリクシーラ。聖国の象徴であり、やがては世界を平和に導く者として、『聖女』の称号と共にこの世へ生を受けました。お見知りおきを。こちらはリーアルム聖国の最大戦力である、聖騎士団の剣士が一人、アルヒスです」
リリクシーラが頭を下げる。
俺も釣られて頭を下げる。
ど、どうも。
つってもこっちは、名乗るほど大した称号も、背負ってる身分もねぇが……。
俺が念じて返すと、リリクシーラは口許を手で隠してクスクスと笑う。
「思っていた通りのお方で、安心いたしました。せっかくここまで来たのに、交戦になっただけだったらどうすればよいものかと……」
相方は胡乱気にリリクシーラを睨んでいる。
リリクシーラは、ちらりと相方へ視線を返す。
だがすぐに、俺の方へと視線を戻した。
「あの勇者とは、私も会ったことがあります。ハレナエで何があったのか、実際に現地へ向かい、居合わせた者達に話を聞いたこともあります。そこでアナタを、人間に与する者と見込んで、お願いがあるのです。そのために私は、この島へとやってきました」
あの勇者……つうのは、ハレナエのあの金髪ヤローのことだろう。
やっぱり彼女から見ても、アイツの評価は最低だったらしい。そりゃそうか。
その実績を見込んで、俺に頼み事……つうわけか。
敵対しに来たわけじゃねぇっつうのは、本心なのかもしれない。
「イルシア様に、アーデジア王国の王女に成り代わってアーデジア王家に巣食う、今代の魔王を討伐していただきたいのです」
ア、アーデジア王家に巣食う、魔王……?
俺への頼み事だというから魔物と人間の戦争絡みのことだとは薄っすら察しは付いていた。
だが、アーデジア王国が魔王に乗っ取られていた、というのは初耳である。
アーデジア王国には、ニーナと玉兎もいるはずだ。
あそこのトップが、魔物と挿げ変わっている……?
「グゥ……」
俺は思わず、低く唸った。
リリクシーラがそんな俺をじっと見つめている。
「どうやら、大切な方がアーデジア王国にいらっしゃるようですね」
よ、読まれた!?
当然か。〖念話〗のスキルは、思考を押し付けたり、読み取ったりするスキルである。
俺が訊かせるつもりじゃなくても、強く考えればそれだけで読み取られかねない。
おまけにリリクシーラの〖念話〗のスキルLvは9である。かなり高い。
いかん、感情的になるとつい表層に出してしまう。
〖念話〗持ちの前では、不用意な考え事は避けなければ。
「アーデジア王国ではここ最近、王族の病死が相次いでおりました。それから若い王女へと王権が移りましたが、どうにも妙な動きを見せているのです。城に腕の立つ剣士や魔術師を頻繁に招いているようですが……どうやら、その大半が行方不明となっているようなのです」
それって、まさか……経験値にされてるってことか?
「私は、そう睨んでおります。王族を呪殺して混乱を引き起こし、その騒動の中で入れ替わったのでしょう。ただ、確証はありません。それに私の身では下手に動けば、それを戦争を引き起こして人間の戦力を削ぐ理由付けにされかねません。リーアルム聖国とアーデジア王国の間に、戦争を起こすことになってしまうでしょう。アナタの目で魔王と王女が成り代わっていることを確認し、魔王を暗殺していただきたいのです」
信じていいものかどうか、逡巡する。
確かに、国の代表者でもあるリリクシーラが下手に他の国の王家に首を突っ込めば、問題が拗れるのはわかる。
俺みたいな外部の魔物に任せられれば、それが一番なことには違いない。
俺を騙す狂言ではないかとも疑ったが、リリクシーラが俺を嵌めるのにわざわざそんな遠回りなことをする意味もないはずだ。
今この場でも、力づくで来られたら、俺は多分負ける。
俺を潰しておきたいだけならそっちの方がずっと手っ取り早く、確実だ。
「私が信用できませんか? それは、言葉を重ねれば補える問題でしょう。アナタは、自分の立場と、聖神様について、あまりご存じではないと見受けられますが……アナタがそれを求めるのならば、私の方から口にさせていただきます。私の手札についても、公開させていただきましょう。アナタに対しては、隠す意味のないことですからね。これが元で誤解があっても困りますし」
手札……?
スキルのことか。
それに、リリクシーラのスキルの〖スピリット〗というのも気に掛かっていた。
本来、好きに魔物を操ることができるのならば、俺に頼る必要もないはずなのだ。
称号スキルを見るに、他にも何か魔物を従えているようでもあるし……。
「それに……当然、私の方からも見返りを用意させていただきましょう。あまりアナタのことを深く知っていたわけではありませんが……〖念話〗である程度見たところ、予測していた性格との乖離もさほどありませんし、気に入っていただけることかと」
み、見返り……?
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