第536話

「グゥオオオオオッ!」


 俺は〖ハイレスト〗でヴォルクの傷を癒した。

 ヴォルクの身体中の、痣や傷が見る見ると回復していく。


 いける……いけるはずだ。

 思えば、ハウグレーはステータス差の不利を帳消しにするような戦い方をできるが……それは俺に善戦できると同時に、捉えられさえすればヴォルクの一撃でも戦闘不能に陥り得るということでもある。


 そのとき、遠くからヴォルクを睨んでいたリリクシーラが、騎竜を旋回させて俺達へと背を向けた。

 ……ここで逃走するつもりか?

 あいつにとって、最悪なのは各個撃破されることのはずだ。


 ひとまず、ヴォルクのサポートとベルゼバブへの対処を行いながら、落下した黒蜥蜴とマギアタイトを回収して回復も行わねぇと……!

 リリクシーラやベルゼバブの追撃を恐れて隠れているようだが、かなり深い傷だった。

 あの状態だと、この地の魔物に襲われただけでも厳しいはずだ。


「この場は、我に任せろ。奴を追え、イルシア。長引かせれば、奴の思うツボだ」


 ヴォルクが大剣を構えながら言う。


「ここで終わらせろ。レチェルタもマギアタイト・ハートも、お前が思うほどヤワではない。あまり奴らを足手纏いと見てやるな」


 手痛い指摘だった。

 多くをカバーしようとしすぎて、後手に回っちまうのが悪い癖なのは自覚している。

 それが多分、リリクシーラの掌の上だということも。


 ……今が、リリクシーラを叩ける最大のチャンスだ。

 リリクシーラは自ら自身の最上の手駒であったであろう、ハウグレーから距離を取る方向へと動いている。

 アルアネも瀕死であったし、おまけに今はアトラナートの回収へ向かっているところのはずで、リリクシーラを守るために戻ってくることはできない。

 ……そして彼女を守る〖スピリット・サーヴァント〗の双璧の片割れ、竜王エルディアは既に死んでいる。

 今ならば、あいつに追いついて仕留めることができる。


 今から隠れた黒蜥蜴達を捜して回復するのは、どれくらい時間が掛かるのかもわからねぇ。

 リリクシーラに時間を与えるリスクと見合っているかはわからねぇ。


 俺は黒蜥蜴達の方角へと首を向け、小さく頭を下げた。

 悪い、すぐにリリクシーラの奴をぶっ飛ばして、戻ってくるからな。


 俺は地面を蹴って飛び上がり、リリクシーラの後を追う。


「って、行かせるかよォォォオオオオ! 決着つけようぜイルシァアアア!」


 俺の行く手を、ベルゼバブが遮った。


『……てっきりお前は、リリクシーラについていくつもりなのかと思ってたがな。お前とあいつが分散するなら、余計お前らの勝機は削がれるぞ』


「クク……テメェ、あの女が自分の不利な状況を自ら作ると、本気で思ってやがんのかァ? 忠告しておいてやるが、あの根暗女、セコさと手段の選ばなさは、間違いなく世界一だぜ。たとえ神聖スキルなんざなくても、別の形で伝承に名を残していただろうよ」


 軽く笑った後、複眼の目が俺を睨む。


「さぁ、テメェと俺様の、最後の戦いだ。せいぜい楽しくやろうぜ? オイ」


『……悪いけど、こっちはお前とじゃれてる余裕はねぇんだ。速攻で終わらせさせてもらう』


「ほざきやがれ!」


 ベルゼバブは高度を引き上げて俺から距離を取りながら、魔法陣を展開する。


「〖ダークネスレイン〗!」


 紫の無数の光弾が俺へと落ちて来る。

 が……今は、タイマンだ。

 落ち着いて行動さえできれば、接近戦でプレッシャーをかけて来ない、距離を取りながらの単発の魔法攻撃など痛くはない。


 俺は〖ミラーカウンター〗のスキルを用いて、光の障壁を上方に展開する。

 障壁はいくつもの紫の光を受け止め、上方へと打ち返した。


 それを読んでいたとばかりに、ベルゼバブは大きく横へと飛び、反射された魔弾を回避していた。

 ……だが、俺はその動きを読んでいた。

 ベルゼバブの移動先に、〖次元爪〗を放っていた。


 距離もあったため、小さく素早いベルゼバブには狙いが付けにくかったが、それでも奴の左肩から先を切り飛ばすことに成功した。

 蠅の羽が宙を舞う。

 ベルゼバブは緑色の体液を散らしながら、俺へと落下してくる。


「呆気ねぇ、なあ。テメェ、急に強くなり過ぎなんだよ。ああ、どうせなら、元の姿でやらせろってんだ」


 俺は爪を構える。

 落ちてきたところを八つ裂きにするつもりだった。


 今までベルゼバブを仕留め損ねていたのは、リリクシーラの指揮があり、かつアルアネやハウグレーの方に意識が割かれていたのが大きい。

 リリクシーラの知恵もなく、一対一ともなれば、ベルゼバブは苦戦する相手じゃねぇ。


 俺はベルゼバブへと爪を振るう。

 その瞬間、ベルゼバブが退屈そうに笑った。


「……あるぜ、あのクソ女の入れ知恵ならな。既に俺様は、〖眷属増殖〗で撒いた全ての蠅を、俺様の制御で死滅させた。本来は、何の意味もねぇ仕様なんだがな」


 聞いた瞬間は、それがどうしたと思った。

 だが、すぐにその意味に気が付いた。


 俺の振るった爪が、ベルゼバブの身体を透過した。

 ベルゼバブの身体は、落下しながら光の塊になって分散していく。


「じゃあな……あばよだ、イルシア。勝負じゃ惨敗だが、大局じゃ俺様の……いや、あのクソ女の勝ちってとこだな。もっとも、テメェと顔を合わせることはもうねぇだろうがな。地獄から見てるぜ、テメェと聖女様、どっちが生き残るのかをよォ」


 ベルゼバブの歪んでいく顔がそう告げ、そして燐光となって消滅する。


 ……やられた。

 恐らく、〖眷属増殖〗で増やした手下の蠅を、スキルの権限で死滅させることが、奴らが事前に取り決めた合図だったのだ。

 リリクシーラが〖スピリット・サーヴァント〗を解除しやがった。

 ベルゼバブは深手を負っていたのでそのままでは戦力にならないはずだが、回復させてまた勝負の場に出してくる、ということは充分に考えられる


 だが……すぐに終わらせることはできる。

 このままリリクシーラの後を追い、もう一回ベルゼバブをぶっ飛ばして、リリクシーラとも決着をつける。

 それだけだ。

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