第351話
巣に帰還した俺達は、バジリスクの首から下と、探索で採取した果物や香草の詰まった壺を並べた。
バジリスク……これ、喰えるか?
いや、確かにこれだけ見たらでっけえ鶏ってことでどうにか喰えそうな気もすんだけど……この切断面の先に、真っ赤な目ん玉の白髪の爺ちゃん刺さってたんですよ。
『問題アッカ?』
問題しかねーよ……。
見かけもそうだが、中にも毒がどっぷり詰まってるからな。
黒蜥蜴の奴なら喜んで喰ったかもしれねぇがよ。
……まぁ、苦労して持ってきたもんだし、焼くだけ焼いてみるか。
蒸発した猛毒が漂ってきたら、さすがの相方もヤベェと気が付くかもしれねぇ。
相方が折れなかったら俺が折れよう。
ウロボロスは巨体だが、それを補う分、満足に喰えたことがねぇ。
マスクドバードはそれなりに量があったが、今でもちょっとカロリー不足感はある。
別になんも喰わずに数日動き回ったりすっから、後回しになっていた節があった。
今回の獲物はデケェし、見かけはただの鶏肉だ。今の内にしっかりと栄養を補給しておくというのは悪くない。
……それにここ、どうせまともな魔物ほとんどいねぇんだろ?
もうわかってんだよ。アダムにイヴ、セイレーンにバジリスクとくりゃあよお。
どっかに人頭つけなきゃ気が済まねぇのかあいつらは。
俺はバジリスクの全身の羽毛を毟り、足の先端を切断した。
薄い赤紫の鶏肉が露になる。俺は爪で腹を縦に裂いた。ゴブゴブと、赤紫の血が流れ出る。
前足で触れると、痛みが走った。
前足の鱗の表面がちっと溶けてやがる。
俺は前足を振って、バジリスクの毒血を軽く飛ばす。
俺は裂け目に前足を入れ、バジリスクの体内を物色し、臓物を引き摺り出す。
真紫の、水風船みたいな臓器があったので、千切って前足で掴み、顔を近づける。
……毒袋か?
ここで作った毒を、全身の血に混ぜてる感じなんかな。
手で持っていると、毒がどぷどぷと溢れて来る。
俺は枝の下へと毒袋をぶん投げた。
いつつつ……結構、ヤベェ毒じゃねぇのかこれ。
触ってこれなら喰ったらマズイんじゃなかろうか。
俺がそう思い、作業をする手を止めていると、相方が顔を近づけて来た。
「ガァッ」
前足を優し気な光が包む。
〖ハイレスト〗のスキルである。
お、おう、センキュー……。
『早クヤレヨ』
相方がそわそわと首を揺らしながら思念を送ってくる。
ああ……はい、俺が手を止めてたのが気に喰わなかったのね。
とことん喰い意地張ってやがるよお前は。
俺はナイトメアにバジリスクを、上の枝へと吊らしてもらった。
毒血がだらだらと垂れていく。これで毒が抜けて、ちょっとはマシになってくれたらいいんだがな。
採取した中に、毒気を和らげてくれる薬草があったな。
アレを砕いてバジリスクの腹の中にぶち込んどくか。
俺はアロに手伝ってもらい、あれこれと採取した薬草を並べ、一つ一つ再確認していく。
その結果、〖ポイゾニングハーブ:価値E-〗、〖アドミラブ・マンドゴラ:価値C+〗、〖ハーベル草:価値D〗、〖レッドホット草:価値E-〗を今回は使うことにした。
ポイゾニングハーブは、毒消し効果のある薬草である。
多少はバジリスクの毒気もマシになるはずだ。
ハーベル草は誘眠効果のある香草である。
レッドホット草は唐辛子のような辛味のある草だ。
せっかくだから、使えそうなもんは積極的にぶち込んで行こう。
アドミラブ・マンドゴラは、真っ黒な人型の根っこである。
太った子犬くらいの大きさがあり、見かけは巨大なニンジンに近い。
ぶっちゃけ魔物だったが、Eランクモンスターだったので何ら苦労せずに倒すことができた。
神の声の説明によれば、食欲を促進させる独特な匂いを放つため、高級食材として扱われているようであった。
ただ少々匂いが強すぎるため、使いどころは選ばれるようだが。
鼻を近づけてみると、ニンニクに近いことがわかった。これならば使っても大丈夫だろう。
俺の爪では小さすぎて刻めないため、アロに頼んでこれらの植物を刻んでもらうことにした。
アロはポイゾニングハーブ、ハーベル草、レッドホット草、アドミラブ・マンドゴラを、〖ゲール〗であっという間にバラバラにした。
一瞬であった。
小さな竜巻がアロの指先から出て、四種の植物を切り混ぜて一か所に固めた。
す、すげぇ……。
俺が呆然としていると、アロが得意げに俺を振り返った。
お、俺も、〖ゲール〗欲しいな……。
四種の植物を織り交ぜたところへ、海水から生成した塩を掛ける。
アロにまた壺を作ってもらい、出来上がった香辛料を保管することにした。
バジリスクを降ろし、先程作った香辛料を全身へと満遍なく振り掛けて揉み込んだ。
仕上げに、腹の中に塩もみしたポイゾニングハーブをこれでもかというほど詰め込んでやった。
足りなくなったので、一度大樹の下へと降りることになった。
ポイゾニングハーブは、さほど珍しくないので、少し探せばいくらでも見かける。
アロのお手製竈を〖灼熱の息〗で熱し、中にバジリスクを放り込む。
すぐに肉の焼ける匂いに混じり、アドミラブ・マンドゴラのかぐわしい香りが漂ってくる。
俺もついつい、竈から出る煙を鼻先で追ってしまう。
い、いいな、アドミラブ・マンドゴラ。
ニンニクよりも更に強いっつーか、しつこい感じの匂いで人は選びそうだが、俺はこれ、アリだな。
かなりアリだ。
相方も同意見らしく、だらだらと牙の合間から涎を流していた。
チラチラと何度も竈を確認し、皮がちょっと焦げ始めたくらいのところで取り出すことにした。
バジリスクは美しい光沢を放つ、巨大なローストチキンへと変わっていた。
俺はバジリスクの体内に詰めたポイゾニングハーブを取り出し、枝の上へと捨てる。
それからバジリスクに鼻を埋め、スンスンと匂いを嗅いだ。
こんがり焼き上がった肉とアドミラブ・マンドゴラの混ざった香りが俺を包み込む。
鼻の先に脂が付いた。
す、素晴らしい……。
完璧じゃないか。
お前はもう、バジリスクなんかじゃない。
誰が何といおうとも、立派なローストチキンだ。
「ガァァァッ!」
相方が吠えながらローストバジリスクへとかぶりつく。
ついに我慢の限界が来たらしい。だが、それは俺も同じことだ。
俺も負けじと、逆側からかぶりついた。
アドミラブ・マンドゴラの香りが俺の口内から広がって鼻腔を突く。
熱々の肉汁が舌と頬の内側へと染み込むのがまた堪らねぇ。
この世界に来て、ここまでまともな料理を喰ったのは初めてだ。
持って帰ってきてよかった、バジリスク。
散々対策したおかげか、毒気はそこまで感じなかった。
……なんとしても、アドミラブ・マンドゴラを、また回収しねぇとな。
俺は相方と共に口許を肉汁で汚しながら、そう決意した。
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