第268話
俺が祠へ帰るため身を翻そうとしたとき、匿われていた冒険者、デレクが集会所地下の階段から登ってくるところだった。
デレクについて、心配そうに数人のリトヴェアル族が後をついて姿を現す。
「まだ傷も癒えていないのに、出発するのですか?」
ヒビが尋ねると、デレクが少し間を開けてから頷く。
「長々ここにいるわけにもいかない。仲間に、俺が生きていることを知らせる必要もある。あまり時間が開くと……」
時間が開くとなんだ、と思ったのだが、その先は言わなかった。
多分、先に帰られるとでも思ってんだろうな。
死んでると思われてるだろうから、助けなんてまず来ねぇだろうし。
「おい、一人で本当に大丈夫なのかよ」
デレクについて出て来た男が、彼へと尋ねる。
男は槍を掴んでいた。
護衛になってもいいぞ、という雰囲気だった。
「……大丈夫だ。それに、仲間と合流したらややこしい」
「武器がないのにどう渡ろうってんだ」
男は、自分の持っている槍をデレクへと渡す。
デレクは戸惑っていたが、押し付けられた槍をゆっくりと掴んだ。
「俺の愛槍だ。アビスは後方から突進して来るから、気を付けろよ。グラファントは足が遅いし、モルズも怒らせなければ大丈夫だ。こっから真っ直ぐ外に出るだけなら、一番気をつけなくちゃならないのはやっぱりアビスだ」
「…………」
デレクは槍を見てから、礼こそ口にはしなかったが、小さく頭を下げた。
デレクは去ろうとしたが、すぐまた集落の人間達の方へと振り返った。
槍をくれた男を見て、それからヒビを見る。
デレクはヒビと目が合うと、わずかに顔を赤くして、すぐ前を向き直した。
ヒビは不思議そうに首を傾けていた。
ひょっとしてこいつ、危ないところ優しくされて惚れちまったか?
確かにヒビは、かなり美人だと思う。
様子を見るに地下集会所でもヒビと中心に話をしていたみたいだったし、案外あり得ないことじゃねぇかもしれない。
しっかし、最初はあんなに敵意剥き出しだったのに、随分と余裕ができたもんだな。
「……その、後日、礼を言い直したい。また、落ち着いてから……来てもいいか?」
ヒビはデレクの言葉を聞いてしばし黙っていたが、やがてゆっくりと首を振った。
「……外の人間が、あまり我らの集落に来るべきではないでしょう。私達も、貴方が怪我をしていなければ、脅して追い返していたでしょう。貴方の最初に言っていた『邪神の生贄にするつもりだろう』という言葉も……心当たりがないといえば、嘘になります。今日のことは、忘れてください」
ヒビの言葉を聞き、他のリトヴェアル族達も俯いている。
……マンティコアへの、生贄の確保か。
そりゃ身内を差し出してんだから、旅人を見逃す理由なんてないもんな。
こっちでもやってやがったか。
ちょっと前まで誘拐やってて、危機は去ったから旅人には親切にしましょうなんて、気持ちとして、やっぱ気が進まねぇだろうな。
割り切れるはずがねぇ。
だから怪我人じゃなかったら脅して追い返す気だったんだろうし、逆に大怪我をしていたら、旅人への負い目があるから助けちまうんだろうな。
そんでマンティコアが化けた奴を抱え込む羽目になっちまってたわけだが。
「…………そう、か」
デレクは少し黙ってからそう言い、大きく頭を下げる。
「命を助けていただき、感謝する。しかし忘れろと言われても、今日のことは忘れられそうにない」
デレクはそう言って数歩進んでから、再びこちらを振り返る。
「この後、ここに…………いや、何もない」
複雑な表情を浮かべていた。
言うか、言わないか迷っていたようだったが、結局は何も言わなかった。
ただし前を向き直してから小さく、「大丈夫だ、何も起きさせない」と呟いたのが微かに聞こえた。
なんだ、なんかあんのか?
妙な魔物でも見たんだろうか。
途中まで俺が護衛してやるか……とも思ったが、俺が後を追いかけると、デレクは顔色を真っ青に変えて走って逃げ出した。
……結構元気に回復してるみたいで、何よりだ。
「ガァッ」
相方が逃げるデレクに、〖ハイレスト〗を掛けた。
体力が戻ったからか、走る速度が更に上がった。
相方も結構丸くなったな……。
しかしあのステータスだとアビスに襲われたらかなり危なそうなんだが、本当に大丈夫なのかな。
本人がいらねぇって言っている以上、大きなお世話なんだろうけどよ。
下手についてって、デレクの仲間と戦うことになっても嫌だしな。
相方が荒ぶったら弾みで殺しかねねぇし。
俺は祠に帰るついでに、〖気配感知〗で距離を開けてデレクを尾行した。
何か問題があれば飛び出すつもりだったが、結局何も起きなかった。
途中、誰かの剣が落ちていた。
デレクも通ったので気が付いたはずだが、拾わなかったらしい。
長い槍の方が魔物を安全に追い払えると思ったのか、それとも好意でもらった槍を使いたかったから、見なかったことにしたのかはわからねぇが。
最初見たとき、デレクは蛮族だ蛮族だと喚いてたが、わかんねぇもんだな。
デレク本人が一番そう思っていそうだが。
森の浅いところまで無事に到着したことがわかったので、俺はデレクの追跡を打ち切って祠へと帰ることにした。
……しかし、ルートかなりズレちまったから、ついででもなんでもなかったな。
倍以上寄り道してんじゃなかろうか。
まぁ、いいんだけどよ。
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