第404話

「グヴッ」


 相方が、口を閉じたままに籠った声を上げる。

 ヴォルクを含む相方の牙の隙間から、〖ハイレスト〗の光が漏れ出した。

 口内のヴォルクを回復させたのだろう。


 ナイスだ相方。

 直後に、噛んだ後のガムの如くぺっと吐き出されたヴォルクは、相方の唾液の飛沫を飛ばしながらも宙で回転して華麗に着地する。


「……一応、礼は言うぞ」


 床に降り立った後、自身の手にする愛剣が涎に汚れていることを確認したヴォルクの目に、やや嫌悪の光が宿る。

 け、剣は喰わなくてもよかったな。

 で、でも、咄嗟だったから、しょうがねぇじゃん……。


「最悪だ! ヴォルクまで完全に再起したぞ!」

「安心せよ、我らにはメフィスト様とサーマル様がついている!」

「……しかし、この状況は最悪だぞ」


 ヴォルクは足で床を蹴って移動しながら、巨大な剣を乱舞する。

 彼へと伸びていたナイト・スライムの伸縮自在の腕が、叩き斬られて四散する。

 続けて足を軽く曲げて跳び上がり、他のナイト・スライムを、背から鎧ごと上下に両断した。

 スライムの液体が散らばる。


 まずは状況を把握したい。

 俺は周囲のスライムの動向を観察しつつ、相方へと倒れた冒険者達の回復を頼む。

 相方が頷き、「ガァッ」と吠える。

 ハイレストの光が、広間のあちらこちらで輝く。


 俺は広間を見回す。

 この宴には、ミリアも招かれていたはずだ。

 ふと冒険者達を見ていると、深くマントを羽織る、金髪の女と目が合った。


 俺へと向けられた無感情な眼には、見覚えがある。

 聖女に付いていた、聖騎士のアルヒスだ。

 聖女の尖兵としてパーティーに紛れ込んでいたらしい。

 すぐにアルヒスは接近してきたナイト・スライムへと応戦すべく、俺から目線を外した。


 どうにもアルヒスには魔物である俺が受け入れられないのか、最初の頃からずっと一線を引いた態度だ。

 あくまでも一魔物、としてしか俺を見てはいないように思う。

 はっきりと自身の仕える聖女とは異なる態度だ。


 別の方面を捜していると、しゃがみ込んでいる黒髪の少女と目が合った。

 広間の隅で、俺の方を、目を見開いてみていた。


 俺は最後にミリアと会ったのは、ウロボロスに進化するよりも前だ。

 まさかミリアが俺のことに気が付いているとは思わない。

 急にドラゴンが現れたら、誰だって注目する。


 だが……ミリアの目を見ていると、グレゴリーを殺し、ミリアへと爪を向けて村を去ったときのことが、昨日の様に鮮明に脳裏に浮かんだ。


 視線に耐え切れず、思わず俺は目を背けそうになるが……横にいる男に気が付き、俺は慌てて視線を維持する。


 エメラルドとグレーのツートーンカラーの髪に、中性的な童顔寄りの顔つきに、毒のある笑みを浮かべるのは……王女の三騎士、『絶死の剣サーマル』であった。

 サーマルもミリア同様に、俺の方を見ている。


 ま、まさか、人質のつもりか?

 俺とミリアの関係を知っているのか?

 前にサーマルからミリアを守ったときのせいで、サーマルに、俺とミリアの仲が漏れたのか?

 いや、サーマルに、あのときの人化した俺と、今の竜の俺を繋げられるのか?


 それとも、奴らの親玉が、何故か生きながらえていたスライムだとすれば、奴から情報が漏れていたのかもしれない。

 スライムの奴の目前でミリアと話をしていた記憶はないが、あのときのあいつは、魔力波で干渉し合って情報を共有するマハーウルフのスキルを奪い、他のマハーウルフを自分の目として扱っていたようだった。


 とにかく今は、経緯はさしたる問題ではない。

 重要なのは、今サーマルが俺への抑止力となり得ると考えてミリアを確保しているらしいことで、実際に俺に対してそれが効果的であることだ。


「おい、イルシアッ! そうなんだろう、なぁ!?」


 やっぱり、俺の名を知っている。

 これであのクソスライムの可能性が、また一段上がった。


 サーマルの顔は、焦りと笑みがあった。

 窮地の中で、俺の名前という活路を得たという顔だ。


 他の兵達の様子からしても、聖女の襲撃は想定していたが、ウロボロスまで引き連れて来るのは見えていなかったらしい。

 魔王もある程度は準備があったようだが、敵対するリスクを冒して俺へと接触して見事に仲間に引き入れた分、前準備では聖女が一枚勝ったといえる。


 俺は牙を噛み合わせ、サーマルを睨む。


『オイ、相方。熱クナリスギンナヨ』


 わかっている。

 わかっては、いる。

 相手の情報量はわかんねぇが、向こうは確証に至ってはいねぇ。

 下手に反応を返せば、むしろミリアを危険に晒す。


「は、はは、はは! やっぱりそうなんだな? 急に固まったら、はいそうですと言ってるものじゃないか」


 サーマルが言葉を続ける。


「…………き、期待しているところ悪いですけど、仮に、あのドラゴンが、イルシアさんだったとして……私なんて人質にしたって……効果があるかは、わからないですよ」


 ミリアの言葉に胸が痛んだ。

 俺は顔を、他のナイト・スライムへと向ける。


 しかし、ひとまずはここのスライムの殲滅が最優先だ。

 魔王は経験値として冒険者を招いている。何もなければ、命は後回しにされる可能性が高い。


「それにっ! どうせあなたは、独断で私を殺せないはずです!」


 ミリアの声が聞こえて、俺は肩を震わせる。

 殺せない? それは、どういう意味だ?

 いや、なんにせよ、それが真実ならば、こっちにとってこの上なくありがたい情報だ。


「こ、このっ! 黙っていろ小娘! 図に乗るなよ、別に殺したって、構やしない……人質にさえならないなら、君に価値なんてないんだよ」


「きゃあっ!」


 視界の端に、サーマルがミリアの首に手を掛けるのが移った。


「グゥオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 俺は腹に魔力を込め、サーマル目掛けて〖咆哮〗を放った。

 一瞬、広間全体の動きが止まった。

 サーマルも表情を凍り付かせていたが、すぐに氷解させ、笑い始める。


「この女が大事かい? なら、来るといい。下っ端には任せない方がいいよ、酷く後悔することになる」


 そう言うとサーマルは、ミリアの腕を引き、他の部屋へと逃げていく。


「イ、イルシア、さん? どうして……」


 最後に、俺へと顔を向けるミリアと目が合った。

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