第242話

 黒豚は右前足に大分ガタが来ているようだった。

 ふらふらと、ちょっと左に寄るような歩き方になっている。

 そりゃそうだ。あれだけ執拗に攻撃を受ければそうもなるだろう。


 アロは拾い直した自分の上腕骨を構え、黒豚へと向ける。

 アロも自分の残りMPが少ないのはわかっている。

 なるべくスキルは使わず、自分の|上腕骨のリーチ(アドバンテージ)と相手の|足の負傷(ディスアドバンテージ)を活かして戦うつもりだろう。


「フゴォッ! フゴッ!」


 と、そのとき、黒豚は地面を蹴って飛び上がり、宙で身体を丸めた。

 そのまま回転しながら着地し、転がりながらアロへと突っ込んでいく。


 アロは今まで必死に足を攻撃してきたことが無為になったと悟ったらしく、唖然としていた。

 骨を構えた姿勢のまま固まっている。


 ヤベェ、普通にやらかした。

 そういやあいつ〖転がる〗持ちじゃねぇかよ。

 あの戦法は止めるべきだったか。

 マジで〖転がる〗のこと意識から抜けてたわ。

 足攻撃しても意味ねーじゃん。


 い、いや、意味がないことはない。

 黒豚が〖転がる〗を使わざるを得ない状況に追い込んだのだ。

 〖転がる〗は確かに強い。速さも攻撃力も引き上げてくれる。

 俺も昔はずっとあのスキルに頼っていた。

 だからこそ〖転がる〗の弱みもわかる。


 〖転がる〗最大の弱点は、なんといってもあの小回りの利かない直線的な動きだ。

 いくら速さで負けていようが、どう動くのかわかっていれば対処はできるはずだ。


 黒豚が転がりながらアロへと近づいてくる。

 アロが斜めに下がり、木の横に立つ。

 黒豚はアロを追尾するように動く。


 アロは黒豚へと手を向け、小さな竜巻を起こす。

 〖ゲール〗で黒豚の軌道を逸らし、木に叩きつけるつもりらしい。

 さっき斜めに退いたのも木の近くに誘き寄せるためか。


 アロの奴、的確に〖転がる〗の弱点を見抜いてやがる。

 やるじゃねぇか。

 これならいけるはず……と思ったのだが、黒豚の〖転がる〗は〖ゲール〗などものともしなかった。

 竜巻を掻き消し、そのままアロを押し潰そうとする。


 アロは咄嗟に木の裏側へと退避した。

 ナイス判断だ。

 あそこなら〖転がる〗で攻撃し辛い。


 ……と思ったのだが、黒豚はスピードを落としながら木の周囲一周を回り込んだ。

 当然、裏側に隠れていたアロが〖転がる〗の餌食になる。

 アロは二メートルほど吹っ飛ばされて背から地面に落ちた。


 アロは起き上がろうとするが、途中で力尽きたようにまた地の上に崩れ落ちた。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

名前:アロ

種族:スカル・ローメイジ

Lv :4/13

HP :7/26

MP :4/22

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 い、今の一撃で19ダメージかよ。

 もう無理だな。ここまでか。

 充分頑張ったよ。


 黒豚はアロを撥ね飛ばした後〖転がる〗を解除し、足を地面に擦りながら減速して勢いを殺す。

 右前脚を引き摺りながらアロへと近づいていく。


 俺が〖鎌鼬〗を放とうとしたとき、相方が首を伸ばした。


「ガァァッ!」


 相方が鳴くと、アロを黒い光が包み込む。

 〖|魂付加(フェイクライフ)〗でHPを回復させたのだろう。

 ナイス相方。


 よし、アロ、早く黒豚から離れて戻って来い。

 そう思っていたのだが、アロは立ち上がるなり骨を握り締め、黒豚をぶっ叩いた。


「ゴッ!」


 トドメを刺す気でいたらしい黒豚は、その攻撃を正面からまともに受ける。

 黒豚が怯んだ隙を狙い、更にもう一発振りかぶる。


「ガブッ!」


 綺麗に脳天に決まった。

 豚は身体をふらつかせながらも素早く退いて間合いから離れ、アロの三振り目の攻撃を躱す。


 ア、アロ?

 いや、よくやったけど、あんまり無理するなよ。もうMPほとんど空なんだから。

 身体ぶっ壊れんぞ本当に。

 い、いや、〖|魂付加(フェイクライフ)〗で回復はできるけどよ。


 黒豚は再度距離を取ってから丸まり、〖転がる〗でアロへと突進していく。

 アロは腰を落とし、黒豚に対して握り締めた骨を伸ばす。

 そして正面から、黒豚の身体に骨を捻じ込むように突き刺した。


「グモォッ!」


 黒豚が悲鳴を上げる。

 しかし〖転がる〗の勢いは殺しきれず、アロは再び撥ね飛ばされる。

 手にしていた上腕骨が弾かれ、地面に刺さった。


 黒豚はアロを撥ねてから〖転がる〗が解け、ひっくり返って地に背をつけていた。

 だがまた身体を転がして起き上がり、怒りの顔で倒れているアロを睨む。


 アロは腹這いの姿勢から、片腕で立ち上がろうとする。

 だが力が足りないのか体力が尽きたのか、身体を起こせないでいるようだ。


 ま、まだ戦う気か。

 アロはこちらを小さく振り返り、確認するようにこくりと頷く。


 ……確かに、黒豚もそろそろ限界が近そうだ。

 気力さえ続くなら、このまま〖|魂付加(フェイクライフ)〗で押し切れるはずだ。


「ガァッ!」


 相方が鳴くと、再びアロを黒い光が包む。

 アロは起き上がり地に刺さっていた上腕骨を引き抜く。 


 それからはもう単純な殴り合いだった。

 黒豚が飛びつき、アロがカウンター気味に骨を振るい確実に打点を稼ぐ。

 アロがダメージを受ければ相方が即座に回復。


 何度かそれを繰り返した後、ついにアロの上腕骨が折れた。


「フゴ、フゴォ……」


 同時に、力尽きた黒豚がその場に倒れ込む。

 ランク上を本当に仕留めちまったよ。

 結構経験値入っただろこれ。

 俺が回復に徹して効率よく動けば、かなり楽に手っ取り早く経験値稼げるんじゃね?


 アロはふらつき、その場にへたり込む。

 糸が切れたように首を傾け、動きが止まった。


 ら、楽ではないな。

 回復魔術で強引に身体動かしてんだから。

 もしも生身の人間が真似したらひでぇことになりそうだ。


 俺はアロの頭を前足で触れる程度に撫でる。

 よしよし、よく頑張ったよ。

 かたり、首が俺の方を向く。


 ……これ、生きてるんだよな?

 手、進化したら治るよな?


 そういや、今のアロのステータスって……。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:スカル・ローメイジ

Lv :13/13

HP :26/47

MP :3/44

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 Lvが最大になってやがる。

 進化ができる。これで上手く行けば、アロは人型に近づくはずだ。

 アロはそのために必死だったんだろうからな。


 俺はごくりと唾を呑み込む。

 人型に……近づいたらいいんだけどな。

 でっけぇ骨の化け物とかになったら目も当てらんねぇ。


 頼むぞ、神様。人間っぽい奴を。

 ……ああいや、この世界の神様はクソ野郎だったか。

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