第243話

 アロは大分お疲れのようだったので、しばらく近くで俺も身体を屈めて休むことにした。

 前の進化では、〖ワイト〗から〖スカル・ローメイジ〗だった。

 正直、骨から魔術が得意な骨になったくらいの印象しかなかった。


 ちょっとでも人間に近づけりゃいいんだけど……。

 次で〖スカル・メイジ〗その次が〖スカル・ハイメイジ〗とかだったら可哀相過ぎる。

 何かわかればいいだが……と考え、ふと思い出す。

 〖ラプラス干渉権限〗

 あの得体の知れない称号スキルのことを。


 あのスキルを一方的に押し付けられたとき、未来の分岐のようなものを提示されたことがある。

 正直、頼りたくはない。

 神の声が畜生だっていうのはわかってるし、何かデメリットがないとも限らない。そもそも、あれがどの程度信憑性のあるものなのかもわかったもんじゃない。

 馬鹿勇者も俺と同じスキルを持っていたようだったが、俺に負けることになるなんて微塵も考えていないようだった。

 俺だって、結局あの予言のどれにも従わなかった。


 ……ただ、でも、どうしても気になってしまう。

 きな臭い相手なのはわかってる。わかってはいるが、しかし……聞かずにはいられない。

 神の声よ、アロは、人間に戻れるのか?


 念じた直後、ザ、ザザ、ザ、と頭に雑音のようなものが響く。

 前世で聞いたことがあったような気のする、人工的な音。

 強い不快感で、少し眩暈がする。


「ガァ?」


 ふらついた俺へ、相方が目を向ける。

 俺はなんてことない振りをして持ち直す。


【登録されていない非公開データを要するため、信憑性の高い値を算出することが不可能でした。】


 頭に他人行儀な声が響く。

 登録されていない? データ?

 なんだ? 何の話だ? 登録してねーのと非公開で、扱いが違うのか?


【また、貴方に認められていない権限の行使が不可欠となるため、公開することができません。】


 そう続けて頭に声がして、そこで神の声のメッセージは途切れた。

 ……勿体振っておいて、何も教えてくれねぇのかよ。

 確か、俺の〖ラプラス干渉権限〗はLv2だったな。Lvを上げれば教えてくれるようにもなるんだろうか。


 俺は首を振り、頭に残る不快感を振り払った。

 馬鹿らしい。もういい、これのことは放っておこう。

 役に立つとはどうにも思えねーし、むしろ足を引っ張られそうな気がする。


 アロを眺めていると、相方がぐいぐいと首を動かす。


「ガァッ! ガァッ!」


 どうやら黒豚を焼いて食べたいらしい。

 俺が黒豚に〖灼熱の息〗を吹きかけようと身体を起こしたとき、カランと音が鳴った。

 ちょうど同時にアロも立ち上がったところだった。


 相方は無言でアロをじぃっと見つめる。

 アロは相方が何を言いたいのか察したらしく、何事もなかったかのようにそうっと座った。


「ガァッ! ガァッ!」


 相方はアロが座ったのを見届けてから、また俺を急かし始めた。

 とりあえず首に頭突きをくらわせておいた。


「アガッ!」


 飯くらいちょっと待てって。

 めっちゃ気遣ってんじゃねぇかアロ。

 先にアロの進化をだな……。


 不貞腐れる相方から目線を外し、アロへと向け直す。

 アロはしゃがみ込んだまま動かなくなってしまった。

 如何にも『あー疲れちゃったなー』とでも言いたげな風に、すっと肩を竦めて手足を地に垂らす。

 ……ああ、これ多分、相方の飯が終わるまで動かねーわ。

 だから本当にアロに気遣わせてどうすんだよ。


 相方へ目線を向け直す。

 くいっくいっと顎で黒豚を示していた。

 こ、このヤロウ……まったく反省してねぇ。


 前回同様だと思えば、進化時に〖|魂付加(フェイクライフ)〗は不可欠だ。

 相方の機嫌をあまり損ねるわけにもいかない。

 俺は諦め、黒豚へと近づいた。


 範囲と威力を押さえつつ、黒豚へ〖灼熱の息〗を吹きかける。

 黒豚は周囲の草ごと熱される。草は黒く変色し、灰になっていく。

 黒豚から煙が昇る。焼けた肉の臭いが鼻奥を通り抜け、俺も思わずすんすんと鼻を鳴らしてしまう。


 なぁ、相方よ。

 俺もこれ、ちょっとだけ食べてみようかなと……。


 相方は一噛みで黒豚の腹に噛みつき、そのまま首を上に持ち上げて自らの口の中へと落とした。

 バリバリと音を立てて咀嚼し、ぺっと頭蓋骨の一部のようなものを吐き出した。


 牙の隙間に挟まった肉を舌で取り除きながら、『なんか言ったか?』とでも言いたげに俺へと目をやり、首を傾げる。

 こ、このヤロウ……。

 ……まぁ、これで機嫌は取れただろう。


 アロも相方の食事が終わったのを見届けてから、ゆっくりと立ち上がった。

 相方も自分がやることはわかっているらしく、アロへと首を伸ばす。


「ガァッ」


 相方が鳴くと、黒い光がアロを覆う。

 早速〖|魂付加(フェイクライフ)〗を使ったらしい。

 これで進化できるはずだ。


 ジュウウと、何かの焼けるような音がした。

 だ、大丈夫なのかこれは? 助けた方がいいんじゃねぇのか?


「…………ァ」


 黒い光の中から、低い掠れ声が聞こえてきたような気がした。

 アロは骨だから、声は出せなかったはずだ。

 相方と二人して慎重に黒い光を観察する。


 黒い光が薄れて行くと、中から人間らしきものが現れた。

 背丈が同じことと、ボロボロのリトヴェアル族の衣服を着ていることからそれがアロであることはすぐにわかった。


 だらりと伸びた髪が、目を覆い隠していた。

 髪質はぱさぱさで、水気をまるで感じない。

 わずかに覗く顔はほとんど土と同じ色をしており、それは手足も同じだった。

 触れれば剥がれてしまいそうな肌だ。


 骨だけではなく、肉がある。

 腐肉というよりも、土に近そうなものを感じるが。


 アロは自分の髪に手を当てた後、自分の手を顔の前に持っていく。

 アロは固まって、じーっと自分の手を観察し始めた。

 本人からすると、少しショッキングな姿なのかもしれねぇ。それでも、間違いなく人間に近づいている。


 アロはぱくぱくと口を動かす。

 上手く声が出せないようだった。

 とりあえずステータスのチェックから入る。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

名前:アロ

種族:レヴァナ・メイジ

状態:呪い

Lv :1/30

HP :50/50

MP :3/48

攻撃力:15

防御力:12

魔法力:20

素早さ:11

ランク:D


特性スキル:

〖グリシャ言語:Lv1〗〖アンデッド:Lv--〗

〖闇属性:Lv--〗〖肉体変形:Lv4〗


耐性スキル:

〖状態異常無効:Lv--〗〖物理耐性:Lv3〗

〖魔法耐性:Lv2〗


通常スキル:

〖ゲール:Lv4〗〖ポアカース:Lv3〗〖ライフドレイン:Lv2〗

〖クレイ:Lv5〗〖自己再生:Lv1〗〖土人形:Lv3〗


称号スキル:

〖邪竜の下僕:Lv--〗

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 スキルLvが大幅に上がっている。

 増えたのは……特性スキルが一つ、通常スキルが二つか。

 〖自己再生〗はわかるが、〖土人形〗に〖肉体変形〗って……どうにも不穏なものが多いな。


 種族についてもちょっと調べてみるか。


【〖レヴァナ・メイジ〗:Dランクモンスター】

【〖レヴァナ〗の中でも魔法を自在に操ることのできる力を持つ。】

【仲間を増やすことができるため、見つけたら逃がさずにすぐ殺せといわれている。】


 す、すぐに殺せ、か。もう死んでるんだけどな。

 絶対人間の目につくようにしちゃ駄目だな。

 これまでもそうだったんだが、今回は目撃情報を持って帰られたら死体が見つかるまで捜索が続きかねねぇ。


 〖レヴァナ〗が何を示すのかも気になるな。

 これも調べられっかな。


【〖レヴァナ〗:D-ランクモンスター】

【土を魔法で肉へと近づけ、身体に肉付けしているアンデッドモンスター。】

【生者の肉体へ強い憧れを抱いている個体が進化しやすい。】


 なるほどな。

 土っぽいと思ったが、この肉は元は土なのか。


 ……しかし、生者の肉体への強い憧れ、か。

 残酷なことをしちまったな、と少し考える。


 いや、今更だ。

 そんなことはとっくの昔にわかっていた。

 何が起こるのかもわからねーで、相方に軽い気持ちで〖|魂付加(フェイクライフ)〗を使わせちまった俺が悪い。


 だからこそ、贖罪の意味でも絶対にアロを人間に戻してやりてぇ。

 気が付いたら化け物になっていた心細さは俺だって嫌というほど知っている。

 そうした俺がいうのも身勝手な話だし、俺の一人善がりなのかもしれねぇが。


 しかし人間には近づいたが、ある意味では厄介な進化先だ。

 下手すりゃリトヴェアル族と対立しかねねぇ。


 俺の反応を見てか、アロが不安気に首を傾げる。

 わずかに土のようなものが首から零れ落ちた。


 大丈夫だ、アロ。

 俺が絶対守るからな。


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