第407話
「あの偉ぶった大馬鹿野郎が! ローグハイルめ……くそっ、くそ! いつもこうだ! 保険だのと言って、必要な時に前に出てこない! 肝心なときに、役に立たない!」
サーマルが俺が崩して封鎖した通路を目にし、身体全身を怒りに震えさせる。
ここにはいない、最後の三騎士への悪態を吐いていた。
「ここでイルシアを落としてから態勢を整えれば、聖女も十分に迎撃できるはずなのに! 仮に逃げられたとしても、王女様が、イルシアを殺して次のお姿を手に入れる時間を稼ぐことができれば、全ては問題なく進むはずなのにっ!」
サーマルは取り乱している。
片方の腕は、俺への脅しのためにミリアの足を抑えたままだったが、逆の手でがしがしと自身の頭を掻き毟っている。
俺は悪寒を覚え、前に駆ける。
経験上、こうなった奴は、何をしでかすかわからない。
劣勢に追い込まれ、突如として人間を斬り始めた勇者の姿が脳裏に浮かぶ。
あれは極端な例というか、神の声の干渉があったと俺は睨むが、それでも人質を取っている相手が自棄になるのは、どう考えても最悪だ
俺が考えているよりも、サーマルは人質ミリアとの逃走に賭けていたのだ。
あいつの言動から、サーマルも下手にミリアに手出しはできないのだと想定していたが、それが裏目に出た。
元の選択肢が少なかった、ということもあるが……ミリアの確保を、焦り過ぎた。
「おめでとうイルシア。オレは、一旦逃げよう。この娘は置いていってあげるけど、これは、オレの負け惜しみ……八つ当たりという奴だ。この娘の足は、もらっていく……!」
〖レスト〗などの回復魔法が治癒してくれるのは、あくまでも自然治癒が可能とする範囲の延長に過ぎない。
傷だらけの身体を治したくても、千切れた腕や、潰れた目玉を治してくれるものではない。
肉体損傷の再生には、〖自己再生〗等のスキルが必要で、これは俺も持っているが、このスキルは他人には使えない。
この距離なら、〖鎌鼬〗を放つより、間合いを詰めて殴り飛ばした方が早い。
だが、それでもあと一歩、間に合わない。
「よく見てろ、イルシア! 出力、100%……ポインズンタッ……!」
サーマルの動きが、唐突に固まる。
このスキルは、相方の〖支配者の魔眼〗か?
『急ゲ、コレデ稼ゲンノハ、ホンノ一瞬ダケダゾ!』
相方が、サーマルを凝視したまま念を送ってくる。
俺は頷く間も惜しみ、前足を最大まで伸ばし、サーマルの身体を爪で吹き飛ばした。
「ガァっ!」
サーマルの身体が崩れ、深緑の液体を散らしながら壁へと身体を叩きつける。
一瞬輪郭を失うが、すぐに元の人型へと戻る。
魔眼の金縛りから逃れたらしいサーマルが、肩で息をしながら俺を睨む。
助かった。
サーマルが睨んだのが相方の方だったから、魔眼が通った。
奴が俺を睨んでいたら、目が合ってねぇと使えない、〖支配者の魔眼〗の条件を満たすことができなかった。
「ぐっ、動きを止めるスキルか! ……が、まぁ、いい。元よりただの八つ当たりだ。お前のスキルの情報を拾えた方がありがたい」
サーマルの身体が色を失い、崩れ、壁の中へと溶け込むように消えていく。
「王女様……いや、もう騎士ごっこもいいだろう。魔王様には、一時身を隠す様に進言しよう。あの方なら君達であろうが、聖女であろうが、怖くはないだろうけど……万が一があってはいけないからな」
形をなくしつつある口が、それでも開閉しながら言葉を発し、完全に見えなくなった。
俺は倒れているミリアへと駆け寄る。
HPが無事であることを確認し、安堵した。
状態異常も特に入ってはいない。
サーマルには逃げられた。だが、ミリアは無事だ。
「グゥ……」
俺は頭を下げて、ほっと一息を吐く。
『アイツラ、マジデ逃ゲンノカナ?』
相方が声を掛けて来る。
……どう、だろうな。
奴らにとってもここは重要地だろうし、手放すには早すぎる気もするが……ブラフにしては、切羽詰まっていた。
とりあえず、居場所の割れてるメフィストだけは、ここで倒しておきたい。
「けほっ……けほっ……。ほ、本当に、イルシアさん……なんですか?」
ミリアが伏した姿勢から、俺を見上げて尋ねる。
俺は答えず、俺の背の上にいるナイトメアを振り返る。
……ナイトメア、彼女を、連れて行ってやってくれないか?
ナイトメアは渋るように頭部を傾けたが、相方が睨むと素直に俺から飛び降りた。
この期に及んで分かりやすい奴だ。
ナイトメアはミリアへと接近し、白面の顔を近づける。
ミリアは脅えた顔で、俺とナイトメアを交互に見る。
ナイトメアの姿は、ミリアには少々ショッキングだろう。
その瞬間だった。
気配もなにもなしに、崩れた壁から唐突に破壊音が鳴り響く。
俺は咄嗟にナイトメアとミリアを、手前側へと前足で薙ぎ飛ばす。
瓦礫の山から青銅色の柱が出現し、俺の前足首を貫いた。
蒼の血が溢れ出す。俺はへし折れた右前足を持ち上げる。
骨ごとくりぬいてすっ飛ばしている。とんでもねぇ威力、そして速度だ。
ミリアとナイトメアを庇うためとは言え、俺のステータスで完全回避できず、楽々と俺の体表を貫いた。
「ほっほ……サーマル殿、儂を呼びにきたのは間違いではなかった。これは、サーマル殿とメフィスト殿の手には、少し余るでしょうな。いや、間に合ってよかったわい。しかし、聖女が本格的に動くまでは姿を隠しておくつもりだったのだが、上手くはいかぬものだな」
瓦礫をすり抜けて、大柄な老人が姿を現した。
禿げ上がった頭をしており、白の髭は胸元にまで垂れている。
他の三騎士同様の配色だが、身に着けているのはローブであり、剣や鞘は目につかない。
この外見は、王都の噂やヴォルクから聞いていた特徴と一致する。
恐らくこいつが、三騎士最後の一人〖無限の剣〗にして王都最強の魔術師、ローグハイル司教……もとい、ローグハイル司教の身体と名前を奪ったスライムだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます