第354話

 セイレーン二体の不協和音のためか、視界が歪む。吐き気がする。

 何も考えていられなくなってくる。

 この感じからして〖混乱〗の状態異常。……これは、〖混迷の歌〗のスキルか。


 俺は意思がはっきりしている内に、相方へと勢いよく頭をぶつけた。


「ガァッ!?」


 相方の悲鳴が響くが、その甲斐あってやや思考がクリアになった。

 すぐ隣に石頭があるってだけで、混乱への対抗策になるな。

 回復特化だから、ダメージ覚悟で思いっきり攻撃できるのもプラスだ。


 アロは俺の頭部へ手を当てながらスキルを使う準備をしていたようだったが、俺を見て安堵した様に笑みを浮かべて手を引いた。

 ……自力で解除してなかったら、頭に魔法スキル叩き込まれてたな。


 俺はトレントとナイトメアへと目を向ける。

 ナイトメアは地面に蹲り、脚を曲げて縮こまっていた。

 下手に動けばロクなことにならないとわかっているのだろう。


 さすがだ。

 まったく動かなくなられるのも状況によっては困りものだが、はっきり言って俺一人とアロのサポートで耐えている今、足手まといになりがちなナイトメアやトレントには、ああやって固まってもらっている方がいい。


 トレントは……ふらふらと、俺から離れて歩き回っていた。

 チクショウッ! 普通に混乱してやがる!

 ナイトメアの要領の良さを、ちょっとでいいから分けてもらえ!


「ギシャアアアアアアッ!」


 トレントが雄たけびを上げると、トレントを中心に黒い光の円が広がっていく。

 〖グラビティ〗のスキルだ。

 ……つーか、あいつがこんな声上げんの、久々に聞いたぞ。


 トレントがありったけの魔力を放ったらしい〖グラビティ〗は、なんと範囲内にいる俺、アロ、ナイトメアへと重圧を掛けることに成功した。

 アロは俺の首に凭れ掛かってどうにか片膝を突くにとどまっているが、ナイトメアはただでさえ蹲っていたところへ謎の重力波が襲い掛かり、地中に足先がめり込んでいる。

 ……後で糸でぐるぐる巻きにされんぞ。


「グゥオオオッ!」


 俺は叫びながら、セイレーンの片割れへと〖鎌鼬〗を放つ。

 ただ視界が歪み、上手く定まらない。〖鎌鼬〗はセイレーンの遥か下を通り抜けて行った。

 ク、クソ! もう少し、上に向かってみるか……?


 もう一体のセイレーンが、俺の背後へと向けて〖鎌鼬〗を放つ。

 俺はそれを尾先で弾いて掻き消した。

 二体のセイレーンは、俺を囲んで不協和音を奏でながら、ぐるぐると回る。


 ……集中力を乱されてる今、セイレーンのこの行動はなかなか厳しい。

 片方に意識を向ければ、もう片方へが疎かになる。その隙に、反対側のセイレーンが、アロ達を狙って攻撃を仕掛けようとしてくる。

 その対処に……と考え事を巡らせている間に、不協和音で思考が逸れていく。


 余計な考え事はせず、今は一つのことに集中するべきかもしれない。

 いくら考えようとも、今の俺にはやり過ごすのがせいいっぱいだ。

 ならばそれに専念し、他のことは今は見ないべきか?


 セイレーン達のMPも、アダム戦もあってあまり余裕はないはずだ。

 無為に〖鎌鼬〗を撃てば厳しくなるのは、セイレーン達の方だ。 

 そうなればいずれ、勝敗を焦ったセイレーンは、必ず戦法を変える。

 それは次善策になる。現状よりも、隙が大きいはずだ。それまで待つか?


 俺は極力精神を落ち着けながら、飛んでくる〖鎌鼬〗へと対処することにだけ意識を向ける。

 時折アロが〖クレイ〗で砂の塊を作り、トレントにぶつけて正気を取り戻させているようだった。

 余裕ができたときには〖ゲール〗で竜巻を作り、二体のセイレーンを牽制してくれている。


 二体のセイレーンが俺を中心に回り、俺が〖鎌鼬〗を対処し、トレントが〖グラビティ〗と〖クレイスフィア〗を味方に使い、アロが混乱したトレントを正気に戻す。

 その繰り返しが続く、地味な戦いが展開されていた。


 そうしていく内に、段々と、セイレーンの〖鎌鼬〗の頻度が落ちていく。

 歌い続けることに疲れて来たのか、俺の〖混乱〗症状もマシになってきた。

 そろそろ向こうさんも後がなくなってきた頃だろう。


 俺は隙を窺い、アロの〖ゲール〗に乗じてセイレーンの片割れへと〖鎌鼬〗を飛ばした。

 だがまだ万全ではないことと警戒されていたせいとでか、セイレーンはゲールを最小限の動きで回避した後に、飛行速度をズラして〖鎌鼬〗を掻い潜った。

 そこへ偶然、トレントの〖クレイスフィア〗、要するに土球が襲い掛かった。

 歌い続けながら俺の即死級攻撃を回避し続けることに精神を疲弊させていたセイレーンは、奇行を続けるトレントさんは完全に意識の外にあったらしかった。


 大したダメージになっていた様子はなかったが、どうにもそれがセイレーンに現状の戦法を諦めさせるきっかけになったようだった。

 〖クレイスフィア〗を受けたセイレーンは顔を大きく歪ませて首を振るい、土汚れを落とす。

 それから片方のセイレーンへと目配せをした。

 その後、セイレーン達は不協和音を奏で続けながらも、移動している俺を中心にした円の半径を狭め、どんどん渦を巻くように俺へと接近してくる。


 近づいて来るとその分歌声がしっかりと聞こえるようになり、どんどんと気分が悪くなってくる。

 だが、近接なら俺が負ける要素はねぇ。

 来るなら来い。どっちも、一撃でぶっ飛ばしてやる。

 俺もだらだらと続く精神攻撃に疲れて来ていたところだ。


 セイレーンの合唱が、曲調を変えた。

 高低入り乱れる不協和音が不意に噛み合い、おどろおどろしく、激しい曲へと変わっていく。

 それと同時に、俺の乱れかかっていた精神もどんどん落ち着いていく。

 状態異常の感じはないが……〖死の歌〗か? だったら、速攻で終わらせる必要がある。

 俺は前足に力を入れた。


 ぴくりと、地に這いつくばっていたナイトメアが身体を起こした。

 ナイトメアの身体の前に、黒い光の球が浮かび上がっていく。

 〖ダークスフィア〗のスキルだろう。

 混乱の歌がなくなったので、何かできることはないかと考えて〖ダークスフィア〗を使ってみたようだ。


 だが、セイレーンはナイトメアよりも遥かに速い。

 それに歌うのを止めたとはいえ、〖混乱〗の余波も残っているはずだ。

 まともに狙いが定まるとは思えねぇが……何か、考えがあるのだろうか。

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