第269話
なんとなく、嫌な予感はしていた。
妙な胸騒ぎっつーか、予兆つっかー。
でもそんなまさか、ここまでヤベーことになってるなんて、ほんとに思いもしなかった。
祠についたとき、レッサートレントは臨戦態勢に入っていたし、なるべく人目に付かないよう隠れさせていたはずのアロも表に出ていた。
「ヴェェエエエ!」
そしてそれに対峙しているのは、見る者の不快感を高めることに特化したかのような姿を持つ、不均整な八つ脚をくねらせる魔物、アビスである。
なんかもう俺、縞模様自体がトラウマになってきたぞ。
祠で遭ったのはもう三度目になる。
アビス、マジで増えすぎだろ。
俺が思ってるよりヤベーんじゃねぇのかこれ。
それより、ともかく目前の問題だ。
アロもレッサートレントもDランクモンスターである上に、Lvもそれほど高くはない。
Cランクモンスターであるアビスにはまず勝てない。
ステータスに差があり過ぎる。
俺は戦闘を止めるため、祠へと駆け出した。
アロの周囲には四体の土兎がいた。
〖土人形〗のスキルによって生み出したものだ。
土兎達は、どこからアビスが襲いかかってきても対処してやると息巻いているようだった。
アロが腕をアビスへと伸ばす。
「……ぜ、ほう……〖クレイ〗」
アビスの足許がさぁっと光り、土が先端を尖らせてアビス目掛けてせり上がった。
次の瞬間アビスは、猛スピードで走り始めた。
「ヴェェエエエ!」
アロの周囲を駆け回る。
あのスピード……あのアビス、【素早さ:200】はありやがんな。
アビスはステータス面では素早さに優れたモンスターだ。
アロはせいぜい【素早さ:20】程度だったはずだ。
とてもじゃねぇが、敵うわけがねぇ。
「グゥオオオオオッ!」
俺は駆けながら吠えるが、アビスはこちらに反応を示さねぇ。
アロはアビスを目で追おうとして、オロオロとしながら狼狽する。
その間に、アロの周囲を守っていた土兎が次々と残骸になって宙に舞う。
断末魔の鳴き声も残さない。
一瞬にして生命力を失い、ただの土塊へと戻る。
「ギシャァァァァッ!」
レッサートレントが、大きな枝……腕を振り下ろす。
アビスの素早さに追いつけるわけじゃねぇ。
とにかく気を引こうとして我武者羅に放った一撃だったはずだ。
当然、アビスには当たらねぇ。
当たらねぇだけじゃすまなかった。
へし折れたレッサートレントの腕が宙に舞い、レッサートレント本体も受けた衝撃のあまり、大きく後退った。
アビスの口の中に、砕けた木の破片が詰まっている。
カウンター気味に喰らいつきやがったのか。
アビスの多過ぎる歯の奥に、木の断片に混じり、ボロボロになった土兎の残骸が見えた。
「…………ヴェ、ヴェッ! ヴェヘッ! ヴェヘッ!」
と、アビスの動きが止まった。
口からゲーゲーと土兎の残骸を吐き出している。
「グゥォオオオッ!」
はい、射程圏入ったぁ!
俺は翼をはためかせ、二つの〖鎌鼬〗を同時にぶっ放す。
風の刃は、丁度アビスの位置で交差して爆ぜた。
アビスが肉片となってその場に散った。
【経験値を105得ました。】
【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を105得ました。】
間に合ってよかった。
あと一分遅かったら、アロもレッサートレントもベビーアレイニーも、全部アビスに喰われてたかもしれねぇ。
……いや、喰われはしねぇか。
土兎喰ったけど、吐き出してたからな。
多分、普通の兎だと勘違いして襲いかかったんだろう。
喰った結果、駄目だったみてぇだが。
土を魔法で肉に似せてるとはいえ、土は土だもんな。
喰えるわけねぇか。
アビスが喰いついたくらいだから、ちょっとくらいの匂いはあったのかもしれねぇが。
「う、さ……ぁ……ア」
アロがその場に力なく座り、散った土兎の残骸を手で掻き集める。
アロの目から、わずかながらに水が零れ落ちた。
間違いなく涙だ。
土兎がいなければ、恐らくアビスに真っ先に喰いつかれていたのはアロだ。
土兎達は、決して無意味に散って行ったわけではない。
生み親であるアロを守って散って行ったのだ。
だが、そのことは細やかな慰めにしかならねぇだろう。
アロが土兎を作ったのは、肉壁にするためじゃなかったはずだ。
だとしたら、こんな可愛らしい小動物にするわけがねぇ。
きっと、寂しさを紛らわせようとしていたのだろう。
俺も〖土人形〗と似た系統のスキル、〖フェイクライフ〗を持っているからわかる。
……しかし、これじゃ祠から目を放せねぇな。
いつアビスが来るかわかったもんじゃねぇ。
アビスの繁殖期っつうのが、ここまで恐ろしいとは思わなかった。
本格的にアロ達のLv上げに入るとすっか。
アロ達を守るためには、それしかねぇ。
アロはこれまで、【ワイト:F】、【スカル・ローメイジ:E】、【レヴァナ・メイジ:D】と進化してきた。
最初は触れただけでバラバラになる骨でしかなかったが、【スカル・ローメイジ】になって身体の操作も上手くなり、高い魔力も得た。
【レヴァナ・メイジ】になってからは、魔法によって土を肉に近づけることによって、肉体を得ている。
次で容姿だけならほとんど人間になれるはずだ。
それに、流れからいって、次の進化はCランクだ。
Cランクモンスターになれば、アビスと対等に戦うことだってできる。
進化したトレントと協力すれば、安定してアビスを倒すこともできるはずだ。
子蜘蛛のベビーアレイニーも、いつ〖竜鱗粉〗の悪影響が出るかはわからねぇ。
もしも〖呪い〗の状態異常がついたら、すぐに野性に返す必要がある。
それまでには、ある程度狩りができる程度には育てなきゃならねぇ。
拾っちまったからには、それが義理だろう。
アビスでも平気で喰えるみたいだし、できることならアビスの味を覚え込ませて将来的にはアビスハンターになってほしいな……。
そうと決まれば、狩るのはアビスか。
まぁ、歩いてても湧いて出てくるだろうし……アビス狩るしかねぇよな。
俺としては他の魔物の方が、視覚的にはありがてぇんだけど……。
さっきアロとレッサートレントは、アビスと戦っていた。
多少は経験値も流れたはずだ。
アロとレッサートレントのステータスを、順にチェックする。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
名前:アロ
種族:レヴァナ・メイジ
状態:呪い
Lv :6/30
HP :46/60
MP :51/63
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種族:レッサートレント
状態:呪い
Lv :4/25
HP :21/44
MP :14/29
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
アロのLvが、3から6へと上がっている。
ちょっとしか手を出していないとはいえ、格上であるアビスと戦う経験は大きいのだろう。
この調子なら、本腰を入れてLvを上げれば、Cランクまで持っていくのも難しくはねぇはずだ。
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