第256話

 タタルクが上に戻ってから、また人化の術を解いて竜の姿へと戻った。

 MPを温存しておかねぇといけない。

 マンティコア程度に遅れを取る気はねぇが、念には念を入れて、だ。


 地に這い這いの姿勢になり、目を閉じて身体を休める。


「……本当に、おねーさんなの?」

「どうして……今更……今まで、どこに……」


 さっきのやり取りで恐怖がいくらか和らいだのか、ぽつりぽつりと声を掛けてくれる子が現れ始めた。

 ただ悪いが、竜神がなんでどっかに行って、今までどこで何してたなんて、悪いが俺にはわからねぇ。


 俺は目を開け、相方へと視線を向ける。

 相方も丁度、俺の方へと目をやったところだった。

 顔を見合わせ、お互い小さく首を振った。


 悪いが、子供達に返してやれる言葉はねぇ。

 俺は旧竜神とは別のドラゴンだし、かといって竜神の立場を捨てるわけにもいかねぇ。

 今が居心地がいいからといって、ずっと騙したままにするわけにいかねぇのはわかっている。だが、せめて明かすのは問題ごとがある程度が片付いてからにしたい。

 今のまま俺が去ることになったら、また何人死ぬかわかったもんじゃねぇ。


「竜神……さま」


 年長者の子が声を掛けてくる。


「……正直、わからないことだらけです。こんなことを言うのも、自分勝手なのかもしれませんが……でも、その……頑張ってください!」


 この子、本当に大人びてんな。

 俺がそう感心している間に、相方が首を頷かせた。


「グゥオッ」


「……そちらが、おねーさんなんですね」


 よ、よくわかったな。

 鋭い子だ。


「グゥゥ……」


 相方が満更でもなさそうに喉を鳴らす。


 洞穴に洩れていた夕焼けの赤の光が、時間経過に従って弱々しくなっていく。

 じきに、洞穴内を暗闇が包んでいく。月明かりが僅かに残るのみとなった。


 毎晩毎晩、こんな洞穴に放置じゃ、子供達もさぞ心細いだろうに。

 そんなことを考えていると、ヤルグの声が聞こえてきた。


「おい、時間だ。岩を退かすぞ」


「……あ、ああ」


 タタルクがヤルグに答え、入り口の蓋が動かされた。


 どうやら生贄の時間は近そうだ。


 ついに、この時が来た。


 俺は再び〖人化の術〗を使い、自分の首を引っ込めて相方に主導権を移す。

 この変化も随分とスムーズに行えるようになってきた。


 人化が完了した後、相方はほとんどボロ切れとなった服を掴み、嫌そうに身に纏った。

 人化が終わってから気が付いた。


 縛ってた縄、無理矢理解いたままじゃねぇか!

 拘束されてなかったら、ヤルグ逃げるんじゃねぇのか。

 あいつ、手の指持ってかれたの絶対トラウマになってんだろ。

 う、腕だけでも縛っとかねぇと。


「な、縄……おい、オレの腕、後ろで括ってくれ」


「え? は、はい……」


 女の子達は不思議そうにしながらも相方の許へ集まった。

 相方は彼女達に背を向け、腕を回す。なんとか必死に腕を縛ってくれた。

 ……かなり拘束が弱くなってるが、ま、まぁ、どうにかなんだろ。


 頭の上からは、ヤルグとタタルクの会話が聞こえてきた。


「タタルク、顔色が随分と悪そうだな。やはりお前には向いていないと見える」


「その、会議のことは……どう……この集落は……」


「まだ元他所者のお前に知らせる段階ではない」


「し、しかし……」


 タタルクの口答えの後、ゴンっと鈍い音が鳴った。


「あ、あがっ……!」


 タタルクがしゃがみ込んだような音が聞こえてくる。

 恐らく、ヤルグがタタルクの顎を、槍の反対側で突いたのだろう。


「こっちが危ないと思ったら、向こうの集落にまた頭でも下げて擦り寄るつもりか? 自分の命がそんなに大切か。お前は、本当に誇りというものがないのだなタタルク。そうでもなければ、今更になって集落を移ろうなどとは思わんか」


「ち、ちが……私は……」


 ヤルグの言葉を聞き、相方の眉がぴくりと動いたのを感じた。

 タタルクのオッサンは、自分を犠牲にしてでも人質を安全なところへ逃がし、集落を和解させたいと話していた。

 そのタタルクが、誇りのない臆病もんだと詰られているのは、確かに聞いていて気持ちのいいものじゃあねぇ。


「門番は今日までだな。ナグロム様の指示もあるので殺すとは言わんが、やはりお前は信用できん。また裏切らんとも限らぬ。こんな者を、集落外の見張りに立ててはおけぬ」


「…………」


「俺が降りて、今日の生き餌を引き上げてくる。お前はそこで待っていろ」


 ヤルグが冷たく言った後、洞穴へと縄が垂れてきた。

 相方はそれを見るなり、出入り口の穴へと駆け出した。

 ちょ、ちょっと待って! 何考えてんの!?


 相方は壁を蹴って跳び上がり、更にその途中で壁を蹴って飛距離を上げ、縄を使わずに穴を抜け出した。


「な、な!」


 穴を覗き込んでいたヤルグが、相方に驚いて大きく仰け反る。

 くるりとその場で宙返りし、ヤルグの顔面を膝で捉えた。


「ぶっ!」


 ヤルグがよろめき、その場に膝をつく。

 鼻を押さえながら、信じられないものを見る目で相方を睨んだ。


 お、おい、相方よ……。


「ああ? 力は抜いてんだから文句ねーだろ、こっちは毒盛られた身なんだから」


 今下手に動いたら、こっちの計画が飛んじまうから!

 気持ちはわかるけど、抑えて! あの人、オッサンの言ってたことも知らねーんだから仕方ねぇって!


「な、なぜ、拘束が緩くなっている……?」


「おら、どうした。オレを生き餌にするんじゃなかったのか」


「こ、このっ!」


 ヤルグが立ち上がり、相方の肩を押さえて地にねじ伏せようとする。

 相方が身体に力を入れ、それに抵抗する。


 ストップ! ストーップ! そいつ嫌いなのはわかったから、今はマジで落ち着いて!

 ここで揉めてオジャンになったら、死ぬのはあの子達だからな!


「……ちっ」


 相方が身体から力を抜いた。

 呆気なく地面に叩き付けられる。


「……はぁ、はぁ。さすがに、これ以上暴れる元気はないようだな」


 いや、本当は有り余ってるんだけどな……。


「ど、どうしますかヤルグさん」


「……連れて行く。俺に押さえられる程度の今の力なら、マンティコアを怒らせるほど暴れることはないはずだ。万が一を考えて身体が弱るまで後回しにするつもりだったが……縄を抜けたのと、壁を蹴って出て来たのが不気味だ。むしろ、放っておいたら逃げ出しかねん。先に生き餌にする」


 あ、危ねぇ。相方生贄にすんの、後回しにするつもりだったのかよ。

 相方の暴走が奇跡的にプラスに働いたな。もっとヤルグ蹴っていいぞ。


「いいのか?」


 すまん、冗談だ。真に受けないでくれ。お前ならやりかねんことを忘れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る