第369話

 リリクシーラの提案は、ある意味でそれは、この世界に魔物として生まれ落ちた俺が目指していたゴールでもある。


 聖女である彼女が後ろ盾となってくれるのであれば、ミリアのいた村との誤解を解いて彼女と再会したり、しがらみなく自由にあちこちを回って猩々達や黒蜥蜴を探すこともできるかもしれない。

 アーデジア王国へ置いてきたニーナと玉兎とも表立って再会することや、リトヴェアル族に向けられている偏見の目を取り除き、竜神として彼らの元を訪れることだって、決して叶わないことではないはずだ。


 聖女の影響力がどの程度のものなのかはわからないし、上手くいくばかりのことでもないだろう。

 どれだけ時間が掛かるかもわからない。だが、希望はある。

 

「グゥ……」


 俺は小さく唸る。

 会いたい。

 別れて来た奴らが元気に暮らしているのかどうか、今の状態ではそれを確認することだってまともには行えない。


「……そして、三つ目です。アナタが望むのならば、私の魔法でアナタを人間にしてあげることもできるかもしれません。こればかりは、まだ保証しかねますが」


 に、人間?


「〖聖女〗の起こした奇跡は、邪悪な魔物を、心ある善良な少年に変えた、という逸話が聖国には残っています。私がこの先、〖聖女〗のスキルレベルを上げていけば、いつかはそんな魔法を覚えることができるのかもしれません」


 ……人間に、戻りてぇのか、どうか。

 昔なら即答しただろう。だが、不思議と今の俺は、悩んでいた。

 それに、俺が完全な人間になったら、相方がどうなるのか。それさえわからないのだ。


 俺が黙っていると、リリクシーラが口を開く。


「色々と述べましたが……要するに私は、アナタの功績を正当に評価し、力の限り喧伝する、ということです。それに、アナタにとっても、魔王が際限なく力を付けていくことは、決して好ましくはないでしょう」


 俺はしばし考えてから、ちらりと相方の方を見る。

 相方は細めた目をリリクシーラへと向けていたが、俺の目線に気が付いてこちらを振り向く。


 ……なぁ、相方よ、どう思う?

 いつか魔王とやらとぶつかるのは目に見えてるし、強力な助っ人がいる間に片づけておいた方がいいんじゃねぇか……とは思うんだが。


『オマエガ身体ナンダカラ、好キニヤレヨ。タダ、オレハ、不必要ニ人間共ト馴レ合ウ気ハネェゾ。コイツノコトモ、イマイチ信用シテネェシ』


 結局、そこだ。

 情報的にも戦力的にも、俺はリリクシーラに大きな遅れがある。

 気を抜けばいいように扱われるのは、目に見えている。 


 ……一つだけ、聞かせてくれ。リリクシーラさんよ。

 その、災害だのの称号群は、どこで拾ったんだ?

 それによっては、俺は意地でも従えねぇ。


「アナタも、それは知っている事かと思っていましたが……。これは、必要に駆られた際に、神聖スキルを取り込むためですよ。要所さえ掴んでいれば、取得することは難しくありませんからね」


 やっぱり、この辺りの称号は、神聖スキルに関するものなのか。

 確かに思い返せば勇者を倒した際に、あの辺りのスキルにごちゃごちゃと変動があった。


「特定の称号スキルがなければ、譲渡が発生しません。人の支配者の力が必ず魔物に徒なす者の手に移るために、魔物の支配者の力が必ず人間に徒なす者の手に移るために、と、遠い時代に組まれた仕掛けであると、聖神様は仰っていました」


 ……しかしそれが正しいのなら、神の声である聖神は、システム内にいながらその穴を突くように動いているように思える。

 てっきりもっと、ステータスやらスキルやらといった、外側に位置している存在なのではと思っていたのだが……むしろ、この世界の法則に縛られているようだ。

 もしかしたらその聖神様とやら、神話も何も関係なく、俺の前に元の世界から魔物に転生して不老不死になった成れの果てなんじゃなかろうか。


「私はその気になれば魔獣王の力を手にすることができますが……他の〖スピリット・サーヴァント〗の候補がいないため、ベルゼバブを残しています。アナタが失敗し、聖国の存続や国間の関係といったことを考慮する余裕がなくなれば、私が向かいます。そして私が敵わないと判断した時点で、最終手段としてベルゼバブをぶつけます」


 そ、それ、大丈夫なのか……。

 元々、完全に制御できてるか怪しいんだよな?

 それにスピリット化してるとはいえ、ベルゼバブに神聖スキルは残ってるんだろ?

 最悪の場合、魔王の神聖スキルを奪ったベルゼバブが、完全に制御できなくなることも考えられるんじゃ……。


「ですので、最終手段です。聖神様にも何が起こるかはわかりませんでした。もしかしたら魂の縛を強引に振りほどき、復活するかもしれません。裏の出たコイントスをもう一度投げるようなものです。しかし、何もしないよりはマシでしょう」


 俺はちらりと、アロ、ナイトメア、トレントを振り返る。


 その……どうする?

 俺はアーデジア王国の城まで、行ってみようと思うんだが。


 アロに問うてみる。

 アロはアルヒスにアンデッド呼ばわりされたのが気に障っているのか彼女の方を睨んでいたが、俺と目を合わせるとこくこくと頷いた。

 表情から察するに、やはりついて来るつもりのようだ。


 ナイトメアに問うてみる。

 ナイトメアは相方の方を見て、一応は相方が反対していないのを確認すると、頭部をわずかに傾かせ、参戦を表明してくれた。


 トレントに問うてみる。

 トレントは少し身を退いて、アロとナイトメアを交互に見た後、幹を張る様に前へと出た。

 ……その、あんまり無理しなくてもいいんだぞ。

 この島が怖いなら、安全な森とか、どっか探してみるし……何なら、リリクシーラに頼んで連れて行ってもらうこともできるかもしれない。


 続けて、流れでトレントの隣にいつの間にかいたギーヴァへと目線を投げかける。


「クゥオッ! クゥオ!」


 ギーヴァは媚びるように身体をくねらせ、跳ね上がってくるりと見事な宙返りを見せてくれた。

 ギーヴァも付いて来てくれるつもりらしい、なるほど。


 アロ、頼んだ。


「……〖ゲール〗」


「クゥオオオオオオッ!?」


 アロの手の先から風が吹き荒れた。

 枝の表面が剝がれ、細い枝が折れる。

 強風に呑まれたギーヴァが宙へと投げ出され、下へと落ちて行った。

 悪いが、ギーヴァを連れて行くつもりはねぇぞ。


「ひとまずは引き受けていただけた、と考えてよろしいでしょうか?」


 リリクシーラの声に、俺は頷いた。

 

「そう言っていただけ……」


 そこまで言い、リリクシーラの整った顔が歪んだ。


「……何か、来てますね」


 遅れて、俺の感知が拾う。

 気配の元を探り、俺は巨大樹の遥か下へと目をやる。


 木の根元の方から紫紺に輝く鱗を纏う、巨竜がいた。

 鋭い牙を好戦的に噛み合わせる。怒りに燃える灼熱色に輝く瞳で俺とリリクシーラを交互に睨むのは、我が父竜こと竜王エルディアである。


 か、感知された!?

 いや、地下遺跡からここまで距離がありすぎる。

 大樹周辺には魔物も多い。来ているかどうかもわからない人間の気配を、魔物だらけのこの大樹でピンポイントで拾えたとは考えにくい。

 まさか、また俺の様子をチラチラと確認していたのか!?


 エルディアの怒りの咆哮が巨大樹へと響く。

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