第16話

 一日しっかり身体を休め、とりあえずLvを上げようと森の中を歩く。

 あんまり遠くまでは移動したくねぇな。

 〖人化の術〗とやらを覚えて村に行ってみたい。


 また低Lvの灰色狼を追い続ける日々でも送るとするか。

 でもそれだけでLv40まで上げれっかなぁ……。


 なぁーんか、経験値豊富で弱っちいモンスターいねぇもんかな。

 格上か同等クラスの奴と闘わなきゃなかなかLv上がんないってのはわかるんだけど、命懸けての死闘とか続けてたら絶対いつか死んじまうだろ。


 同等クラスと闘って勝てる確率が二分の一と考えたら、俺が勝ち進んで立派なドラゴンになれる確率って何分の一よ。

 分が悪すぎんだろ。


 大抵この手のゲームには防御力が飛び抜けてるだけで戦闘能力はないのに経験値が高かったりお金をばら撒いてくれるボーナスモンスターがいるものだ。

 ここでもなんか、そういう存在がいてくれるとすごーく助かるんだが。



 とりあえず今は進化したてでLv1だし、雑魚狩り安定だな。

 効率とかは、もうちっとLv上げてから気にすればいい……とか考えていたら、急に身体が動かなくなった。


 いや、麻痺とかじゃなくて……ちょっとは動くんだけど、なんか見えないものが身体に絡みついているというか……。

 ステータスを確認してみるが、状態異常に陥っているわけでもない。


 がさり、木の上から一体の巨大な蜘蛛が落ちてきた。

 全身ド派手な真っ赤に彩られたソイツは、俺とほぼ同じサイズをしている。

 鋭利な真紅の歯を剥き出しにし、その間から赤紫の長い舌を伸ばす。


 やだ、この子俺の知ってる蜘蛛じゃない。


 しかし相手の姿を見て、自分が動けないのはコイツの糸のせいなのだと察した。

 目を凝らせば微かながらに細く白い糸が見える。


 とりあえず、ステータスを確認する。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:タラン・ルージュ

状態:通常

Lv :17/30

HP :78/78

MP :59/65

攻撃力:88

防御力:54

魔法力:74

素早さ:75

ランク:D


特性スキル:

〖忍び足:Lv4〗〖帯毒:Lv2〗

〖HP自動回復:Lv1〗


耐性スキル:

〖毒耐性:Lv3〗


通常スキル:

〖噛みつき:Lv3〗〖蜘蛛の糸:Lv4〗

〖麻痺舌:Lv2〗〖毒毒:Lv2〗


称号スキル:

〖森の暗殺者:Lv4〗

〖執念:Lv3〗

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 ヤベ、こいつ俺より大分強いぞ。


 進化するとLvがリセットされるのはいいのだが、それに合わせてステータスも下がった。

 適当に雑魚狩ってLvを上げて……と考えていたが、そんな間もなくDランクモンスターに捕まるとは思わなかった。


 この森を甘く見ていた。


 俺がこの大蜘蛛と張り合うためにはLvがちょっと足りない。

 つーかコイツ、攻撃力だけ飛び抜け過ぎだろ。

 足も俺より遥かに速い。


 しくじった。

 ステータスチェックして逃げてりゃ何とかなる、という甘い意識が俺の中にあった。

 そんなもん先制攻撃をくらったら意味がないというのに。


 次に進化するときはダークワームを磔にしておいて、すぐ仲間を呼ばせられるようにしておこう。

 低Lv時のレベリングは多分あれが一番だ。

 心がちょっと痛むが、命には代えられない。



 タラン・ルージュがベロリと舌舐めずりをする。その仕草が無駄に艶やかなのが腹が立つ。

 口から粘り気のある深緑色の体液がダラダラと落ちる。


 ヤバイ、喰われる。

 あの高攻撃力で飛びつかれたら、二発は持たない。

 つーか、まずこの糸をなんとかしなくばならない。


 このままだと無抵抗のまま喰われる。


 なんか、なんかねぇのかこの危機を脱せるスキルは!

 つっても手足も動かない状態じゃあスキルもクソもねぇか……って、あれがあったか。


 〖ベビーブレス〗で熱風を放てば、上手く行けば糸が発火するはずだ。

 俺の身体にも火がつくがそこは我慢だ。

 糸を焼き切って逃げるか、一気に畳み掛けて倒すか……倒すのは、ちっと現実的じゃねぇか。


 でも、使いどころはもうちっと選んだ方が良さそうだな。

 その場凌ぎじゃ、勝てねぇどころか逃げ切ることすらできそうにない。

 足も俺より早い。

 ここは見に徹するべきだ。一歩判断を誤れば、一気に喰い付かれる可能性もあるが。


 俺は真っ直ぐ睨み、タラン・ルージュを牽制する。

 まだ闘う意思があるのだと、その意気込みをアピールする。


「グゥォオオオオッ!」


 俺は叫びながら、可能な限り腕を振り回す。

 足を上げる。爪で宙を切る。


 この駆け引きが失敗すれば、俺は呆気なく殺される。

 身体に喰い付かれ、せいぜいよくて蜘蛛の額を一発殴れる程度でお陀仏だ。

 だが少しでもタラン・ルージュが俺の暴れっぷりを見て安全策を取ろうとすれば、まだ逃げ切る目はある。


 蜘蛛の表情なんぞ全然わからんが、タラン・ルージュが一瞬笑ったような気がした。

 必死に抵抗する俺を憐み、蔑むように。

 ダメか? 今からでも〖ベビーブレス〗を撃ってしまうべきか?


 それからタラン・ルージュが身体を回し、こちらに尻を向ける。


 俺はその様子を見て、ひとまず安堵した。

 俺は、賭けに勝ったのだ。


 タラン・ルージュの尻から糸が俺に発射される。

 昆虫サイズだったら許せるけど、等身大のモンスターが尻から糸出してんのってなかなか来るものがあるな。

 俺の身体に貼り付いてるのがあれと同種だと思うと尚更である。

 うわ、きったね!


 タラン・ルージュからしてみれば暴れている俺に無理に噛み付くより、もっと糸で雁字搦めにしようとしての行動なのだろうが、俺の思う壺だ。

 命のやり取りしてる相手にケツ向けて、おまけにそんな発火しやすそうなもん噴出してるんだから燃やしてくださいって言ってるようなもんだろコレ。


 俺は口を大きく開け、糸に息吹を吹き出す。

 ほい、〖ベビーブレス〗。

 向こう側が揺らいで見えるような熱風が糸とぶつかり、白いそれを火の赤で染め上げる。


 糸を伝い、タラン・ルージュの無防備な尻を火が襲う。

 一瞬遅れてその真紅の身体が熱風に包まれる。


「ェア”ッ!?」


 形容しがたい悲鳴を上げ、タラン・ルージュは俺にケツを向けたまま火達磨になり、その場に倒れる。


 あっつ!

 わかってたけど、俺もあっつ!

 糸は無力化できたけど、あっつ! 下手したらこれで死ぬぞ俺!

 身体中に糸ついてたからあっつ! 身体中に火回ってあっつ!

 なんか他に手ェなかったのかよ! 俺、ばっかじゃねぇの! あっつ!


【耐性スキル〖火属性耐性:Lv1〗を得ました。】


 あ……ちょっとだけマシになったかも。


 あれ、つか思ったより火、効いてんじゃね?

 糸辿ったお蔭で体内にまで炎ぶち込めたみたいだし、これ結構くらっただろ。



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:タラン・ルージュ

状態:火傷

Lv :17/30

HP :62/78

MP :56/65

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 あー……ダメージ、16だけかよ……。

 不意打ち直撃したし、絶対もっとくらってたと思うんだけど、ステ差が開いてるからなぁ。


 まぁ、仕方ない。

 元より倒すのは諦めてた節があるからな。

 状況が分からず錯乱してる間に、もう一発叩き込んどいた方がいいな。


 俺はいまだ硬直しているタラン・ルージュの背に飛び乗り、思いっきり〖痺れ毒爪〗で肉を抉ってやった。

 ドラゴン舐めんなやオラァァァアアッ!


 ガジッ! ガリッ!


「ァア”ァッ!」


 黒く焦げた体表から体液が流れ出す。

 そのまま勢いよく自らの頭を落とし、牙で重ねて傷口を穿つ。


「エ”ベッ!」


 うし、ステータス確認!



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:タラン・ルージュ

状態:火傷・麻痺(小)・憤怒

Lv :17/30

HP :42/78

MP :56/65

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 どんだけ状態異常ひっさげてんのよこの子……。


 軽かろうと麻痺付けれてたのは良かったけど、憤怒まで来ちまったか。

 あれだけやって半分削れなかったとかヤバいな。


 コイツ蜘蛛の分際で〖HP自動回復〗持ってるし、逃げるしかない。

 HP削ってる内から回復されるとか、ジリ貧過ぎんだろ。


 便利過ぎんだろなにそのスキル、俺も欲しいんだけど。

 火傷の自傷がヤバイんだけど。

 止まってるだけで回復とか、回復手段が睡眠しかなくて大ダメージ受けたらその日一日何もできなくなる俺に謝れよマジで。



 一秒でも長く麻痺が続いてくれることを願い、俺はタラン・ルージュを踏みながら逃げ出す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る