第193話
「グァゥッ!」
なに、何この子、なんでこんな威嚇してくんの?
俺は前足を上げてもう一つの頭を掴み、遠ざける。
身体の支配権はこっちにあって良かった。
進化していきなり相方に喰い殺されるところだった。
「グァゥッ! グァゥッ! グァァアアッ!」
ちょい、あんまり耳元で吠えないでくれ!
煩いし怖いから!
もう喰いかかって来ないなら、放してやるから!
「グァウ……」
俺の意思が通じたのか、相方が静かになる。
良かった。
俺はそうっと手を放す。
「グァァァッ!」
すぐさままた喰らい付いてきた。
なんだこいつ。
俺は慌てて前足で押さえ込む。
とりあえず、しばらくこうしといた方がいいかもしれん。
ずっと掴んでおこう。放すと危険だ。
畜生、やっぱハズレだったか。
〖神の声〗が腹抱えて笑ってんじゃねぇかと思うと、本当に苛々する。
マジで大人しくしてくれ。
とりあえず、掴んでいる限りは安泰だ。
無事に進化できたことを、玉兎とアドフに報告せねばならない。
事前にわかっていてもやっぱり姿が変われば不安だろう。
ちらりと彼らの方へと目を向ける。
玉兎は目を細め、小さく身体を振っていた。
「ぺふぅ……」
あいつ、溜め息吐きやがった。
こっちは必死なんだけど。
アドフに至っては、剣へと手を伸ばす準備をしながら俺の相方を睨んでいた。
ま、待って! 斬らないで!
きっとこの子、いい子だから!
悪い子でも更生させるから! うちの子を斬らないで!
俺も最悪切り飛ばすかと思っていたが、自分の一部、ましてや頭だ。
ちょっと覚悟ができない。
抵抗感が凄い。
「グァウ……」
このままでは斬られると察したのか、相方の力が緩まった。
なに? 手を放しても大丈夫だよな?
警戒しつつ、ゆっくりと前足を下げる。
数秒ほど目が合ってから、ぷいっと顔を逸らされた。
な、なんかこれから疲れそう……。
席替えであんま好きじゃない奴と隣になったような気分なんだけど。
これからルームシェアどころかボディシェアなんだけど。
〖念話〗っぽいのとかできねぇのかな?
ツインヘッドは一応声を掛け合ってはいたが、なんだかあれはふざけ半分でやっているようにも見えた。
妙にコンビネーションが取れていたし、念話もどき持ちだったと思った方が納得がいく。
玉兎も〖念話〗は使えるが、相手の注意を自分に向けるためかよく鳴き声とセットで出してるからな。
おーい、聞こえるか?
「…………」
完無視だった。
やりづれぇ……。
ちょっと生物として不完全過ぎませんかね。
「とりあえず、大丈夫なのか? 俺のことはわかるのか? 軽く、唸ってみてくれ」
アドフが剣に伸ばした手を止めたまま、俺に声を掛けてくる。
「グゥゥ……」
ウロボロスの声が高いのかと思っていたが、相方の鳴き声が高いだけだったようだ。
厄病竜よりは少し高い気もするが。
「……そっちの頭は、動かせないのか?」
「グォオ……」
はい、残念ながら無理です。
俺は首肯した。
「そ、そうか……」
アドフは少し躊躇いながらも、剣に伸ばしていた手を引いた。
玉兎が、死んだ魚の目で俺を見ていた。
……と、とにかく、これからのことを考えよう。
今のステータスのままでは駄目だ。
回復力やHPMPは上がったが、防御力はさほど高くない。
あの勇者の一撃で叩き潰されかねない。
頭が増えたが、はっきりいって戦力外だ。足を引っ張られる可能性もある。
勇者戦の邪魔になるようなら、本気で切り飛ばすのも視野に入れる必要がある。
もう一度、赤蟻の巣へと行く必要がある。
赤蟻達には悪いが、巣の主の経験値が欲しい。
あの統率の取れた動き、リーダーがいるのは疑いようがない。
蟻の習性的に女王だろう。
きっと経験値も高いはずだ。
赤蟻相手に攻撃力が落ちたのはいたいが、体力も跳ね上がったので安定した戦いができるはずだ。
レベルが上がれば、すぐステータスも取り返せる。
なんせAランクだ。期待していいだろう。
ただ赤蟻の巣に潜るには、玉兎の〖灯火〗が必要だ。
今日は俺が狩りをしながら赤蟻戦に備えてレベルを上げ、玉兎とアドフをゆっくり休ませた方がいいだろう。
明日、女王蟻を倒してレベルを上げたら、ハレナエへ乗り込むことになる。
アドフにも手伝って欲しいのだが……アドフは、利き腕が駄目になっている。
俺が無茶を通したがばかりに、その犠牲になったのだ。
アドフがいなければ、俺はあのまま赤蟻に集られて死んでいただろう。
物を持つくらいのことはできそうだが、以前ほど力が入らないようだ。
俺は剣など握ったことはないはずだが、それでもそれが剣士として致命傷なことはわかる。
……せっかく回復力特化の竜になったんだから、アドフの腕を治せる力があったっていいのに。
赤蟻の巣に突入するときには、外で待ってもらっていた方がいいかもしれない。
片手でも振れるようだし、まったくの戦力外というわけではないのが……それでも、前回のような働きは期待できそうにない。
酷だが、アドフに訊くのが一番早いか。
足手纏いになると思えば、アドフは退くだろう。
知り合って数日だが、わかる。アドフは身勝手な無理を通すほど青くない。
俺なんかより、ずっと熟練された精神を持っている。
「グォウ……」
「ぺふっ……」
『次、ドウスルッテ……』
アドフは目線を落とし、自らの右手に向ける。
それから唇を噛みしめ、ゆっくりと首を振った。
「悪いが……俺は、あまり力になれそうにない。それでも付いてきてほしいというのならば、付き合わせてもらう。だが、そのときは、何かあったらすぐに見捨ててほしい」
……やっぱし駄目か。
アドフには外で留守番しておいてもらうことになりそうだ。
砂漠に一人でいる間に魔物に襲われることもあるだろうが、それくらいなら今のアドフでも撃退できるだろう。
とりあえず動きの確認も兼ねて、俺一人で狩りに行ってみるか。
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