第147話

 俺は高く高く、一直線に上へと飛び上がる。

 遠くに目をやれば、ハイエナの群れの移動が見えた。

 ここまで高く飛んだのは初めてのことだ。


 図体の重さに堪えかね、徐々に上昇速度が落ちて行く。

 まだだ、まだ上に飛ぶ。


 完全に空中で停止してから、俺は首を曲げて周囲を見回す。

 視界いっぱい、ただの砂地であった。

 海の方にも、船や他の島はまったく見つからない。

 渡り鳥でも見えたらまだ希望はあるかと思ったんだが、それもいない。


 マジでここ、例の城壁都市以外に他に街ないんじゃねぇのか。

 もうちょい、もうちょい上に行って見回してみるか?


 翼を羽ばたかせるが、まるで高度が上がらない。

 地を蹴って飛び上がったときの勢いはすでに枯れており、翼の力だけでは俺の身体を更に上へと押し上げるには至らなかったらしい。

 ばかりか限界いっぱいまで飛んだせいで、体勢を大幅に崩す羽目になった。


 持ち直せない。あれ、これ結構ヤバくね?

 立て直そうと左に重心を預けると、そのままぐるりと身体ひっくり返った。

 ヤベェ、焦れば焦るほど裏目に出てる感があるぞ。

 俺は手足をバタつかせながら不格好に落下した。


 肩から盛大に墜落して砂煙を巻き起こしてから、ゆっくりと立ち上がる。

 つつつ……〖落下耐性〗があってよかったわ。

 あれがなかったら、こんなもんじゃ済まなかっただろうな。


 落ちてる最中、遠くの方に以前俺に襲いかかってきた兵の隊長が見えた気がする。

 名前……ハゲだっけ? ダッツだっけ?

 なんかアイツ、ノリノリで三つ首ラクダに跨ってたような……。

 馬に逃げられてたから無事帰れんのかどうか不安だったが、まぁ元気そうで何よりだ。

 あのラクダかなり足が遅かったと思うが……ハゲのオッサン、あんな調子で帰れんのかな。


「ぺふっ?」

『何カ、アッタ?』


 鳴き声と共に〖念話〗が送られてきて、俺は首を振った。

 弱ったな。

 他の都市が見つからねぇと、あの城壁都市にニーナを送り届けるしかなくなっちまうぞ。


 ニーナは不安そうに眉尻を落としながら、俺と玉兎のやり取りを見守っている。

 ニーナにももうちょっと説明しておいた方がいいな。

 長くは一緒にいられないのでニーナが安心して暮らせそうな地を見つけてやる、というこっちのスタンスを伝えてはいるが、〖竜鱗粉〗についてはまだ話していない。

 スキルレベルも上げておきたいし、〖人化の術〗使って説明しとくか。


 今人化可能な秒数は……。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

〖イルシア〗

種族:厄病竜

状態:通常

Lv :44/75

HP :302/344

MP :237/237

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 よし、237秒……四分近くある。

 以前よりスムーズに会話も進むだろうし、これだけあれば充分だ。

 後に備え、50くらいはMPを残しておきたいところだけどな。 

 説明しきれなかったら普通に玉兎翻訳機を使えばいいんだし、早めに切ろう。

 ぶっちゃけ最初から〖念話〗頼みでもいいんだけど、俺もほら、たまには人と喋りたいし……。


「グルァッ」


 俺は軽く吠え、玉兎とニーナの意識を自分に向ける。

 ニーナと目を合わせてから、〖人化の術〗を使う。


 また以前同様身体全身が熱を持ち、人間サイズまで圧縮されていく。

 最初は熱と痛みで悶絶もんだったが、本当に慣れてきたな。

 これでもうちょい持続時間と見栄えがマシになればいいんだけど。

 いまだにリザードマンと人間のハーフみたいなのにしかなれねぇからな。


 ニーナは俺が何か話したいことがあって人化したのだと察したらしく、玉兎と顔を合わせてから、ぐっと表情を引き締めて俺の前に出る。

 いや、そんな覚悟決めなくても、取って喰おうって気はねぇんだけど……。

 もうちょっと信用してくれてもいいのよ。


「俺ノ瘴気ハ、オ前ニハ毒ニナル。アマリ長々ト連レ回スワケニハ行カナイ。ドコカニ連レテ行ッテヤルトハイッテシマッタガ、俺ハ地理ニ疎イ。コノママダト、アノ城壁都市ニ行クシカナクナッテシマウ」


「…………」


「ドコカ、当テハナイノカ? ナイノナラ悪イガ、アノ城壁都市ヘト向カウ」


 この質問は、以前投げ掛けたのと同様のものだ。

 前回投げ掛けたときにはどこにも行くところがないと返されてしまったが、再確認だ。

 状況をきっちりと伝えて選択肢がないことを示せば、ニーナが黙っていた地名が出てくる可能性もある。


 例の城壁都市へだって、すぐに戻れるわけではない。

 このまま目的地もなく旅を続けていれば、砂漠に放置するか、〖竜鱗粉〗で呪い殺すことになってしまう。

 それよりはまだ、あそこへ連れて行った方がいいはずだ。


 ニーナは俺の言葉を聞き、頭部の猫耳を力なく垂らす。

 ……俺だってできることならもっと時間を掛けて探してやりてぇけど、もう選択肢がねぇんだよ。


 俺とニーナは互いに何も言葉を発せず、ただぼうっと顔を合わせたまま立っていた。

 このままただMPを擦り減らすわけにはいかねぇ。何か、何か喋らねぇと。


「……身体ニ病魔ノ予兆ガアッタラ、早メニ教エテクレ」


 ステータスに変化が現れるより先に身体に異常が出始めるのは、玉兎のときに確認済みだ。

 アイツが咳をしていたとき、まだステータスの状態は通常になっていた。


「ぺふっ!」


 急に玉兎が鳴いた。

 ニーナは玉兎へと顔を向けて目を合わせてから手を伸ばし、そっと玉兎の頭を撫でていた。

 それからニーナは小さく頷き、俺の方へと向き直す。

 〖念話〗で何か話していたんだろうか。


「……海岸沿い、真っ直ぐ行ったところに、小さな港街があります。ハレナエより、近いはずですにゃ」


 方向はあの城壁都市とは正反対だ。

 つーか、やっぱりあの城壁都市がハレナエなのか。

 あの兵士達のステータスにそれっぽい言葉が何度も出てたから予想はしてたけどな。


 港街か……。

 ひょっとしたらニーナや他の獣人達は、船でこの大陸まで運ばれて、そこから馬車でハレナエまで連れて行かれそうになっていたところだったのかもしれない。

 だとしたら港町まで行っても、ニーナの扱いはあんましよくねぇだろうな……。


「あ、あの、港街は近いですし、ニーナもまだ身体、大丈夫です。できたら……その、ゆっくり……」


 ゆっくり?

 ひょっとして今までの速度じゃ、身体への負担がデカかったか。

 なるべく抑えてたつもりだったんだけどな。


「……港街に戻ったら……ニーナ、また捕まることになります。それまで……その、ドラゴンさん達と一緒に、ゆっくりと旅をしていたいんです。め、メイワク……ですか?」


「……ワ、カッタ。ソウ、スル」


「あ、ありがとうございま……にゃっ!」


 俺は数歩下がり、ニーナが礼を言い終えるより先に〖人化の術〗を解いた。

 身体が一気に膨張し、元のドラゴンの姿に戻る。

 戻ってから、素早くニーナと玉兎に背を向ける。


 急に〖人化の術〗を解いたのは、MP不足だったからではない。

 MPならばまだ半分近く残っている。

 ただ俺の目から涙が出てくるのが見られたくなかったからだ。

 とはいってもドラゴンに戻ろうが、涙が止まることはなかったが。


 本当にニーナを港街かハレナエに送り届ける以外に、何か手はないのだろうか。

 港街にしてもハレナエにしても、ニーナの扱いは似たようなものだろう。

 ニーナの同胞を馬車から蹴り落とし、魔物の餌にして笑っていたあの太った男が脳裏を過る。


 人里に入れない俺には、別れた後にニーナがどんな目に遭うかを知ることさえできない。

 このまま港街に戻しても、すぐに殺されてしまう可能性だってある。

 だとしたら、俺のやっていたことに、意味なんてあったんだろうか。

 命懸けで大ムカデに立ち向かったのは、結果だけ見ればあの太った男を助けただけだったんだろうか。


「……ドラゴン、さん?」


  ニーナが俺の背に言葉を投げかけてきたが、振り返ることはできなかった。

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