第154話

「グゥオオオッ」


 俺が大声で欠伸をすると、砂を掘って玉兎が現れる。


「ぺふぅ……」


 玉兎は眠そうに目を耳で擦った後、口を覆う。


 本当にいつ見ても器用だ。

 ひょっとしてあれ、耳じゃなくて腕なんじゃなかろうか。

 その内耳で剣握って振り回したりしそうだ。


 睡眠は終わった。

 また港街へと向けて歩かねば。


 にしても港街、ニーナは結構近いって言ってたはずなのに、なかなか見えてこねぇんだよな……。

 万が一間に合わなくなった時のことを考えると気が気でないから、とっとと確認だけでもしておきたいんだけど。

 もうちょっと進んだら、また一回真上に飛んで港街を捜してみるかな。


 ちなみにニーナは、玉兎の口の中にいる。

 寝ている間はここが一番安全だという結論に達したのだ。


 俺の口の中だと、俺が寝てる間に間違えて呑み込んじまったらマジで悲劇だからな。

 あと、ほら、なんか不浄らしいし。別に気にしてねぇけどな、うん。いや本当に。


 玉兎は〖体内収集〗のスキルのお蔭なのか、ニーナを口に出し入れしてもあまり唾液塗れにならない。

 ちょっとは涎がつくが、本当にちょっとだ。


 どうやら玉兎の腹の中に本当に胃袋とは別に倉庫的な役割を持つ異次元があるらしい。

 玉兎本人曰く、そこまでのスペースはないようだが。

 因みにニーナは『温かくて落ち着くところでした』と言っていた。

 玉兎マジで有能。

 お前、魔物溢れる砂漠より人里の方が多分向いてるぞ。羨ましい。


「ぺぷっ」


 ごろりと、玉兎の口の中からニーナが現れる。

 玉兎はニーナを耳で受け止め、ゆっくりと砂漠の上に降ろす。


 ニーナは光を浴び、すぐに目を覚ました。

 立ち上がってから寝ぼけてかふらついたところを、玉兎がすっと耳で支える。


「あ、ありがとうタマちゃん」


 ニーナが玉兎の頭を撫でる。

 本当にこの二人、仲良くなったな。違う、一体と一人か。


「グゥルァッ」


 なぁニーナ、港街、こっちであってるんだよな?

 あとどのくらい距離がありそうだ?


「…………」


 なかなか返事がない。

 なんだ、どうしたんだ?


「ぺふぅ……」


 玉兎が目を閉じ、また大きな欠伸をひとつ吐いた。

 返事ないっつうか、コイツがそもそも翻訳しようと身構えてなかっただけか。

 いつも俺の思念の翻訳も俺にも教えてくれてたからな。

 それがなかった時点で玉兎のところで止まってると察するべきだったか。


 おい、翻訳してくれって玉兎。

 なんだ、そんなにまだ眠いのか?


「ぺふぅ」

『オ腹膨レテルカラ、眠タイ』


 昨日いつにも増して喰ってたからな……。

 次から食糧減らした方がいいのかもしれんな。

 このまま欲する分だけ喰わせてたら、玉兎が野生として完全に駄目になってしまう気がするぞ。


「ぺふっ! ぺふっ!」

『起キタ! 起キタ! 翻訳、スル!』


 お、おう……。

 そんなに食事減らされんの嫌なのか。


「ぺふっ」

『街、ドノクライ掛カルノカッテ』


「……早かったら、今日中には見えてくると思います。あの向こうにある大きな骨に、見覚えがあるんです」


 ニーナが指す先を見れば、恐竜の頭蓋骨のようなものが埋まっている。

 多分、ドラゴンなんだろう。

 この世界を恐竜が歩いているのは想像できない。


 大きさは俺とどっこいどっこいといったところだ。

 あの骨と同種のモンスターが砂漠をうろついているとは思いたくない。

 結構古い骨っぽくてほとんど砂と同化しているので、もう生きている個体はこの砂漠にいないと信じたい。


 こっちは大ムカデと蟻から逃げ回ってるだけで精一杯なんだよ。

 これ以上変な奴は出てこないでくれよ頼むから。


 にしても……今日中か。

 歩いてて今日中なら、もしものことがあっても〖転がる〗全力で一気に港街に行ける。

 なんか他にニーナにやってやれることはねぇもんかな。

 ああ、そういや俺、〖救護精神〗がLv7まで上がったから白魔法取得しやすくなったんだったか。


 近いうちに〖レスト〗の練習しとこうと思ってたんだよな。

 ちょうど〖レスト〗の使える玉兎先生もいるし。

 どうせだったらニーナも一緒に練習させてみるか。

 回復魔法が使えたら、ニーナの街での扱いも変わってくるかもしれねぇ。

 一日やそこらでマスターできるもんなのかどうかはわからねぇが、俺だって昔紛い物ならなんとか成功したことがあるんだ。


 スキル認定されない弱っちい魔法くらいなら案外簡単に覚えられるのかもしれねぇ。

 擦り傷を治せるくらいの日常で役に立つような。


「グルァッ」


 そうと決まれば早速行動だ。

 玉兎よ、回復魔法を教えてくれ。俺とニーナに。


「ぺふっ?」

『ニーナ、ニモ?』


「ガウッ」


 ああ、ニーナが港町に行くときに回復魔法を覚えてると便利だと思ってな。

 ひょっとしたら待遇が良くなったりするかもしれねぇし、別れる前に覚えられたらいいなと。


 玉兎は俺の思念を読んでから、ニーナの方を向く。


「ぺふっ」

『最後ニ、白魔法、練習シテミナイカッテ』


「え……で、でも……」


 アレ、あんま乗り気って感じに見えねぇな……。

 名案だと思ったんだけど。

 やっぱそんな簡単にぽんぽん覚えられるもんじゃねぇってことなのかな。

 簡単に取得できたら〖レスト〗なんて便利魔法、みんな取得してるはずだし。

 俺は全然そういう知識がねぇから、認識に差があるのかもしれねぇ。


 今更だけど、俺ってかなり知識が偏ってんだよな。

 あるのは別世界の知識ばっかりで、かといってこっちの世界の知識がねぇかっつったらそんなこともなくて〖ステータス閲覧〗で補えてるわけだけど……こっちの世界の普通の住人って、多分〖ステータス閲覧〗とか持ってねぇと思うんだよな。

 ミリアとかもそんなん持ってるようには見えねぇし。

 そんなこんなで、この世界の住人と俺との間でどんどん認識がずれていってる気がする。


 ひょっとして俺かなり変なこと言っちまったんじゃねぇのか?


「ニ、ニーナ、でも……その……」


 声が掠れ、小さくなっていく。ちょっと泣きそうなようにさえ見える。

 なんだ。ひょっとしてあれか、回復魔法に嫌な思い出でもあったのか。


「ぺふっ」


 玉兎が、ニーナと顔を合わせて鳴く。

 〖念話〗を使わなかったのか俺には聞こえないようにしたのか、玉兎の思念は頭に入ってこなかった。

 ただ玉兎の鳴き声を聞いて、決心を固めたようにきゅっとニーナが口を横に結ぶ。


「よよ、よろしくお願いしますにゃっ!」


 ニーナはぺこりと、俺に頭を下げる。

 いや、俺も使えないんだけど。

 今の流れだと勘違いしてもおかしくねぇけど、〖レスト〗使えるのは玉兎だからな。

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