第390話

「お、おい! 落ち着け! 奴は……」


 ヴォルクの声が背へと投げられる。

 確かに、傍から見てりゃあ、あの男が何をしたのかはわからねぇ。

 単に、ミリアを介抱しているだけに見える。

 下手に動けば、こちらが悪者にされるかもしれねぇ。


 だから、一撃でぶっ飛ばして、隠し持ってる毒薬だかを暴き出してやる必要がある。

 スキルの線もあるが、それならそれで、ボコって白状させるまでだ。

 ともかく、放置して置いたらミリアがどんな目に遭わされるかわからねぇ。


 男は意識のないミリアの身体を支えていたが、足音で俺に気が付いたようだった。

 訝しむ様に目を細めた後、面倒臭そうに空いた腕を構える。


 〖人化の術〗のデメリットで、攻撃力が半減しちまってはいるものの、人間相手に本気で殴れば、殺しちまいかねねぇ。

 軽く手加減してぶっ飛ばすか。

 俺は地面を蹴って跳び上がり、拳を固く握る。

 上空より、男の右頬目掛けて拳を振り下ろした。


 拳は、受け流されていた。


「なっ……!」


 力を抜きすぎたか?

 こいつ、ただのナンパ野郎じゃねぇ、冒険者か。

 体勢を崩した俺へと、続けて男の蹴りが飛んできた。


 思ったより速い。

 〖飢えた狩人〗のネル並みの速度がありやがる。

 王都アルバンっつうのは、このクラスの冒険者がゴロゴロいやがるのか。


 俺は身体を引きながら、男の蹴りを止める。


「つぅっ!」


 止めたが、受けた腕と、衝撃の通った腹部に痛み。

 普通に力が強い。

 こいつ、スピードタイプってわけでもねぇのか。

 トールマンの精鋭部隊を、軽く凌ぐステータスだぞこりゃ。


「チィッ! オレの蹴りを、よく止めたな……」


 男の目に、苛立ち。

 俺は勢いよく足を引っ張って宙へとぶん回し、遠くへ投げる。

 その過程で、男が腕に抱いていたミリアを奪い、腕に確保。


 男は宙で身体を回して落下速度を速め、俺の想定よりもかなり早くに着地した。

 床に足が着くと同時に体勢を整える。


「急に何のつもりだと思ったら……そっちの女の知り合いか」


 男は探る様に呟き、腰の剣に手を触れる。


「オレは、倒れそうな彼女を介抱していただけなんだけどね。疚しいことは何もしてないんだけど、ここまでやっといてはい勘違いでしたごめんなさいじゃ、すまないよなぁ? ちょっとムカついたから、もう殺す気で行くわ」


 チッ!

 さっさと仕留めるつもりだったが、まさかここまでやる奴だったとは思わなかった。


 周囲へ目を向ける。真昼間の街中だ。

 賑やかな通りからはやや外れているが、それでも充分人目がある。

 通りがかった者達は、巻き込まれない様に遠回りしたり、距離を置いたところから野次馬をしたりしている。

 オチオチしてたら、騒ぎがでかくなっちまう一方だな。


 ミリアを庇いながらじゃ戦えねぇ。

 俺は彼女を壁に寝かせ、その前に立って男を睨んだ。


「宣言しよう、一突きで終わらせてやる」


 男は剣を握って背を屈め、俺へと直進してくる。

 速い。これは、スキルじゃねぇな。ステータスの高さだ。

 使用用途や回数の限られてくるスキルが主体だと付け入る隙が生じる余地があるが、ステータス押しでの戦闘にはそれがない。

 もっとも、人間にしては最上級というだけで、俺からしてみりゃ充分に対応できる速さだ。


 男が大きく引いてから、俺の胸部を目掛けて刺突を放つ。

 身を屈めて回避する。


「なっ……! こっ、この! ちょこまかと小癪な!」


 俺の余裕のある回避に、男の顔に驚愕が浮かぶ。


 反撃の隙はあったが、念には念を入れて見過ごし、二発目を放たせた。

 その手首を掴み、力技で俺は男を地に引き倒した。

 男の手から剣が離れる。続けて、男が頬を地に叩きつける。


「ぐっ……ク、クソ!」


 男が横目で俺を睨む。

 無駄だ。手から武器は落ちた。おまけに、両腕は押さえている。

 思ったよりは強かったが、これで完封した。後は、こいつに悪事を吐かせるだけだ。


 とんと、俺の胸部に何かが触れた。


「……ん?」


「油断したな、馬鹿が!」


 押さえていたはずの男の片腕だった。

 いつの間にか俺の拘束を抜けていたのだ。


「苦しんで死ね、出力、七十パーセント!」


 俺の胸部に触れる男の腕に、さぁっと赤紫の毒々しい色が、血管伝いに広がっていく。

 同時に、俺の胸元へと激痛。


 やられた、これは、毒か。

 いつの間にミリアに毒を盛ったのか謎だったが……スキルだったか。

 俺が胸元を抑えて仰け反ると、固められた拳が俺の顔面に飛来した。

 頬の奥が切れ、口からぺっと血を吐く。


「お前、どんだけタフなんだよ。そおら、もう一発……!」


 俺が続く二撃目を受けそうになった時、宙から飛来したヴォルクが、剣の腹で薙いで俺を弾き飛ばした。

 弾かれた俺を、アロが小さな身体で懸命に受け止める。


 ヴォルクは、狙って俺を戦線から離脱させてくれたらしい。


 つ、つつ……俺は、負けた、のか?

 まさか、人化中でステータスにもスキルにも大きな枷が掛かっているとはいえ、人間相手に後れを取るとは思わなかった。

 ヴォルクに助けられなかったら、かなりマズかったかもしれねぇ。

 最悪の場合は人化が解けていた。


 胡乱気に睨む男の目線を受け、ヴォルクは軽く一礼を挟む。

 俺相手に弾丸の如く突っ込んできた竜狩りヴォルクにしては、随分と謙虚な姿勢であった。

 相手は、随分と有名な人物だったらしい。


「……どうやら、誤解があったものとお見受けする。アーデジア王国の三騎士が一人、絶死の刃サーマル殿よ、どうか退いてくださらぬか?」


 ……うん?

 三騎士? 三騎士って、王女の直属の部下の、俺が今回探りを入れるメインの!?


 そういえば、あいつは、ミリアに声を掛けたときにサーマルと自称していた。

 ヴォルクから前以て聞いていた三騎士の一人の名前と、確かに一致している。

 警戒させねぇために三騎士との接触は避ける予定だったのに、普通に事を構えちまった。


 駄目だ、こんな調子じゃ、相方の無鉄砲を笑えねぇな。

 ……ただ、例え男の正体がわかっていたとしても、矛先がミリアに向いていた以上、接触を避けるという手はなかったが。


 何はともあれ、ぶつかっちまったもんはしょうがねぇ。

 物のついでだ、奴のステータスを確認しておこう。

 さっきは怒りで衝動的に動いちまったのと、相手をただの柄の悪い冒険者と決めつけていたせいで確認を後回しにしちまったが、標的がヴォルクに向いている今なら充分余裕もある。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

〖サーマル・サベラル〗

種族:ポイズンルーラ

Lv :78/85

HP :683/725

MP :278/317

攻撃力:547

防御力:361

魔法力:410

素早さ:492

ランク:B+


特性スキル:

〖スライムボディ:Lv--〗〖HP自動回復:Lv6〗〖帯毒:Lv8〗

〖グリシャ言語:Lv4〗〖触手:Lv6〗〖剣士の才:Lv6〗


耐性スキル:

〖毒無効:Lv--〗〖麻痺耐性:Lv8〗〖呪い耐性:Lv7〗

〖混乱耐性:Lv4〗〖物理耐性:Lv3〗〖魔法耐性:Lv4〗


通常スキル:

〖変色:Lv6〗〖ポイズンタッチ:Lv7〗〖猛毒の舌:Lv8〗

〖毒毒:Lv8〗〖ポイズン:Lv7〗〖解毒:Lv6〗

〖病魔の息:Lv6〗〖触手鞭:Lv5〗〖グラビティ:Lv4〗

〖自己再生:Lv5〗〖パラライズ:Lv7〗〖スリーピス:Lv5〗

〖スロウ:Lv4〗〖コンヒュージュ:Lv3〗〖毒分身:Lv4〗


称号スキル:

〖王の分体:Lv--〗〖最終進化者:Lv--〗〖執念:Lv6〗

〖ポイズンマスター:Lv7〗〖魔王の配下:Lv--〗〖三騎士:Lv--〗

〖絶死の剣:Lv--〗〖色情魔:Lv--〗

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 こ、こいつ、やっぱり人間じゃねぇ!?

 ポイズンルーラって名前にはイマイチピンと来ねぇが、〖スライムボディ〗っつうことは……スライムの一種なのか?


 行き当たりばったりで賭けに出ることになった結果だが、この場で答えが出ちまった。

 やっぱし、王女は魔王と入れ替わってやがる。


 ……にしても、スライム、と来たか。

 脳裏に、ミリアの村の事件で暗躍していた粘体、〖フォルテ・スライム〗の姿が浮かぶ。

 あいつが魔王だとしたら、遠回しな手を使ってでも、冒険者を集めている理由がわかる。

 経験値以上に、変わったスキルを求めているのかもしれねぇ。

 だが、あいつは確かに……俺が、谷底の水面へ叩きつけて、倒したはずだ。

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