第287話
マザーから距離を取ったところで、高度を下げる。
とりあえずはアロにLvをあげてもらう必要がある。
一旦上に上がってアロを避難させることも考えたが、魔物達の中でB級上位を敵に含む戦いの場に出せるのはアロだけだ。
俺の手数だけでは、マザーからガードを引き剥がすと同時に致命傷を叩き込むのはかなり厳しい。
ここでマザーは倒しきりたい。
マザーはマザーガードを配置しており、守りの硬い陣形を取っている。
だが、突破口がまったくないわけではないはずだ。
地面すれすれまで降りたところで、アロが〖ゲール〗を連発して通常アビスをぶっ飛ばす。
倒しきるのが難しそうだったので、俺は〖鎌鼬〗で、相方は〖デス〗で加勢した。
あっという間に、十体近い数のアビスが残骸と化した。
経験値取得のメッセージウィンドウが、脳内で連続して展開していく。
【経験値を138得ました。】
【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を138得ました。】
【〖ウロボロス〗のLvが79から80へと上がりました。】
うし、うし、順調順調。
マザーも自分から攻めて陣形を崩したくないのか、〖憤怒〗状態の割には能動的には動かない。
触手を伸ばしては来るが、〖鎌鼬〗を使えば斬りおとせないまでも牽制はできる。
「〖ゲール〗!」
竜巻がアビスの群れを吹っ飛ばす。
浮いたアビスにトドメを刺そうと息を吸ったとき、マザーの様子がおかしいことに気が付いた。
マザーの四つの目が、赤い光を灯している。
「ヴェェェェエェェェェエェェェェッ!」
マザーの絶叫が轟く。
それと同時に、黒い光がマザーを中心に半球状に広がっていく。
黒い光に呑まれた地面が、重いものを乗せたかのように大きくへこみ、ひび割れていった。
一度見たことがあるので、何のスキルかはすぐにわかった。
規模が全然違うが、〖グラビティ〗のスキルだ。
昔ツインヘッドからくらったことがある。
辺りのアビスも地面にめり込み、動きを止める。
俺もすぐに〖グラビティ〗の範囲に取り込まれた。
黒い光に包まれ、身体が急激に重くなる。
抵抗するも、翼が持ち上がらない。
高度が下がっていき、俺はじきに地に足を着けてしまった。
ただマザーの上に乗っていたベビーアビス以外は〖グラビティ〗の効果適応対象らしく、脚を動かしてはいるが動けはしないようだった。
敵さんも動けねーなら、別に怖いことはない。
俺はどうにか、地面を這いながら動いた。
「……〖クレイ〗」
アロが俺の背に伏せながら、魔法を使用する。
地形が変動し、地面から土の針が生まれる。辺りにいた動けないアビスの腹部を貫き、体液を跳び散らせた。
【経験値を120得ました。】
【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を120得ました。】
よし、よし、いい調子だ。
で、俺が気を付けなきゃなんねぇのは……。
「ヴェァァァァァァァアアッ!」
マザーから放たれた触手が、俺へと向けて飛んでくる。
俺は重力に抗い、両翼を持ち上げて前方に回す。
ビタァンと、触手鞭が翼にヒットする。鋭い痛みが走った。
弾かれた瞬間、フッと黒い光が失せて一気に身体が軽くなった。
重力に抗っていた反動もあり、鞭打ちの衝撃でやや後退させられた。
つう……でもこんくらい、すぐ回復すれば……。
「ヴェエェェッ!」「ヴェエエ!」
「ヴェエェェェッ!」
同じくして重力の拘束が解けたアビス達が、一斉に俺に向かって飛んでくる。
脚に数体が喰らい付き、身体によじ登ってきやがった。
地を蹴って翼を広げるが、その翼にもアビスが数体喰らい付いている。
身体にどんどんと痺れる感覚が走ってくる。アビスに体液を注入されているのだろう。
……こ、これ、結構やばくね?
一つの脚にだいたい三、四体ずつ、身体まで登ってきたのが三体、一つの翼にくっ付いているのが二体、両翼で四体。
身体が重く、上手く飛べない。
「ガァァァッ!」
相方が、翼の一体を〖デス〗で落とす。
【経験値を186得ました。】
【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を186得ました。】
ただ、その間にまた身体へと飛びついてくるアビスが増える。
こんなままじゃキリがねぇ。
今までは手が届かないところで飛んでたから善戦できてたが、地面に引き摺り下ろされたらこの数はちっとめんどうくせぇぞ。
「グゥォォォォォォォオオッ!」
俺は吠えながら、尾を縦に振ってその勢いで力強く一回転する。
「きゃぁぁっ!」
アロが宙に投げ出される。
俺はそれを口でキャッチし、そのまま転がる速度を上げて地面へと落下する。
落下してからは一直線に〖転がる〗で駆け抜け、壁へと激突してめり込んだ。
身体に纏わりついていた二十体前後のアビスと、走行の巻き添えになったアビスがぺちゃんこになった。
アビスの断末魔の叫びが、何重にもなって崖底を響いた。
【経験値を2760得ました。】
【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を2760得ました。】
【〖ウロボロス〗のLvが80から83へと上がりました。】
はーっ、はーっ。
どーにか凌いでやったぞ、ざまぁみやがれ。
身体中もうアビスの体液塗れだし、背中にも死骸が貼り付いている気がするが、今は知らん。忘れる。
やっぱり〖転がる〗が一番強くて凄いんだな。
俺はそのままバックでめり込んだ頭を崖から引っこ抜く。
周囲から恐る恐ると俺を観察していたアビス達が、一斉に俺から逃げていく。
「ヴェエェッ!」
「ヴェェェエッェエッッ!」
よほどさっきの俺の〖転がる〗の威力にビビったらしい。
ひょ、ひょっとしてこれ、〖転がる〗でゴリ押せばガードごといけんじゃね……?
俺はぐるりと回って方向転換し、マザー目掛けて〖転がる〗で猛進した。
途中で前に立ちふさがるアビスをそのまま轢き飛ばし、経験値にしてやった。
「ヴェァァァァァァァアアッ!」
マザーの声がすると、黒い光が辺りを包む。再び身体が重くなり、減速していく。
また〖グラビティ〗のスキルを使ったらしい。
それでも俺は止まらず直進し続けた。
マザーの触手らしきものが俺の身体を弾くが、それでも決して向きを変えたりなどしない。
「ヴェァァァァァァァァァァァアアッ!」
マザーも〖転がる〗の威力に慄いたのか、一層と声を張り上げて鳴いた。
避けるなら避けるがいい。
マザーが動かざるをえなくなれば、マザーガードの守りを一時的とはいえ突き崩すことができる。
避けないなら避けないで結構だ。幾体の魔物を狩って来た俺の〖転がる〗を、その身で受けてもらおうじゃねぇか。
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