第146話 side:勇者
「……ということでして、臨時調査隊は壊滅したとのことです。帰還を優先させてもらいましたので、残念ですが、今頃死体は野獣に喰い荒らされている頃かと。この件が片付いてから後日、僕が直接遺族に詫びを入れ、遺骨を回収しに参ります」
ポーズだけとはいえ、頭を下げるのはあまり気分のいいことではない。
相手がクソ司祭なら尚更だ。
僕におんぶ抱っこで甘い汁啜ってるのはお前なんだから、そっちが遜るべきだろうに。
まぁ、無理が通れば道理が引っ込むものだ。
機嫌を損ねたら面倒な相手には違いない。
いつか利用価値がなくなったら、そのときに殺してやればいい。
「久々の故郷への帰還なのだから、心身の休息を優先させるよう言っておったはずだが……?」
「デマだ見間違いだと世間が言っても、どうにも不安が拭えなかったものでして。自分の危機は世界の危機だとは存じておりますが、とてもとても休んでなどいられませんでした。しかし、そのお蔭で事態を早く把握することができました。そのことに何か、不都合がおありですか?」
「……まさか、お前がやったのではないだろうな?」
「はて、なんのことやら」
前日からお前の出る事件ではないと散々釘を刺されていたし、街にいる間妙な奴らにつけられていたし、司祭としても僕が妙なことをしないよう手は打ったつもりだったみたいだったが……あの程度で押さえつけられると思われていたのなら、舐められたものだ。
牽制にもなりはしない。
「では僕は、明日にでも厄病竜の討伐に向かいます。約束通り、厄病竜討伐に同伴していただくため、アドフ元騎士団長様の一時釈放を認めていただきます」
「そ、そんなことはできん。他にも腕の立つものならいくらでもおるだろうに、なぜ、わざわざ奴に固執するのだ」
「昔、暴虐に振る舞っていた僕を、唯一叱咤してくれた方ですから。そのときの借りをほんの一部でも返させていただこうと思いまして。今件においてアドフ様の功績が認められれば、アドフ様の婚約者が殺された事件の再調査を請求したいのです」
「この一大事に、私事を持ち出すでない!」
「元より他に適任者などいません。調査隊八人を弄び、惨殺した邪竜です。数ばかり多くても足しにはならないでしょう。〖神の声〗を聞くことのできる僕だからこそわかることでしょうが、同伴者はアドフ様以外におりません」
これは嘘だ。
アドフ程度ならば、優秀な面子を数揃えれば代わりは利く。
だがステータスも見れないし〖神の声〗を聞けないこいつらには、ハッタリとして充分に起用する。
いくらでもでっちあげられるのだから。
「ぐ、ぐぅ……」
「それに僕は頑丈なので大丈夫でしょうが、同伴者にとっては死を覚悟していただく戦いとなるでしょう。アドフ様を投獄している今、他の名将達に死なれては困るのでは?」
「しかし、しかしだな……」
「理由も不充分にこうも否定されるのでしたら、こちらとしても妙な勘繰りをしてしまいます。教会のやり方に否定的だったアドフ様を、これを機に不当に排除するつもりでは……と。僕が言いふらせば、民からいくらでも賛同者が出てくるでしょうね」
「……イルシアよ、この私を、脅迫しているつもりか」
「いえ、滅相もございません。ただ僕にとって大事なことなので、ここは任せてもらえないかと。司祭様にとっても悪いようにはしませんので、静観していただけると幸いなのですが」
「そもそも、厄病竜程度の邪竜、お前ひとりでどうにかなるのではないのか!」
「僕なんてまだまだ未熟者ですよ。精進中の身です。よくて互角……といったところでしょうか。で、どうするのですか? ドラゴンは賢いですから、魔除けを越えてくるかもしれません。早急に手を打つべき事案ですよ」
「よくもまぁ、そうぬけぬけと……」
司祭は小声でいい、僅かに歯ぎしりを鳴らす。
「どうかなさいましたか、司祭様?」
「……特例として、許可する。アドフを連れて行くがいい。逃亡防止の印を刻むから、いざというときはお前が始末しろ」
「まるで僕に殺しておいてほしそうな言いぶりですね」
「…………」
「冗談ですよ、司祭様。許可をいただき、ありがとうございます」
僕は慇懃に礼をし、部屋を去った。
やった、これで明日にでもアドフを牢の外へと連れ出せるだろう。
そこからは予定通りに動くだけだ。
まったく、我ながらアドフを死体蹴りするためだけに回り諄い方法を取ってしまったことだ。
こういうのは、道中が長い方が長く楽しめる。
あいつがどんな顔をするのか、今から楽しみだ。
厄病竜を仕留めるのはそこまで苦戦しないだろう。
せいぜい高く見積もってもサンドセンチビードに毛が生えた程度の強さのはずだ。
あの雑魚調査隊の生還率が高かったことから、Cランク相応ということも考えられる。
聖剣を使うまでもないだろうし、呪剣の練習がてらにサクっと仕留めてしまうか。
厄病竜、か。
いい金になりそうだ。
数割はあの馬鹿司祭が理由をこじつけ、教会に持っていかれそうだけれども。
まぁ、アドフの件では譲歩させたし、僕は金なんて腐るほどある。今後を考えれば、機嫌取りのためにも多少は譲ってやるか。
僕が扱う分まで持っていかれたら、そのときは脅しを掛けて全部没収させてもらうが。
基本的にドラゴンは捨てる部分がない。
頭のてっぺんから尾の先まで、何かしらの素材になる。
加えて、多くのドラゴンは巨体である。
上位の大型ドラゴンともなれば、一体討伐すれば財政難の小国がひとつ持ち直すといわれている。
皮は鎧や衣になるし、儀式の道具に用いられることも多い。
骨や爪は加工すれば魔力を持った武器になるし、工芸品や楽器にもなる。形が悪く使い道がなければ砕いて最上質の肥料にすることだってできる。
仕留められる数が少ないから調理方法は確立していないが、もちろん肉だって食べることができる。
こっちも単なる食用としてではなく、呪術の媒介や儀式の供物として使われることが多いが。
目玉も魔力の高いドラゴンのものならば、遠視や、不確定ながらに未来視ができたりするそうだ。
すぐ魔力が枯渇して駄目になるため、価値に対して実用性は薄いらしいが。
珍しい素材だし、防具を作らせてコレクションに加えてみるか。
変な呪いや付属効果が残らなければいいんだけど。まぁ、あったらあったでそれも一興なんだけどね。
例え妙な性質がついていてもすぐにチェックできるし、よっぽどデメリットが大きかったら足のつかないように間に数人挟んで売り払ってしまえばいい。
それから遠くから使用者がどうなるのかを笑いながら見守ってやろう。
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