第94話 side:猩々
ボス、いなくなってから、五回ほど日が登って、同じ数だけ沈んだ。
ボスの教えてくれた、壺づくり、上達した。
ボスいないから、火起こすの、苦労した。
火吹きガエル捕まえて、なんとか代用してる。よく扱いに失敗して、毛、燃やされる。
ずっと前に見たことがあったニンゲンの持ってた、武器や防具、真似て作ってみた。
重いから、仲間から不評。硬いし、強いのに。
狩りのとき、オレだけつけてる。
防具のせいで上手く動けなくて連携取れなくて、仲間に蹴られた。
防具あるから、痛くなかった。アイツ、足押さえて泣いてた。防具、優秀。皆、つけるべき。
狩りと土捏ね以外は、ずっと、ボス、捜している。
洞穴を中心に、四体掛かりで動いてる。でも、まったく、手掛かり、ない。
いつもあれほどボスを気に掛けていた、姉御が捜索に加わらない。
姉御、きっと、何か知っている。そのはず。
でも、教えてくれない。
だいたい、一日中洞穴の隅で縮こまってる。
たまに、毒壺の中に頭突っ込んで、足、ジタバタさせてる。
空を見上げる。
赤い、日が落ちてきた。
もう、そろそろ、洞穴前に戻るか。
今日も、収穫なし。
オレは肩を落として、歩いて洞穴前に戻る。
他の三体、オレより先に戻っていた。
全員、浮かない顔をしてる。
「アオ?」
「アーオ」「アア」「アオアオ」
オレが尋ねると、三体共、小さく首を振る。
全員、成果なし。
溜め息を吐きながら、洞穴の方を見る。
ふと、気付く。
ボスがいなくなってから洞穴に籠りきりだった、姉御の姿、ない。
オレを見て他の三体も気付いたらしく、洞穴を見て、首を傾げる。
「キシ、キシィッ!」
崖のある方向から、姉御が慌てたふうに走ってくる。
こんなに慌てた姉御、ボス関係以外では、見たことない。
よっぽど大変なことが起きたか、ボスが見つかったか。
今、ボスが見つかったなら、もっと喜んでそう。
何事かと姉御を見つめていると、姉御は、洞穴入り口の石像を睨む。
ニンゲンの像の方だ。
ひょっとして、ニンゲン、来る?
姉御は肉を吊るしてある木に寄り、幹を引っ掻き始める。
何をしてるのかと疑問に思えば、オレ達を見て「キシィッ!」と、声を上げる。
手伝えって、ことか?
オレは木から肉を外し洞穴に戻る。
肉を壺の中に入れ、スコップ、四本取って洞穴前へ戻る。
他の猩々にもスコップを配って、肉の木を切り倒す。
姉御は満足そうにし、次にもう一本の木の根へと移動する。
どっちも、切り倒してしまうのか?
姉御の意図がわからず躊躇っていると、姉御が牙をチラつかせる。
姉御の牙、毒ある。
いつも止めてくれるボス、今、いない。
噛まれかねない。
オレはもう一本の木から肉を外し、洞穴へと戻る。
また外に出てくるとき、他の三体が木を、切り倒した後だった。
手分けして、切った木を洞穴の中に運んでいるのが二体。
残りの一体、スコップで根を掘り返してる。
ぼうっと見てたら、姉御に尻尾で軽く背を叩かれた。
オレもスコップ持って、根を掘り返す。
木の根も、洞穴の中に投げ入れる。
掘った後も、土掛けて踏む。全部、姉御の指示。
それからも、姉御の指示、続いた。
石像も、洞穴の中に運び入れる。思ったより重くて、一旦落とした。
壊れはしなかった。けど、ボスにバレたら怒られそう。
洞穴床の毛皮も一部剥いで、土を掛けて汚す。
これも、姉御の指示。
ボスにバレたら、本気で怒られそう。
途中で従うべきかどうか、悩んだ。
ボス、噛まないけど吠える。
姉御、吠えないけど噛む。
とりあえずオレ、毛皮に土を掛けることにした。
姉御の指示で、粘性の土で、汚した毛皮を洞穴入り口上部に固定する。
潜って外に回ってから、ようやくわかった。
外から見たら、汚れた毛皮が土の壁に見えて、入り口が分からない。
これで、外敵入って来る心配ない。
でも、オレ達は簡単に出入りできる。
多分、姉御、これでニンゲン撒くつもり。
だから、肉干す木も、石像も中に隠した。
姉御、賢い。怖いけど、頼りになる。
中に入って、壺から出した肉を食べてると、ニンゲンらしき足音が近づいてくる。
数は、四人ほどいる。
まずは戸惑うような声がして、それに対して呆れたような声が聞こえてくる。
ここに何かあると、見当をつけて来てたニンゲン、いるらしい。仲間から、詰られてるらしい。
ニンゲンの声が、数分ほど続く。
ひとり、またひとりと洞穴周辺から去って行って、ついに最後の一人が、他の三人を追って走って行った。
気付かれなかったらしい。
オレ、気になって入り口まで駆け寄って、毛皮を捲って外を見ようとした。
けど、姉御に止められて、結局そのまま、寝ることにした。
灯りにしてる光るキノコに毛皮を被せると、洞穴は一気に暗くなる。
誰かがそれをしたら、明るくなるまで、誰も鳴き声を出さない。それが、ここのルール。
朝。
毛皮のせいで日が登ったのに気づけなくて、起きるの、いつもより大分遅れた。
姉御の姿、なかった。
オレ、慌てて他の三人起こして、洞穴の外、出た。
姉御、洞穴の外で、ぼうっと立ってた。
それからオレ達見て、「キシッ」と鳴いた。
それでオレ、なんとなくわかった。
姉御、ボス捜しに、遠くまで行く。きっと、そのつもり。
お供しようと寄ったら、小さく首を振られた。
ボスにも、代理ボスの姉御にも出て行かれたら、オレ達、困る。
オレが頭を抱えていると、姉御、洞穴に顔を向け、「キシィッ」と鳴いた。
いつか、ボス連れて帰ってくる。それまで、ここを守っておけ。
オレには、そういうふうに聞こえた。
「アア!」「アオ!」「アァア!」
姉御を説得しようとする他の三体より前に出て、オレは姉御に頭を下げる。
オレの様子を見て、他の三体も鳴き声を止め、頭を下げた。
オレ達を見て、姉御は安心したように小さく頷いて、それから静かに去って行った。
姉御の姿が見えなくなってから、洞穴を振り返る。
ボスと姉御の不在の間、オレが、洞穴守る。
広げて、強化する。
武器もいっぱい作る。
他の群れと戦って配下にして、戦力も増やす。
ボスと姉御が帰還したとき、喜ばれるよう、準備する。
オレが武器作れば、他の猩々に後れを取らなくなるはず。
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