第91話
狼の下半身に、人間の上半身。
ケンタウロスのような姿をしたスライムが、俺と向かい合い、足を止める。
スライムはわざとらしい動作で頭に手を当てて、「近くにいるのは、三体だけか」なんてぽつりと呟く。
その呟きに応えるように、獣の鳴き声が聞こえてくる。
恐らく〖魔法波送信〗により、マハーウルフの増援を呼んだのだろう。
「本当にしつこいね、君も。僕を残しておくのが、そんなに怖いのかな? それとも、僕が村にちょっかい出すのが気に喰わないの?
さっき逃げた蜥蜴ちゃん、すぐそこに隠れてるのはわかってるんだけど、あっちから狙っちゃっていいいんだよね?」
どうして、なんて聞かれたら、理由はやっぱりその二つだ。
こんな危ない奴が村に行くのは見過ごせねぇし、村にドラゴン嗾けやがったことも許せねぇ。
村にはミリアがいるし、グレゴリーとの約束もある。
それにこの化け物は、放置しておけばどんどんスキルを集めて強くなるのだろう。同じ森で暮らす以上、先延ばしにしたところで、いつかまたぶつかることになるのは明白だ。
黒蜥蜴や、猩々達の命にも関わる。
絶対に、この森に奴を残しておくわけにはいかない。
〖星落とし〗で崖底に叩き込んでも、糸を使って壁に張りつき、あっさりと這い上がってきやがった。
黒蜥蜴の〖特殊毒〗だって、黒蜥蜴から〖解毒〗のスキルをぶん盗って強引に解毒しやがった。
だが、それで万策尽きたってわけじゃねぇ。
本当は使いたくなかったが、まだ一つだけ手はある。
「グルワァッ!」「グルォアッ!」「グルワァッ!」
鳴き声と共に姿を見せる、三つ目の蒼き狼、マハーウルフが三体現れた。
今さっきスライムが呼んだ奴だろう。
マハーウルフはスライムの周辺まで移動すると俺に顔を向け、歯茎を見せて唸りながら威嚇して来る。
そこまでLvも高くない。
あのHPなら、一発尻尾を打ち付けてやれば動けなくなるだろう。
向こうもそれは承知だろうし、端から捨て駒ってわけか。手数を増やし、ちょっとでも俺に隙を作らせようという魂胆らしい。
ステータスなら俺が大幅に勝ってるし、スライムの技も大体見たから、初見のものは少ない。
あのトリッキーな戦術も、ネタが割れればそれまでだ。
正攻法ではこれ以上俺のHPを削れないと踏んだのだろう。
スライムがマハーウルフを睨むと、二体のマハーウルフが俺へと向かってきた。
いや、俺に向かってきたわけじゃない。
左右に分かれて大回りし、それぞれ俺の背後に回り込む気だ。
一体待機で、二体を反対側に回らせて挟み撃ちか。的確に嫌な指示を出してきやがる。
あまり残りHPに余裕があるわけじゃねぇ。
スライムがタフさを売りにしてこっちを削りに来てる以上、余計なダメージを負うわけにはいかない。
俺は両方に目を走らせ、向こうの出方を窺う。
スライムは待機させたマハーウルフに手招きして近くに寄らせ、その額に手を置いた。
一瞬マハーウルフからスキルを奪うつもりかと思ったが、あいつのスキルを見るに、そんなことはとっくに終えているはずだ。
HPにも余裕がある……ということは、〖マナドレイン〗か。
スライムのMPの自動回復は、HPの自動回復に比べればかなり遅い。
ああやって手下にした魔物から戦闘中に奪って、MPを補給するわけか。
スライムのステータスを確認すれば、MPは少ない。
多少強引でも、今一気に攻めるのが吉か。
俺は腕を振るって宙を切り裂き、爪から〖鎌鼬〗を飛ばす。
狙いはスライムの伸ばした腕だ。
距離があったためあっさり回避されるものの、〖マナドレイン〗を中断させることができた。
俺は地を蹴って低空飛行し、スライムへと向かう。
背後に回り込んでいた二体のマハーウルフが、俺を追ってくる。
スライムとマハーウルフは、俺が接近すると左右に分かれた。
この動き、四体掛かりで俺を囲むつもりか。
俺は足を伸ばして着地し、スライムを目で追う。
「グルワァッ!」
真後ろから、存在をアピールするように吠えるマハーウルフ。
俺は前を向いたまま、鳴き声を狙って尻尾を振るう。
マハーウルフの鼻っ面に直撃する。
まともに当たったな、これで一体は無力化できたはずだ。
正面から飛び込んでくるマハーウルフに、〖ドラゴンパンチ〗をお見舞いしてやる。
マハーウルフは「キャイン!」と無様な鳴き声を上げ、ぶっ飛んでいく。
二体目終了、次は死角から来るはずだ。
素早く身体の向きを変え、三体目のマハーウルフを視界に入れる。
いや、こいつじゃダメだ。
マハーウルフの一撃くらいならもらってもいいが、スライムに無防備を晒すのは避けたい。
俺は素早く顔を90度回し、四体目のマハーウルフを見つける。
四体目!?
いや、さっきまで、絶対に三体だった。
慌ててステータスを確認するが、どう見てもただのマハーウルフだ。
つーことは、さっきの三体目が、死角に入った隙に変身能力でマハーウルフに化けたスライムか!
急いで振り返るも、マハーウルフに化けたスライムが、すでに間合いの内側まで入り込んできていやがった。
四方から囲んで来やがった時点で、なんか企んでるはずだと疑うべきだったか。
「グゥルグワァッ!」
俺は退きながら、腕を伸ばして〖痺れ毒爪〗で攻撃する。
俺の爪が掠った瞬間、マハーウルフの形が崩れ、色素が抜けて半透明になる。そのまま変形し、無数の針を俺へと伸ばしてくる。
針の塊と化したスライムを、両腕で受け止める。
腕が引っ掻かれた他に、結構腹の方も刺されちまった。
激痛に堪えていると、俺の背に牙が立てられる。
俺は尻尾で薙ぎ払い、今度こそ三体目のマハーウルフをぶん殴る。
ちらり、倒れているマハーウルフを横目で確認する。
顔の潰れているもの、首が折れかかっており倒れたまま身体を痙攣させるもの、前足と胸骨の砕けたもの。
三体ともまだ死んではいないものの、それなりの重傷だ。
起き上がって襲いかかってくることはまずねぇだろう。
スライムのMPは今少ない上に、身動きのとり辛そうな針玉状態だ。
マハーウルフも無力化した。
今が恐らく、絶好の機会だ。
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