第81話

「ガァァァァアッ!」


 俺は自分を鼓舞するために吠え、リトルロックドラゴンへと駆け出す。


 身体は重い。

 出血も酷い。

 視界だって霞む。

 それでも、まだ動ける。


 〖リトルアークドラゴン〗に進化すれば、自分の回復も行えるだろう。

 そうなれば自分のHPはもちろんのこと、身体の状態だってかなりマシにはずだ。

 だが、まだ進化は使わない。

 

 進化するのは、地割れに身体を取られているグレゴリーを助けてからだ。

 〖リトルアークドラゴン〗に進化すれば、身体の形状がかなり変わるだろう。

 そのせいで思うように動けず、グレゴリーの救出が間に合わなくなったら本末転倒だ。


 まず今のままの姿でグレゴリーを救出し、それから〖リトルアークドラゴン〗に進化し、グレゴリー含む数名に回復魔法を掛ける。

 それから俺がリトルロックドラゴンを引き付け、グレゴリーと村人に他の負傷者の救助を行ってもらおう。


 グレゴリー以外にも身体を怪我していたり、地割れに足を取られている人は多い。

 だが今辺りに倒れている村人の中で、すぐ命に関わるような怪我をしている人は他にはいない。


 俺が〖転がる〗と回復魔法で粘り続ければ、この作戦で村人が他の場所へ逃げる時間を稼ぐことができるはずだ。

 倒せないかもしれない。

 だが、それくらいのことはできる。


【〖リトルアークドラゴン〗に進化した場合の勝率4%、負傷者全員の救助成功率1%未満。】


 一瞬、さっき〖神の声〗に見せられたものが頭を過る。

 考えるな。

 考えるな。

 あんなもん、忘れろ。



 リトルロックドラゴンが大きく息を吸い込む。

 岩の身体が、内側から押し出されるように膨張する。

 ブレス攻撃だ。

 使うところはまだ見ていないが、確かこいつは〖サンドブレス〗を持っていたはずだ。

 射出範囲内には俺しかいない。


 〖転がる〗を使ってリトルロックドラゴンの足許まで駆け抜ける。

 ここならブレス攻撃は当たらねぇ。

 俺のすぐ後ろを、砂嵐の息吹が吹き荒れる。


 俺はそのままリトルロックドラゴンの後方まで移動し、〖転がる〗を解除する。


「う、うう……」


 呻くグレゴリーを地面の裂け目から引っ張り出す。

 救出成功だ、このまま〖リトルアークドラゴン〗に進化して、グレゴリーの治療を……。


【〖リトルアークドラゴン〗に進化した場合の勝率4%、負傷者全員の救助成功率1%未満。】


 ……あれが本当だとしたら、俺が必死にリトルロックドラゴンを引き留め、助けだせるだろう村人はいったい何人なんだろうか。

 その迷いが、俺の行動を遅らせた。

 すぐに迷いを振り切り、進化しようとしたところで、何かが俺の足に触れた。


 グレゴリーの手だった。


「……俺のことは、どうでもいい」


 弱々しい、小さな声だ。

 なのになぜだかそれは、どこか力強く感じた。


「……どうして闇竜であるお前が、そこまでして村のために立ち上がってくれるのか、それは俺にはわからない。だが、ただの気紛れでも、なんとなくの正義感でもないことは、顔を見ていればわかる。

 俺はこう見えても、人を見る目には自信があるんだ。とはいっても、お前は竜だが。

 だが、そこまでだ。なんとなくこういう奴なんじゃないかって、俺が勝手に思うだけだ」


 言いながら、グレゴリーは俺の顔を見る。

 俺の、目を見る。


 グレゴリーの目は、どこか懐かしかった。

 モンスターを見る目ではなく、人間を見る目だった。


「だから、ここから先は、ただの勘だ。勘だが、ひょっとしたら、俺が頼むことは、お前の本当の目的からは逸れてしまうのかもしれない。身勝手で、残酷なことかもしれない。だがそれでも、俺はもう、お前に頼む以外の手が思い浮かばないんだ。許してくれ」


 この状況で、頼み事?

 それも、俺の目的から外れるって……。


「……頼む。俺のことは、どうでもいい。村を、救ってくれ」


 それだけ言って、グレゴリーは力尽きたように目を伏せる。

 だが、俺には、まだグレゴリーのHPがわずかながらに残っていることがわかる。


 グレゴリーの言っていることは、一瞬意味が分からなかった。

 だが、すぐに、その真意に思い至った。

 全部グレゴリーがわかっていたとは思えない。

 が、きっと、俺が選択肢の一つを避け、迷いながら動いているのが、表情に出ていたんだろう。


 リトルロックドラゴンを倒せる、唯一の勝算。

 それに思い至りながら無意識ながらに無視していたのは、きっと俺が、村に受け入れられたかったからだ。

 村を守った英雄として、ちやほやされたかったからだ。

 本当に〖ちっぽけな勇者〗だ。


 気付かない振りをして自分に言い訳して誤魔化していたことを、死に際の人間に直視させられて、それでもなお目を逸らすなんて、そんなことはできなかった。



 俺は、グレゴリーの首筋にそっと爪を伸ばす。

 そしてグレゴリーの首を、撥ね飛ばした。

 飛んだ首が落ちた先は見なかった。見れなかった。


 俺の動向を見守っていた村人達が、悲鳴を上げる。

 当然だ。

 強大な味方だと慕ってた相手が、急にこんなことしたらさ。



【LvMAXのため経験値を得ることができません。】


【称号スキル〖悪の道〗のLvが4から5へと上がりました。】

【称号スキル〖災害〗のLvが1から3へと上がりました。】

【称号スキル〖卑劣の王〗のLvが1から2へと上がりました。】



 称号スキルを増やし、新しい進化先を増やす。

 たった一つ、勝機の残った選択肢だ。

 〖厄病子竜〗にまで進化させといて、ハズレが〖ヨルムンガンド〗しかないわけねぇよな。

 俺が悪方向の称号スキルのLvを上げずにいたから、出てこなかっただけだ。



「ひ、ひぃっ!」

「な、なんだよアレ、ただの、魔物じゃねぇかよ……。あ、あいつが、グレゴリーが連れてきたから……何かあるんだって信じてたのに、あ、ああ、ああ……」

「もう村は終わりだぁっ! 逃げろぉっ! 怪我した奴は置いてけ! もう駄目だぁっ!」


 今まで遠目ながらに見守っていた村人達が、グレゴリーの最期を見て一目散に散って行く。

 気が付くと、俺の目は逃げる村人の背中を追っていた。

 不思議と抵抗感はなかったが、魔物と人との境を越えちまったなという、何ともいえない虚無感があった。

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