第241話

 アロが前に出ると、黒豚は興奮を増した。


「フゴォオッ!」


 黒豚は怒声を上げ、後ろ脚で地面を二度蹴る。

 地が削れ、砂が飛ぶ。

 黒豚は三度目に地面を蹴ったと同時に前へと飛び出した。


 アロは向かってくる黒豚の足許へと手を翳す。

 手許から出た光が、黒豚の進路の地面へと触れる。

 地面が変形し、わずかに盛り上がる。


 アロが進化したときに覚えた〖クレイ〗のスキルだ。


「フゴォッ!?」


 黒豚がそれにつまずいてすっ転び、右肩を地にぶつける。


 上手い。

 黒豚の直線的な動きを利用し、罠を張って行動を挫いた。


 黒豚はDランクにしては攻撃力と速さが控えめだが、それでもアロよりは遥かに上だ。

 まともに正面からぶつかればまず先手を取られるし、一撃もらえばそれだけで戦闘続行困難に陥る。


 だからアロにできることはこうやって相手の隙を作り、ちまちまとダメージを与えて後で入る経験値の割合をちょっとでも上げることだ。


 アロが左手を前に突き出す。

 ごきりと音が鳴り、服の袖から肩から左腕が落ちる。

 アロは姿勢を低くして落ちていく骨から上腕骨を掴み取った。

 ばらけた上腕骨以外の左腕の骨が、カラコロと重力に従って落ちていく。


 アロは掴み取った左上腕骨を、下から掬い上げるように黒豚の右前足根元へとスイングする。


「フゴォッ!」


 ごすっと鈍い音と共に、黒豚が悲鳴を上げる。


 あ、あの腕……後でくっ付くよな?

 あんなに振り回したら折れるぞ。


 アロがまた反対側から自分の骨を振るう。

 今度は黒豚の顔面を狙っているようだった。


 黒豚は骨を口で受け止め、首を曲げてアロごと引き摺ろうとする。

 アロは素早く自分の骨から手を放し、後ろ歩きでさっと距離を取った。


 黒豚が骨を噛みしめるとバキッと音が鳴った。

 それからプッと骨を吐き出して地の上に転がし、アロを睨む。


 ……あの骨、大丈夫だよな?

 どっか欠けたりしてねぇよな? 完全にバキッて鳴ってたけど。

 万が一罅入ってても治るよな? 治るかな?


 俺はちらりと相方へと目をやる。

 相方は「ガァ……」と鳴きながら首を下げる。

 そ、そうか。難しいかもしれねぇか……。

 ま、まぁ、ちょっと不吉な音が鳴ったってだけで見えてる限りでは問題なさそうだし……大丈夫、だよな?

 最悪でも進化で治ると思いたい。


 黒豚は殴打を受けた前足を確かめるように軽く地を引っ掻く。

 それから不機嫌そうに目を細める。


 前足に支障が出てくれたのなら儲けものだ。

 アロのMPはあまり高くない。

 魔力を全部吐き出したら、それ以上は殴り合いでしか戦えない。


 MPがなくなる前に黒豚の脚力を十分に削ぎ落せれば、純粋な殴り合いでもちょっとは戦えるはずだ。


 ……それに、骨引っ掴んでリーチを伸ばせるみたいだしな。

 リーチがあればスピード差はある程度補える。

 ただ見てて不安になるからあんましやってほしくないけど。

 自分の頭蓋骨ぶん投げたりしないよな?


 さて、あれだけ勢いよく受けたら黒豚もちっとはHP減ってんだろ。

 どれどれ。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:オインオイン

Lv :9/30

HP :52/68

MP :33/33

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 ……微妙だな。

 黒豚は最初からHPが57だった。

 つまり今の一撃でたったの5ダメージしか負わなかったということだ。


 いや、一撃じゃねぇな。

 〖クレイ〗を受けて転んだときのダメージ、思いっ切りスイングした骨を前足へくらったときのダメージ、攻撃を口で受けたときのダメージ、これを全部合わせてたったの5ダメージだ。

 多分内訳は1、3、1くらいか。


 ……まぁ、ランク上狩るのはキツイもんな。

 俺だってランク上を狩ったのはオオツボガメと大ムカデくらいだった気がする。

 どっちも自分の攻撃外で致命傷与えたし。

 最初からアロ単体で狩らせるのは諦めていたことだ。


「フゴォッ!」


 黒豚が再度向かってくる。

 先ほどよりも殺気が籠っている。

 速度は辛うじて落としていないものの、走りが左右に揺れている。

 やっぱり前足に受けたダメージのせいで走り辛いのだろう。


 アロは向かってくる黒豚へと手を翳す。

 黒豚が口許を歪め、地面を思いっ切り蹴って宙へと跳んだ。

 飛び掛かることで〖クレイ〗による妨害を避けようと考えたのだろう。


 だが、甘い。

 今回アロが手を向けたのは地面ではなく、黒豚本体へ、だ。


 アロの手の先から出た小さな竜巻が、空中にいる黒豚を襲った。

 〖ゲール〗の魔法だ。


 小さな竜巻は黒豚とぶつかると弾けて消えてしまう。

 だが宙にいる黒豚はそのせいでバランス失い、無防備になる。

 アロはその横を駆け抜けついでに素手で黒豚の前足を殴りつける。


 徹底的に足を狙う作戦らしい。

 そうだ、それでいい。


「オブッ!?」


 黒豚は顔面から地に落ちる。

 起き上がってから首を振るい、顔についた土汚れを落とす。


 その間にアロは先ほど黒豚に吐き捨てられた自分の右上腕骨を回収し、左手で握り締める。

 どうやらまだ腕として戻すという発想はないらしい。


 ま、まぁ、リーチは大事だもんな。

 ……リトヴェアル族の集落から槍とか借りられたらいいんだけど。


 しかし順調っちゃ順調なんだが、もう限界が見えてきたな。

 そろそろアロの限界だ。

 今のところアロが一方的に黒豚へダメージを与え続けてはいるが、それはMPがあるからこそできていたことである。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:オインオイン

Lv :9/30

HP :49/68

MP :33/33

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 これが今の黒豚のステータスだ。

 地道にダメージは蓄積しているものの、まだまだHPの底は見えない。


 一方、アロのステータスはこうなっている。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

名前:アロ

種族:スカル・ローメイジ

Lv :4/13

HP :26/26

MP :9/22

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 そう、すでにMPが半分を切っている。

 手の内の得意スキル〖クレイ〗や〖ゲール〗もすでに黒豚に見せた後である。

 あとはせいぜい〖ライフドレイン〗くらいだ。

 使える回数もせいぜい後一回が限界だろう。


 ここから後アロがどれだけ黒豚にダメージを与えられるかだな。

 そろそろ俺が助太刀に入る体勢を整えておこう。

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