第353話

 こちらへ目掛けて飛んでくるセイレーンの内、先頭のセイレーンへと俺はステータスの確認を行う。

 奴らの知能がどの程度かわからないので何とも言えないが……先頭にいるということは、単純に素早さを含めたステータス、ひいてはレベルが最も高いとも考えられる。

 後続との差が微妙に広がっていることからもそれは窺える。

 とりあえず、一番強い奴から優先して確認を行う必要がある。


 俺は髪を振り乱し、歌声の様な叫び声を発しながら高速で飛んでくるセイレーンへとステータスの確認を行う。


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種族:セイレーン

状態:通常

Lv :69/80

HP :359/359

MP :228/423

攻撃力:287

防御力:311

魔法力:482

素早さ:550

ランク:B


特性スキル:

〖飛行:Lv7〗〖HP自動回復:Lv3〗〖多重奏:Lv8〗

〖MP自動回復:Lv5〗〖忍び足:Lv2〗


耐性スキル:

〖魔法耐性:Lv4〗〖麻痺耐性:Lv5〗〖石化耐性:Lv5〗

〖即死耐性:Lv3〗〖呪い耐性:Lv7〗〖混乱耐性:Lv5〗

〖幻影耐性:Lv7〗〖毒耐性:Lv5〗〖睡眠耐性:Lv5〗


通常スキル:

〖子守歌:Lv4〗〖混迷の歌:Lv4〗〖安らぎの歌:Lv4〗

〖死の歌:Lv6〗〖魅了の歌:Lv5〗〖怨嗟の歌:Lv7〗

〖悪鬼の歌:Lv5〗〖幻惑の歌:Lv7〗〖鎌鼬:Lv4〗


称号スキル:

〖狡猾:Lv5〗〖執念:Lv6〗

〖最果ての歌い手:Lv--〗〖死の合唱隊:Lv--〗

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 は、速っ……。

 俺の方が余裕で速いが、数が多いし、スキルに見慣れないものが多いこともあってやりづらい。

 こ、こいつらを今のアロ達に任せるのはちっと酷だぞ。やっぱし、Bランクは普通に強い。

 乱戦になれば、アロやナイトメア、トレントを守り切れるかどうか、自信がねぇぞ。


 速い上に、数も多い。

 おまけにスキルも詳細不祥のものが多く、極めつけに、奴らは遠距離持ちだ。

 ついに俺以外の〖鎌鼬〗の使い手に出くわしちまったようだ。


 〖鎌鼬〗ははっきり言って強い。

 打撃攻撃程威力はないが、割かしそれに近しい攻撃力を持つ。

 慣れれば乱射できる上に、射程も長い。撃つために掛かる時間も、魔法系統よりワンテンポ速い。

 牽制、雑魚狩りにも最適だ。同格相手でも、相手のタイプによっては距離を取って乱射したらそれだけで終わりかねないポテンシャルを秘めている。


 魔力底抜けのウロボロスな俺の六分の一程度のMPしかないが、決して低くはない。

 セイレーンはむしろMPが多いタイプだ。だが、さすがにアダム相手にいくらか削られたらしく、まだMPが回復しきっていない。

 〖鎌鼬〗を考えなしには撃てないはずだが、駆け引きの一環として連射も視野に入れられる範囲だ。

 アロ達に〖鎌鼬〗を撃たれたら、こっちとしては守りに出るしかない。


 とにかく、先制してみるか。

 俺は翼を羽搏かせて生じた風を魔力で固めて、腕を伝わせて爪先から放つ。

 風の刃、〖鎌鼬〗が先頭のセイレーンを襲う。


 そのとき、セイレーン達の声調が変化した。

 三体の鳴き声が揃い、ところどころで高さが変わり、ハーモニーを奏でる。

 おぞましい容姿には似合わず、まさに声の楽器というべき綺麗な音だった。


 〖鎌鼬〗が当たった……かと思ったとき、ぐらりと眩暈がして、先頭のセイレーンが、左右二体に分かれた。

 後続の二体も、それぞれ二体ずつに分かれている。二体でペアを組んで空を並走している。

 な、なんだこれ? あいつら……こんなスキルは持っていなかったはずだ。


 いや、違う。

 これと似た感覚をハレナエ砂漠で何度か味わったことがある。

 幻覚のスキル、〖ミラージュ〗だ。

 奴らが持っている〖幻惑の歌〗が、恐らく歌声によって〖ミラージュ〗同等の効果を発揮しているのだろう。

 Bランクモンスターが急に分裂するなんて、そんなことがあるわけがない。

 そんなもん俺でも戦いようがねぇ。

 あの一体ずつは、ただの幻惑だ。


 俺は強く念じて、幻覚を振り払おうとした。

 だが、三体同時に使うことで威力を底上げしているのか、少し姿がブレただけで、何もわからなかった。

 〖ステータス閲覧〗を使えば見切れねぇこともないが、並走しているため、片方にだけ、と狙いがつけにくい。


 クソッ、ただでさえ、三体全員の攻撃に対処しなきゃならねぇってのに……。


 六体のセイレーンが、気色の悪い笑みを浮かべながら俺を見下ろす。

 俺を馬鹿にしているようだった。

 ……困惑と焦り、迷いが、顔に出ちまってたな。


 先頭の二体のセイレーンがやや速度を落とし、他の二組と並び、高度を上昇させた。

 そして俺の斜め上方向で一瞬滞空し、翼を大きく動かして〖鎌鼬〗を放ってくる。

 一体のセイレーンから一発。幻影含めて計六発の鎌鼬が、俺達へ目掛けて降り注ぐ。


 や、やべぇぞ。

 いくらなんでも、数が多すぎる。

 いや、半分は幻だが……それがわからねぇ以上、下手に動いたらアロ達に直撃しちまう。

 守りに出るしかねぇが……これを続けていたらジリ貧だ。

 しかし、ギャンブルに出れねぇ以上、安全策に頼るほかない。


 そのとき、アロが、俺の肩の上へと降り立った。


「呪魔法〖カース〗!」


 アロの手許から、邪悪な三つの光が放たれ、軌道上にどす黒い直線を残しながら空へと登る。

 だが、〖カース〗の光は弱々しく、遅い。これでは、明らかにセイレーンまで当たらない。

 それに奴らの〖呪い耐性〗は高い。当たったところで、大した効果は期待できない。

 そもそも俺は呪いはあまり使ったことがないのでよくわからねぇが、〖竜鱗粉〗や〖病魔の息〗から見るに、治癒条件が特殊な代わりに遅延性の毒、といった印象が強かった。

 あまり直接的な戦闘面での活用は期待できない。


 お、おいアロ、下手に動き回るのはやめておけ。

 あいつら、ガチで危ね……ん? いや、アロはアンデッド特有のものなのか、〖状態異常〗無効のスキルがある。

 幻覚は状態異常には反映されないようだが、耐性スキルにはしっかりと〖幻覚耐性〗というものがある。

 ならば、アロには、奴らの姿が見えてんのか?


 だったら、話は早い。

 俺はアロの放った〖カース〗の延長線上にいるセイレーンと、そのセイレーンから放たれた〖鎌鼬〗にだけ意識を向ける。

 俺はトレントへと尾を伸ばし、セイレーンの内一体へと〖鎌鼬〗を放つ。

 セイレーン達は俺の迷いのない動きに、びくりと身体を震わせた。


 二つの〖鎌鼬〗が、俺の目前へと近づいて来る。

 先頭を飛んでいた奴が放った〖鎌鼬〗だ。魔力の差か、他の奴のそれよりも随分と速い。


 俺は顔を前に出し、片方の〖鎌鼬〗を受け止めた。

 顔に強烈な痛みが走り、額から左目瞼の下までを切り裂かれた。

 蒼い血が口許へと垂れる。

 つつ……ま、これくらいは許容範囲だ。


 もう一つの〖鎌鼬〗はアロの示してくれた通り幻だったらしく、俺に到達する手前で、光の泡となって拡散して消滅する。


  

 俺の放った〖鎌鼬〗は、空中でセイレーンの〖鎌鼬〗とかち合う。

 だが、俺の方が魔力はダブルスコアで上だ。

 俺の風の刃は、セイレーンのそれを完封した。セイレーンの〖鎌鼬〗を四散させ、そのまま真っ直ぐセイレーンの胸元へと飛んでいく。

 セイレーンは翼を閉じて、防御態勢を取る。


 風の刃がセイレーンへと当たる。


「アァァアァァァァアアアッ!」


 セイレーンの悲鳴が上がる。

 羽毛と、真紅の血が宙に舞う。


 横一閃に赤の傷を負ったセイレーンが翼を広げると、翼の下半分がだらりと垂れ落ち、腹部に深々と真っ赤に抉り傷ができているのが見えた。

 そのまま白目を剥いて落下する。


 〖鎌鼬〗の直撃したセイレーンの隣にいるセイレーンの姿が霞んで、宙に紛れて消えて行った。

 他のセイレーンの幻影も同様に消えていき、三体のセイレーンへと戻った。


 なんだ威勢よく飛んできた割には、〖鎌鼬〗ワンパンじゃねぇか。

 魔法と速度特化過ぎるな。俺と戦うにはタフネスが足りんよ。


 アダムを倒したくらいでデカい面をしないでほしい。

 奴はAランク最弱よ。

 ……ま、上手いこと不意突いて先手を打てたんだろうが、一回看破されたら終わりだな。

 アロ様々だ。


【経験値を1690得ました。】

【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を1690得ました。】

【〖ウロボロス〗のLvが97から98へと上がりました。】


 お? 上がった?

 前回のバジリスクが結構大きめだったからな。

 あれで超過してた分だろうか。


 これで逃げるか……と思ったが、残るセイレーンに撤退の様子はない。


 残る二体のセイレーンが、怒りの表情へと変わった。

 同時に、声の高さが変わる。

 先程までの高いソプラノ声から打って変わり、高低乱れる不協和音だ。


 気分が悪くなってくる。

 〖死の歌〗……は、使ってこねぇか。

 名前からして、恐らく〖デス〗に匹敵するスキルだろう。


 奴らは歌を重ねることで、歌スキルの威力を底上げしている。

 特性スキル〖多重奏〗、称号スキル〖死の合唱隊〗の効果だろう。

 単純に使っても、俺には効果がねぇとわかっているらしい。


 〖死の歌〗を使っている間は、他の状態異常スキルを使えない。

 無策に近づけば、その間に一蹴されることは向こうも理解しているようだ。


 一体落とせたから有利になったかと思ったが……その分、近づかれちまったからな。

 射程と攻撃速度で勝る分、長距離は俺が優位だった。

 中距離になったことで、そのアドバンテージがどうなることか……。

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