第267話

 〖気配感知〗を巡らせ、集落の中を走り回る。

 ぜんっぜん何も出てこなかった。

 住民が避難しているせいでゴーストタウンと化している集落はなかなか寂しい。


 かなり人の気配が集中しているところがあったので見に行ってみると、集会所に似た大きめの建物があった。

 多分、ここの中にも避難用の地下があるんだろうな。

 なんやかんやいって、かなりアビスの対処に手慣れてるみたいだな……。

 ……まぁでも、さっきみたいに入り口に集られることもあるんだろうが。

 そうなっちまったら最後持久戦なんだろうな。


 またアビスに似た気配を感じたので近づいてみると、アビスに大量の槍をぶっ刺したアートのようなものがあった。

 刺されたアビスは乾燥しているので、今日仕留めたものではないだろう。

 アビス避けの効果でもあんのかな。

 仲間の死体見たら危険を察知して逃げる獣って多いらしいし。

 でもあいつらなら、仲間の死骸の臭い嗅いでむしろ寄って来ちまいそうな気もすっけどな……。


 アビスの死骸のアートからそそくさと離れたところで、相方がスンスンと鼻を鳴らし始めた。

 何だと不思議に思っていると、俺を誘導するように首を伸ばす。


「ガァッ! ガアァッ!」


 ん、なんだどうした?

 なんかあんのか。


『コッチ、コッチダ!』


 いや、代名詞じゃなくて普通名詞で頼む。

 何を見つけたんだ?


 何を見つけたのかはわからなかったが、他にアテもないので相方に従ってみることにした。

 日よけ目的が主らしいほとんど屋根だけの簡単な作りの倉庫の下に、酒樽が並んでいた。


 ま、まさかこの匂いを嗅いできたんじゃねぇよな?

 いやまさか……と思っていると、相方がググッと首を伸ばした。

 俺は身体を踏ん張って抵抗する。


 竜神がコソ泥やってどうすんだよ!

 見られたら幻滅どころの騒ぎじゃねぇからな!

 つーか、まだアビスがいなくなったとも限らねぇだろうが!


「ガァ……」


 相方は俺の意思を読み取り、がっくりと首を擡げる。

 んながっかりしなくても……。

 また今度ヒビに頼んでやっから、な?


 相方は俺の言葉を聞き、何かを思いついたようにこくこくと頷き、ぺろりと舌なめずりをした。

 ……こいつ、俺が頼むの忘れたら、話し合いに文字通り首突っ込んでくる気じゃねぇだろうな。

 話が拗れそうだから、マジでそれだけは勘弁してくれよ。


 それからもしばらく集落を回ったが、アビスは見当たらなかった。

 木箱の裏で震えている婆さんと、建物の中に一人隠れていた子供を途中で拾った。

 子供は泣いていたが俺を見ると泣き止み、背に乗せると喜んで笑っていた。

 他所での反応とは大違いだよなマジで。


 子供の様子をチラチラ振り返りながら窺っていると、相方からじぃっと見られていたことに気が付いた。

 若干自分の顔が緩んでいるような気がしたので、心なし引き締めておいた。

 つっても鱗肌だから、変わんねぇはずなんだけどな……。


 槍を持って必死の形相で捜し回っていた父親と遭遇した。

 パトロールに出てからだいたい三時間が経っていた。

 とりあえず一通りは回ったはずなので、三人を連れて集会所跡へと戻ることにした。


「グォオオオッ」


 集会所跡についてから俺が鳴くと、更地に残された金属の扉が開き、中からヒビが出て来た。



 ……しかしなんつうか、散らかって乱雑に掻き分けられた瓦礫の山が痛々しい。

 アビスの死骸もゴロゴロ転がってっし。


 まぁ、壊したのも掻き分けたのも転がしたのも俺なんだけどよ。

 ここの再建くらいは手伝おうかな。

 俺なら人間よりは手早く一軒建てられちまいそうだし。

 ここの住人が俺に手伝わせてくれるかどうかはわかんねぇけど。


 ヒビに続いて何人かが地下階段を登り、俺を見てきゃっきゃと燥いでいる。

 俺としては前足を振り返してやりたいところだったが、ヒビが登ってきたリトヴェアル族を手で制して降りさせていた。

 まぁ、まだ俺から見回りの結果も聞いてないもんな。


 ヒビは面で顔を隠してから、呪文を口にする。

 聞きなれた、ヒビが〖念話〗をやる前の合図みたいなものだ。

 精神統一の意味合いでもあるのかもしれねぇけど。


『どうでしたか?』


 背中の三人を拾ったぞ。

 アビスは見つかんなかった。

 奴らの習性に熟知してるわけじゃねぇから、退いたのか身を隠してるのかはわかんねぇけどな。


『身を隠している……は、ないでしょう』


 なんでだ?

 祠に来たときは、貢物の中に侵入してやがったぞふてぶてしくも。

 襲撃に規則みたいなもんでもあるのか?

 日が暮れる頃には撤収する……みたいな。


『いえ、集落内にアビスがいれば、アビスの死骸を貪っているはずだからです』


 …………ああ、そう、うん。


『私達が地に身を隠しているのですから、卑しい奴らは仲間の死骸に口を付けるはずです。捕食時には気配が露になりますから、竜神様が目にしなかったということは、すでに集落にはいないのでしょう』


 そ、そっか。

 そっか……そっか……。


『竜神様の圧倒的なお力の前に畏怖を抱き、逃げ出したに違いありません』


 なんか崇拝してくれてるところ悪いけど、今日はちょっとテンション上げれそうにねぇし、疲れたから祠に帰るわ……。

 川で身体洗いたいし。

 アビス汁落とさねぇと。


『もう戻られるのですか、竜神様』


 ああ、うん……。

 今日は置いておいてくれ。


『アビスの死骸はどうなされますか? 後日、お運びいたしま……』


 いや、いらねぇ! いらねぇから!

 俺は全力で首を振った。


 話をあまり聞いていなさそうだった相方も、勢いよくぶんぶんと首を振る。

 お蔭で勢いよく頭をかち合わせることとなった。


 ヒビが心配そうに俺を見ていた。

 だが、頭をぶつけたくらいはどうってことない。

 それよりも問題なのはアビスの処分だ。


 俺はアビスはいらねぇぞ!

 そっちで焼くなり埋めるなり刺すなり飾るなりやって処分してくれ。

 正直あんまし見たくねぇ。


 ヒビは不思議そうに頭を傾けていた。

 いや、不思議なのはこっちだよ。

 アビスだけはやめてくれ。


『……わかりました。そのように、リトヴェアルの他の者にも伝えておきます』


 ……話が通じてよかった。

 不意打ちで貢物としてアビスの死骸が並んでたら、虐めかと思って泣きながら集落を出て行くところだったぞ。


 ああ、アビスってどれくらいいるんだ?

 今日で二十体くらい仕留めたから、もう壊滅状態だとか……。


『奴らの巣を暴かぬ以上、アビスを壊滅させることは難しいでしょう。異常増殖の元凶を探るにもそれしかありません』



 ……アビスの巣とか地獄かよ。

 つーか、まだまだいんのな。

 でも異常増殖を喰い止めねぇと、どんどんアビスの被害が出る一方なんじゃ……。


『しかし巣へ入ろうなどとは、考えない方がよろしいかと。リトヴェアル族で隊を成して、アビスの巣を探した……という前例はあります。しかし、実際に入ったという話は残っていません』


 見つけんのが難しいってことか?


『アビスを深追いした者は、誰も帰って来なかったからです』


 ……うん?

 誰もって……全滅したってこと?


『百年前、英雄ガガザ様がいらっしゃったとき……竜神様のお力もあり、アビスの襲撃をことごとく壊滅させることに成功していたと聞かされています』


 おお、やっぱヒーローってのはいるもんなんだな。

 リトヴェアル族は平均戦闘能力高いし、やっぱその分ずば抜けた人間も出るときは出るんだろうな。


『しかしそれに気をよくした我らの先祖のリトヴェアルは、愚かにもガガザ様にアビスの巣の探索を半ば強要しました。そしてガガザ様の名の許に集落中の戦士を集め、アビスの巣の捜索に出ました』


 ……なんか、一気に嫌な予感がしてきたんだけど。


『生け捕りにしていたアビスの身体を槍で貫き、脚を捥いで逃がして後を追うのです。そうすれば、巣にたどり着けるはずだと考えていたのです。集落に残された女子供、老人、皆総出で旅立ちを祝福しました』


 …………。


『それから何度も日が昇り、沈む。やがてはアビスの繁殖も終わり……されど、誰も帰って来なかった。竜神様も、その後はしばらくお姿を晦まされていたと聞かされていましたが……』


 え? あ、ああ、そっか……。

 い、言われてみればそんなことがあったような気がしないこともねぇっつうか……。

 

 でも、リトヴェアル族にできないことをやるのが……竜神の役割……い、いや、でも……。


『平常時でもそれだけ恐ろしいことなのですから、異常増殖の元凶たる何かが巣に眠っている今……アビスの巣を探るなど……』


 ヒビはそこまで言うと、ぶるりと身体を震えさせる。

 昔から教訓として聞かされていたと見える。

 口にしているのも恐ろしいのだろう。


『ナァ、サスガニ止メトコウゼ』


 相方が横から声を掛けてくる。

 ……うん、俺も勘弁してぇかも。

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