第505話 side:リリクシーラ

 ――イルシア達がウムカヒメと接触していた頃、リリクシーラは部下を引き連れ、大陸と最東の異境地の間にある孤島を訪れ、移動の休息を取っていた。


「……演算、想定状況の再設定、戦闘前提の調整、演算」


 リリクシーラは部下達から離れ、切り株の上に座って紙に羽ペンを走らせていた。

 〖ラプラス干渉権限〗には、未来予知にも近いシミュレーション能力がある。

 それを用いて、イルシアとの戦いに備え、戦略の確認を行っていたのだ。

 高い集中力を必要とするため、彼女の部下達を遠ざけさせている。


「想定【Lv:100】、攻撃寄りのステータスのドラゴンでの……」


 独り言を零す彼女の背後へと、六枚の羽を持つ、多腕の灰色の魔人が着地する。

 開いた目には幾つもの黒目が浮かんでいる。

 魔獣王ベルゼバブの人化形態である。


「よう聖女様ァ、ようやく連中を確認できたぜ。そっちは勝ちの筋は見えたのかァ?」


 リリクシーラは煩わしそうに彼を振り返り、目を細める。


「例のイルシアに、アンデッド、そんで人間が一人……ああ、そいつが持ってる剣も魔物だったな。後は大蜘蛛、トレントに大蜥蜴だ。それから、妙な奴が混じってた。人型だったが、多分魔物だな」


「魔物はどこまでが進化済みですか?」


「アンデッド以外全員だよ! ハッハハァ! 笑っちまうくらい最悪の状況だなァ? あの地の足跡でわかっちゃいたが、イルシアの奴、前とは全然違うぜ。神聖スキル複数持ちが至れる、伝説級って奴か? 聖女様も、ついに観念するときが来たんじゃねぇのかァ、これはよォ!」


 ベルゼバブが茶化す様に口にする。

 リリクシーラはベルゼバブの言葉にも動揺した様子は見せない。


「チッ! テメェ、マジでつまんねェ女だなァ。こんなガキのお遣いばっかりやらされんなら、勇者の方にでも殺された方がマシだったんじゃねぇのか」


 ベルゼバブはリリクシーラの部下の方へと目を向ける。


「聖騎士団と騎竜共にそんなに期待してやがるのか? アア? 俺様のとき同様の、騙し討ちに物量ゴリ押しかよ、芸がねェなァ。スライムやイルシア、竜王のときといい、つまんねぇ戦い方ばっかりしやがるぜ。たまにはもうちっとテメェが身体張ったらどうなんだ?」


 リリクシーラは今回の戦いのために、聖騎士団の兵力五十人、そして彼女らのリーアルム聖国の隣に位置するシャルド王国から借り受けた騎竜五十体を動員させていた。


 彼女の聖騎士団は練度も士気も高く、世界最強の武装集団とされている。

 騎士団長のアレクシオは世界最強を噂される武人の一人であり、他にも他国へまで名を広く知られる高名な剣士が多く存在する。


 また、シャルド王国は竜国とも称される国であり、世界で最もドラゴンの扱いに優れている。

 世界中から〖念話〗を扱える者を集め、国内の大崖にて多種に渡るドラゴンを飼い慣らすことに成功していた。

 今回リリクシーラは彼らを半ば脅す形で、最上級の軍事用騎竜である〖ゼフィール〗を五十体借り受けていた。

 〖ゼフィール〗は大規模での従魔化に成功した魔物としては他種の魔物とは頭一つ抜けた戦闘能力を有している。

 小国相手ならば、この五十の〖ゼフィール〗の群れだけで落とせてしまいかねないほどである。


 〖ゼフィール〗はシャルド王国の守護者とも呼ばれている。

 今回この騎竜の短期間での借り受けに成功したのは、リリクシーラがいざというときのため、以前から入念に行っていた下準備あってこそのものである。

 強引にことを進めるために、聖国側の内通者とシャルド王家の弱みを使い倒し、王国の重鎮を二人暗殺し、三人を自殺へと追い込んでいた。

 今回の件を不審に思う両国民も多く、リリクシーラと聖騎士団の評判をも大きく落とした上に、国家間の関係を著しく悪化させていた。

 リリクシーラにとっても、多くの対価を支払って得たリターンとなっている。


 過程はどうあれ、世界最強の騎士団と、人の扱える中では最上位の騎竜群である。

 伝説の竜を討つためにはこれ以上ない適した人材であるといえる。


 騎竜の頭を撫でている聖騎士の一人が、リリクシーラの視線に気が付き、表情を引き締めて背を伸ばし、頭を下げる。

 動きがぎこちない。まだ入って間もない、若い青年であった。

 リリクシーラが笑顔で手を振ると、青年は顔を赤らめていた。


「そりゃあれだけぶつけりゃ、そのテメェの想定してる伝説級って奴でも押し切れるかもしれねェな。緊張感のないこって。なァ、俺様はイルシアとぶつかる機会あんのかよ?」


「残念ですが、彼らは捨て石ですよ」


 リリクシーラは笑顔で彼らへ手を振りながら、当然のことの様にそう口にした。


「……あん?」


「【攻撃力:1000】、【素早さ:800】……これが、何かわかりますか?」


「知るかよんなもん。俺様の頭が悪いことは、お前が一番よく知ってやがるだろ?」


「現在の〖人間道〗の推定ステータスを相手取る上で、まともな打点の取れる最低限の条件です。これ以下は露払いか生贄にしかならないでしょう」


 ベルゼバブが首を傾げる。


「俺様は、数値のことなんざ自分より上か下かしかわからねェよ。で、聖騎士団の面子は、どれだけがそれをクリアしてるんだ?」


「ゼロ人ですよ」


「……ああ?」


「一人としてクリアしていないんですよ、あの五十人は。武器を強化するために聖国の国庫をかなり費やしましたし、機動力を補うためにシャルド王国との戦争を覚悟で〖ゼフィール〗を掻き集めましたが、別にそれは〖人間道〗への直接の打点にするためではありませんよ。速さも攻撃力も、最低水準からは掛け離れています。せいぜい、状況に応じてアレクシオが使うかもしれない、くらいですね。でも、それでいいんですよ」


 ベルゼバブは、細かい黒目の大量に浮かぶ眼球を用いて、聖騎士団の面子を見回す。


「あいつらは?」


「先程言ったではありませんか。全員、露払いと生贄ですよ」


 ベルゼバブが僅かに顔を顰める。


「ほーう、そんなにヤベェのか伝説級は。じゃあテメェは、のこのこ自殺にでも向かうつもりか?」


「無論、そのつもりはありませんよ。〖大監獄の悪魔〗ことアルアネと、貴方と〖竜王〗がいますからね。条件は満たしていませんが……〖悪食家〗のハウグレーは、例外的に対応し得る人物です。〖ラプラス干渉権限〗の演算結果では、想定しているステータスであれば、総勢で一気に叩くことができれば九割方押し切ることができると出ています」


「へぇ……俺様の出番は回ってくるわけか。そいつはいいじゃねェか」


「聖騎士団には〖レスト〗の使い手が少なくありません。それに、〖再生師〗のオウルに加えて、アルアネもいますから。駒をなるべく失わずに、理想的な盤面へと持っていける手筈も整っています。聖騎士と騎竜、総勢百の生贄で流れを作り、上位組で徹底的に〖人間道〗の気を引き続けて配下の魔物を削り、不確定要素を払ったところで、残った戦力で〖人間道〗を叩きます。例の霧のせいで合流が難しいのが難点ですが、幸い主戦力の貴方方はすぐに呼び戻すことができる上に、情報共有が楽ですから」


「……そういうのじゃねぇんだよなァ、戦いっつうのは。とことんつまんねェ根暗女に飼い殺しにされちまったもんだぜ」


 ベルゼバブはうんざりした様に言い、聖騎士団の中の、小柄な老人へと目を向ける。


「アレでいいのか? テメェが必死にアプローチしてた、伝説の剣豪、〖悪食家〗のハウグレーはよ。初めて見たが……アイツのステータス、その辺の聖騎士と大して変わらなくねぇか? 聖騎士団ご自慢のアレクシオのがずっとマシじゃねぇか、マジでまともに戦えるんだろうなァ?」


「貴方より、ずっといい仕事をしてくれるかもしれませんよ」


「それだけは絶対にねェよ」


 ベルゼバブが少しムッとした様に答える。

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