第286話
崖壁が崩れ、土煙が舞った。
その向こう側から、圧倒的な存在感を放つ、何かがいた。
土煙が姿を隠してはいるが、そこに映る影は、俺よりも更に一回り大きい。
土煙から、異様に長い青黒い体表の触手がはみ出ていた。
こいつがアビスのボス格と見て間違いなさそうだ。
アレを倒せば、アビスの異常繁殖は収まるはずだ。
辺りはうじゃうじゃとアビスが這い回っている。
地面にいるのは危険だ。
俺はそう判断し、尾をアロへと伸ばす。
アロは尾に飛び乗り、背中へと移動した。
「ヴェェェエェェェェエエェェェェェッ!」
甲高い鳴き声が、再び辺りに鳴り響いた。
その鳴き声が、土煙を一気に晴らした。
中から出て来たのは、青黒い、通常よりも縦長寄りの巨大なアビスだった。
眼はギラギラと光っており、通常のものとは別に側頭部近くにもついている。
頭のあたりからは異様に長い触手が短長様々に生えており、ふわふわと宙を揺らいでいた。
そしておぞましいことに、その背中にはアビスの幼体が大量に押し合って犇めいていた。
わらわらと、例の黄色いブヨブヨが幼体たちに絡まっている。
幼体たちは個々に蠢き、まるで巨大アビスの背を喰らって自分の居場所を作っているようだった。
背中がへこんでいるのかと思いきや、幼体が喰い荒らして寄生しているようだ。
正直、見ただけで戦う意思が削がれてきた。
相方も言葉を失ったようで、呆然としている。
俺は今の今までアレと出会わなかったことに心底感謝し、今ここで出会ってしまったことに絶望した。
これ、マジで駄目な奴だ。
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種族:マザー
状態:憤怒(大)
Lv :81/85
HP :722/722
MP :285/325
攻撃力:555
防御力:647
魔法力:364
素早さ:481
ランク:B+
特性スキル:
〖多足類:Lv--〗〖隠密:LvMAX〗〖闇属性:Lv--〗
〖HP自動回復:Lv7〗〖気配感知:Lv4〗〖触手:Lv8〗
〖甲殻:Lv8〗〖大繁殖:Lv8〗〖食再生:Lv7〗
耐性スキル:
〖物理耐性:Lv7〗〖魔法耐性:Lv6〗〖落下耐性:LvMAX〗
〖毒耐性:Lv9〗〖麻痺耐性:Lv5〗〖混乱耐性:Lv5〗
通常スキル:
〖穴を掘る:Lv8〗〖麻痺噛み:Lv9〗〖酸の唾液:Lv7〗
〖病魔の息:Lv8〗〖クレイウォール:Lv6〗〖触手鞭:Lv6〗
〖グラビティ:Lv7〗〖グラビドン:Lv8〗〖フィジカルバリア:Lv5〗
称号スキル:
〖突然変異:Lv--〗〖母なる深淵:Lv--〗〖共喰い:Lv8〗
〖子だくさん:LvMAX〗〖最終進化者:Lv--〗〖災害:Lv8〗
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うっげぇえ……。
ちょ、ちょっと甘く見てた。
俺ほどじゃないにしても、馬鹿みてぇにステータス高いんだけど。
これは普通にヤバいかもしれん。
こんな化け物が地の底に潜んでたのかよ。
なんでアビスが大量繁殖してたか、一瞬で納得がいったわ。
こいつが地の底で延々とアビスを量産してたんだな。
もうリトヴェアル族が引っ越した方が早いぞ、こりゃ。
【〖マザー〗:B+ランクモンスター】
【幾百の時を生きたアビスの至る、アビスの女王。】
【生んだ卵の一部を身体の中に取り込み直して孵化させ、そのまま自らの背に寄生させて肉を喰わせる。】【こうして育ったアビスは、〖マザー〗を守る精鋭のアビスとなる。】
【余談であるが、つがいは交尾の度に死に、〖マザー〗の養分となる。】
お、おう……。
確かにマザーを見てみれば、周囲を青黒い体表のヘビーアビスが配置されている。
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種族:マザーガード
状態:憤怒(大)、防御力補正
Lv :43/65
HP :458/458
MP :143/143
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ヘビーじゃねぇ、特注のボディガードだ。
Lvくっそ高いし、なんだよこいつらマジで。
HP400台がわらわら集ってやがる。
おまけに防御力補正って……あれか、マザーの〖フィジカルバリア〗か。
こんなんいたらきりねぇぞ。
マザーは竜神の骸のすぐ傍まで移動し、脚を曲げて居座った。
マザーガードの群れが、竜神の骸の上にどんどんと移動していく。竜神の骸が、わずかに地へ沈んだ。
俺は前脚と尾を振り乱し、寄ってくるアビスを弾いてから宙へと飛んだ。
俺は滞空しながら、マザーへと〖鎌鼬〗をお見舞いしてやる。
マザーは確かに今までの敵と比べてタフだが、俺の攻撃をまともに数発受けて回復が間に合わなければ、そのまま力尽きるはずだ。
なんせ俺は【攻撃力:837】である。
マザーが高レベルとはいえ、ランクが違うのだ。
俺は二つの風の刃を放った。
その瞬間、竜神の骸に乗っていたマザーガードが跳ねて前に出て、風の刃を受け止めた。
マザーガードは身体が大きく裂け、体液を撒き散らした。
だが体勢は崩さず、落下地点に足を着け、倒れないように踏ん張っている。
大した根性である。
負傷したマザーガードは後方に下がり、すかさず他のマザーガードと立ち位置を入れ替える。
「風魔法、〖ゲール〗!」
アロが竜巻を放つ。
竜巻は地を穿ちながらマザーへ迫るも、マザーガードが途中で受け止め、掻き消した。
マザーガードも、さしてダメージを負った様子はない。
アロは進化したばかりなのだ。
俺の魔力を使ったとしても、Lv40前後あるマザーガードを相手にするにはLvが足りな過ぎる。
一旦アビスを狩らせた方がよさそうだ。
滞空している俺に対し、マザーの頭の触手が身を撓らせながら高速で飛んでくる。
伸び縮みするらしく、射程外だったはずなのにその鞭は俺の許まで容易に到達した。
これじゃあ、浮いててもそこまで優位にゃ立てなさそうだな。
俺は触手を側転で回避し、触手に牙を突き立てた。
ブチュっと、マザーの体液が口に染みてくる。
生暖かく、独特の苦みと臭み、そして何よりもエグ味が……ええい、気にしたら負けだ。
今は心を無にしろ、俺。
これが終わったら、存分に吐いていいから、今は耐えろ、俺。
俺はそのまま軌道を変えて上に向かい、マザーを引っ張り上げてガードから引き剝がそうとした。
マザーの身体がわずかに浮いたが、すぐに触手が引っこ抜けてマザーがその場にどすんと落下し直した。
俺はヤケクソで、再び側転して触手の鞭に加速度を加え、首を捻ってマザーへ叩き付けてやった。
その勢いで口からすっぽ抜けてしまったが、変則的な動きだったからかガードが間に合わず、マザーの額に直撃する。
マザーの甲殻が割れて体液が漏れ、おぞましい鳴き声が崖底に響き渡った。
……うし、ダメージはどうにか入れられる。
数の利は向こうにあるが、直接対決なら負けねぇ。
こうやって打点稼ぎながら、どうにかガードの陣形を崩す方法を考えていくか。
打撃力頼みで強引に接近戦に持ち込むのもありっちゃありなんだろうが、マザーガード、普通にステータス優秀だからな……。
べったりアビスがくっ付いている今はなかなか厳しい。
マザーガードが攻撃を仕掛けられない距離から数を削ってしまいたい。
こっちが殴ってもガードに遮られ、囲まれて噛みつき倒されたら目も当てられねぇ。
妙な感触を感じ、ちらりと背のアロを見る。
アロの背から伸びている新たな腕が二本、服の隙間から這い出て俺の身体にしがみついていた。
前回作っていた第三の腕よりも小さめで人間の腕に近いためか、なんだかぞわぞわする。
アロは俺と目が合うと、慌てて余分な腕を放そうとする。
い、いや、それ放したら落ちるだろ。
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