第284話
俺はアロを背に乗せて崖の縁を蹴り、下へと飛び降りた。
すぐに翼を広げ、落下速度を落として慎重に底へと向かう。
〖気配感知〗を巡らせていると、底に近づいていくからか、ゆっくりとアビスの気配を肌で感じ始めてきた。
ぞわぞわと寒気がする。鱗に鳥肌が立ちそうだ。
「ヴェ……」「ヴェ、ヴェ……ヴェ……」
「ヴェェエェ……」
底から、アビスの小さな鳴き声がいくつも、壁に反響して響いてくる。
下がれば下がる程、どんどんと湿り気が増し、辺りが暗くなってくる。
やがて、崖底に犇めいているアビスの姿が目に見え始めた。
もう見慣れたと思っていたが、さすがにこの数のアビスが押し合っているところはなかなか精神に来る。
威嚇のつもりか、歯の多い口をガジガジと俺に向けながら涎をぶちまけている。
俺はつい目を逸らす。
崖壁の穴からもアビスが這い出し、こちらに敵意を向けているのが見えた。
……この距離なら、もういけるだろ。
ぶちかましてやれ、アロ。
アロは屈んで俺の背に手をやって魔力を吸っていた。
俺が目で合図を送ると、小さく頷いて立ち上がった。
「……〖クレイ〗」
アロは、アビスの大群が特に密集していた場所へと手を向ける。
犇めいているアビスを掻き分け、土が盛り上がって大きな柱が現れる。
アビスが体液を飛ばしながら宙を舞った。
さすがに今の一撃だけで死んだアビスはいないようだが、それなりに痛手を負わせられたはずだ。
「……〖ゲール〗」
パニック状態になっているアビスを、竜巻が散らす。
地形が変形したことに気を取られていたアビス達は、踏ん張ることもできずに四方へと飛び、壁に身体を叩き付ける。
この調子なら順調にいけるんじゃ……と思っていたところ、アビスが群がっていたところからとんでもないものが出て来た。
黄ばんだ、大きなドラゴンの骨である。
黄色をした謎のぶよぶよとした太い糸のようなものが眼窩や肋骨を問わず絡まり付いており、嫌に鮮やかな緑色で、やや透明感のある身体を持つ小さなアビスが、べったりと住み着いている。
アビスの幼体なのだろう。
アビスの幼体の身体は緑だが、顔と尻の先端は綺麗なオレンジ色をしていた。長いオレンジの脚は互いに重なっており、まるでラーメンのようだった。
その長い脚と、謎の黄色いぶよぶよが絡まっており……気色悪すぎてあんまししっかりと見たくねぇ。
「オオオオ……」
相方が首を捻りながら嗚咽を漏らす。
恐らくアビスに纏わりつかれ、卵を産み付けられたドラゴンの成れの果てなのだろう。
俺もここで死んだらああなるのだろう。それこそ死んでもごめんである。
とりあえず、それはいい。そこまではいい。
いや、何もよくはないが、ひとまずは置いてく。
問題なのは、そのドラゴンの首が、二つあったことである。
「……りュ、じん、サマ?」
アロが小さく零す。
く、喰われてやがった。
急にどっか行ったって話だったけど、アビスに喰われてんじゃねぇかよ!
何やってんだよおい、え、マジで?
俺は一度高度を上げ、亡き竜神様らしき死骸から距離を取る。
ダイブしてきたアビスが飛んできたので、翼で弾いて叩き落とす。
アロもショックだったのか、呆然としている。
つーかこれ、アロにどう説明したらいいんだ。
っていうかあれ、本当に竜神様なのか?
ひょっとしたら、ただ二つ死骸を重ねてるだけってことも……。
〖ステータス閲覧〗で確かめられるか?
【〖アンフィス〗:C+ランクモンスター】
【二つの頭を持つ、温厚なドラゴン。】
【人に害を為すアビスを好んで喰らうため、森に住まう人間からは神聖視される傾向にある。】
【そういったとき、〖アンフィス〗はあまり賢くはないので、意味もわからないまま無邪気に喜んでいる。】
竜神様ァアアアアっ!?
どうしよう竜神様……思ったより強くねぇぞ。
最低でもB-はあると思ってたのに、これじゃむしろアビスの餌じゃねーか。
翼はあるから飛んで強襲すれば、スキル次第でどうにかなるのかもしんねぇけど……いや、どうにかならなかったからこうなってんのか。
そりゃマンティコアと戦わねぇわ。
絶対無理だわ。竜神様、そもそもアビス喰ってただけで人間助けるつもりなんて全然なさそーだもん。
なんで俺があれだけヒビと〖念話〗で話したのに一切不審がられなかったか、ようやくわかったわ。
元から大したこと話してなかったんだな。
むしろ、色々訊きすぎてて違和感持たれてたんじゃなかろうか。
世代交代も普通にしまくってたんだろうな。
個人(個竜)じゃなくて、なんかアンフィス全員の特性みたいだし。
そりゃ時間も開くわ、別のアンフィスが来るのをずーっと待ってりゃ。
むしろ二体来ちまったときとかあっても不思議じゃねぇ。
あれ、でもそうだとすっと、マンティコアの生贄って…………。
…………まぁ、後でまた考えるか。
今はとにかく、目前のアビスだ。
俺は背中の上にいるアロへと目を向ける。
アロは俺と竜神を見比べてオロオロと困惑していたが、俺と目が合うと小さく首を振り、立ち上がった。
「〖ゲール〗!」
アロが両手を上げる。
魔法によって生み出された大きな二つの竜巻が現れ、地を這うしかないアビスを蹂躙する。
上からダイブしてくるアビスは、俺が翼や腕で叩き落とし続ける。
いける、余裕じゃねぇか。
考えすぎだったな。
地を這うアビスにゃ、まともに俺まで届く攻撃は持ってねぇ。
一方的にアロの狩り場だ。
【経験値を44得ました。】
【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を44得ました。】
やがて一体のアビスが力尽きたらしく、俺に経験値の配分が知らされた。
そこから一気にダメージの蓄積していたアビスが力尽きていき、俺の脳内にメッセージウィンドウが浮かんだり消えたりを繰り返す。
竜神に纏わりついていたアビスの幼虫も、アロの放った〖ゲール〗によって体液をぶちまけ、経験値へと変わった。
アビスもこれは勝てないと踏んだのか、どんどんと壁の穴の中へと引っ込んでいく。
……あそこは俺じゃ通れねぇからな。
数的には、巣穴の中にもっといっぱいいるんだろうなぁ……。
異常増殖したアビスを間引かない限り、リトヴェアル族と俺に平穏はない。
壁とか、崩してみるか? それかなんか長いもの突っ込むとか、餌でおびき出すとか……。
とりあえず、前代竜神を丁重に葬ってやりたいという気持ちはある。
竜神の骨には、謎の黄色いぶよぶよとした糸があらゆる所に絡みついており、何よりアビスの幼体の死骸が纏わりついている。
あのままじゃ、ちっと可哀相だ。
そのとき、俺の背をツンツンとアロが突いた。
振り返ると、アロは手を左右に伸ばしてパタパタとする。
……ひょ、ひょっとして。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
名前:アロ
種族:レヴァナ・メイジ
状態:呪い、魔法力補正(大)
Lv :30/30(MAX)
HP :116/116
MP :98/132
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
お、おお……うおおおっ!
ついに、ついに、Lvが最大になった。
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