第229話

 入り込んできた日差しの眩しさに目を開け、俺は祠から這い出る。

 もう朝か。

 寝たときは陽の光のほとんど届かない奥にいたはずなのに、寝ぼけて祠の浅いところまで来ていたようだ。


「グゥォォォオオオオ……」


 俺は口を空に向け、欠伸を上げた。

 俺の欠伸に釣られ、相方が目を開けた。


 相変わらず、額には卵嚢をくっ付けている。

 正直、このまま孵んなきゃいいのになぁと思う。

 相方よ、蜘蛛は玉兎と違って懐かねぇと思うぞ。


「グゥァ……」


 結構がっつり寝たはずなのにまだ眠いのか、細目を開けて鬱陶しそうに俺を睨んでいた。

 ただ昨夜の喰い残しの貢物を見ると、相方は目の色を変えた。


「グァッ! ガァッ! ガァッ!」


 ぐいぐいと、貢物の方へと首を伸ばす。

 昨夜あれだけ喰ってまだ喰い足りねぇのかこいつは。

 ゆっくり配分して喰えば何食分かにはなったはずなのに、昨日の晩だけで相方は貢物を半滅させていた。

 もう半分は朝飯で消えそうな勢いだ。

 きっちり働いてもらってるから文句は言えねぇけど、もうちっと自重してほしい気はする。


 またリトヴェアル族が貢物持ってきてくれたらありがたいのだが、辺りに姿は見えず、気配もない。

 昨日の俺の態度が怖がられたのか、竜神様ではないとバレたのか。

 ひょっとしたら決まった日に行く……みたいな決まり事があるのかもしれねぇし、まだ希望はある! ……はずだ。


 俺が考え事をしている間に、相方は籠に口先を突っ込んで喰い漁っていた。

 鳥肉も猪肉も、すでに骨しか残っていない。

 もう喰い終わったのかよ。

 相方が喰うと俺まで腹膨れるし、相方の機嫌取っときてぇからなるべく相方に喰わせておいた方がいいんだけど……なんか口寂しぃな。


「ヒュフーッ!」


 ……満足気に鼻息を漏らす相方の横で、俺はガジガジと相方の吐き出した猪の骨を齧っていた。

 別にいいんだけどよ……うん……。


 適当に堪能したところで、俺は猪の骨の残骸を吐き出した。

 相方が憐みの目で俺を見ていた。


『……言ってくれれば、ちょっとはあげたのによ』


 あ、頭の中になんか来たぞ。

 着実と意思疎通ができるようになってきてる感じがするな。


 俺は相方の喰い散らかした残骸の横にある大きな壺へと目を向ける。

 相方はこれには口をつけていないようだ。


 すんすんと鼻を鳴らしてみたが、喰いもんらしき匂いはしない。

 肉だったら相方が放置してるはずねぇもんな。

 軽く前足で小突いてみると、水の波打つ音がした。


 飲み物か?

 蓋を咥えて開けてみる。

 無色透明の水だ。いや、でもこの鼻を抜けて上がってくるような匂い……アルコールか?

 つうことは酒だな。


 確かヤマタノオロチって酒飲んで酔っ払ってる間に殺されたんだったかな。

 あれは蛇だが、なんとなく縁起の悪い気がする。


 俺が壺の中を覗いていると、相方がすぅーっと首を伸ばしてきて、壺の縁を咥えて顔を天へと向けた。

 中身が一気に相方の口の中へと流れ込んでいく。


 首を捻って壺を地面へと叩き付ける。

 ガチャァンと壺が割れる。

 相方はぺろりと舌舐めずりし、口周りの酒を舐め取った。


「ガァーッ!」


 相方は唾を飛ばしながら満足気に鳴いた。


 てて、てめっ!

 次は分けるって言った癖に!


 つーか壺割るんじゃねぇよ勿体ない!

 次から気をつけろよ。リトヴェアル族に見つかったら怒ってると思われちまいそうだ。


 そうだ、壺に〖魂付加(フェイクライフ)〗やったら元に戻……らねぇよな、さすがに。

 うん、そりゃそうだ。壺の破片が呻き出す可能性の方がずっと高い。


「ガァァァッ」


 相方は嬉しそうに壺の破片の内側をぺろぺろと舐めていた。

 よほど酒がお気に召したらしい。


 一応、お前も俺なんだから、あんまり品のないことはしないでくれよ。

 あれ、今破片が口の中に入ってかなかったか?

 おい吐き出せって、後で腹壊すんじゃねぇのか。


 ……そういやずっと前に呑み込んだ聖剣とかあったな。

 あれに比べたら絶対マシだし、大丈夫か。

 今頃どうなってんだろ。

 腹の中に残ってんのか、竜の胃液的な奴で溶けちまったのか。

 どっちにしろべとべとでまともに使える状態じゃなさそうだが。


 貢物がなくなっちまった以上、今日からは自給自足だ。

 獲物を狩らなければいけない。

 ワイトに援護射撃を行わせて経験値を稼ぎ……ん、そういえばワイトがいなくね?


 祠の中にはいなかったはずだ。

 〖気配感知〗で辺りを探ると、祠の裏の方から微弱な反応があった。

 この感じはワイトの気配だろう。


 俺は祠を回り込み、ワイトの気配を追った。

 感知通り、ワイトは裏側にいた。

 屈みこんで手を地面に伸ばし、土を掻き分けている。

 土の浅い部分を摘まんで引っ張ると、土の塊が……いや、土にしては纏まりすぎている。

 あれは土に塗れた布だ。


 ワイトが手で布を払うと、土の奥から黒色が見えてくる。蔦の刺繍が入っていた。

 リトヴェアル族の服だ。

 ワイトが生前に着ていたものなのだろうか。


 ワイトは土をある程度落としてから、満足気に下顎の骨を鳴らす。

 それから足を曲げて身につけようとしたところでびくりと身体を震わせて動きを止め、こちらを振り返った。

 ワイトの眼窩と目が合う。

 ワイトは恥ずかし気に目を逸らし、しゃがみ込んだ。


 なんとなく見てはいけないものを見てしまった気になって、俺はさっと顔を伏せる。

 ……今まで裸みたいなもんだったじゃん。今更着替え見られるのは気にすんのか。

 いや、わかるような気がしなくもないけど。


 衣服の擦れる音が止むのを待ってから顔を上げると、ワイトはしっかりと服を身につけていた。

 土で汚れて破れているが、上下ひと繋ぎになっている黒いワンピースだ。

 マンティコアから助けたリトヴェアル族の女の子が着ていたものと似ている。

 貢物を届けに来た男はズボンを履いていたので、やっぱりワイトも女の子だったらしい。

 あったものを着ただけという可能性もなきにしもあらずだが。


 ワイトはカタカタと骨を鳴らし、その場でくるりと回ってから俺を見上げる。

 何か言いたいことがありそうな様子だ。

 俺が黙っているのを見て、カランと首を傾ける。


 ひょ、ひょっとして服の感想を求められてんのか。

 い、いや……でも、ぶっちゃけ骨だからなぁ……。

 か、可愛い……気がしなくもないぞ、うん。

 あ、後ほら、あれだ。一回川で洗って、完全に土を落とした方がいいかもしれんな。

 それ以上は……ノーコメントで……。

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