第673話 side:ミリア

「ついにここまで辿り着いたな、ミリア」


 メルティアさんが私へと振り返り、にっと口許を曲げて笑顔を見せる。

 頭の動きに続き、彼女の綺麗な金髪が靡く。


 私は都市へと目をやった。

 街並みは白一色であった。

 厳かな雰囲気の、背の高い建造物が並んでいる。

 建物の一つ一つが芸術品のような美しさを持っていた。


 ここはリーアルム聖国、その中心部である聖都リドムである。

 リーアルム聖国の長である教皇、そしてこの国を導く英雄である聖女の住まう地だ。


「……ここまで付き添ってくださって、本当にありがとうございます」


「ミリアの意志は固かったし、あのまま別れるのも後味が悪かったからな。それに、乗り掛かった船だ。元々私は拠点も目的も持たない流れ者。ここまで来たんだ、最後まで付き合うさ」


「メルティアさん……」


「それに、白魔法の使い手と二人で旅ができるのは、経験値的に美味しいとわかったからな。人数が少ないから頭割りで減らされにくいし、戦闘回数も熟しやすい。フフ、この機会を簡単に手放してなるものか」


 メルティアさんは口角を上げてそう口にした。

 私は自身の表情が綻ぶのを感じた。


「メルティアさんって、照れ屋さんですよね。褒められたり感謝されたりしたら、いつもすぐに自分で下げて誤魔化そうとするんですもん」


「き、気付いたとしても、そういうことを言うのは止めろ!」


 メルティアさんは顔を赤くしてそう言った。


 私達は聖都の中を歩いた。

 白い洗練されたデザインの建造物が並ぶ中、ところどころに彫像が立っている。


 どの彫像も細かく作り込まれていて驚かされた。

 ただ、その中でも一番人目を惹くものは比べるまでもなかった。

 都市の中心部に、三十メートルはあろうかという、巨大な天使の彫像がある。

 どうやってあれを造ったのか見当もつかない。


「凄い……」


「『ルミラの天使像』だな、私も聞いたことがあるぞ。あれは先代の聖女であるルミラが、七日掛けてたった一人で造り上げたものだそうだ。彼女が敬愛していた勇者ミーアがモデルになっているとされる。まぁ、そこは学者の中でも諸説あるようだが」


「た、たったの七日で……? 魔法スキルを使ったんでしょうけど、聖女の魔力はそこまで強大なものなんですね」


「或いはそう思わせて聖女という存在に箔を付けるために、誇張しているのかもしれないな」


 メルティアさんはそこまで言うと目を細め、周囲を一瞥してから、私へと顔を近づけて声を潜めた。


「ミリア……聖都リドムは、リーアルム聖国の中でも特に熱心な聖神教徒が多い。外での話題には気を付けた方がいいだろう。特に聖女リリクシーラの話は注意が必要だ。聖国の人間は、皆彼女を神聖視している。お前があまりいい印象を持っていないことは知っているが……」


「……大丈夫です。わかっています」


 私は小さく頭を下げた。


 私が聖都リドムを訪れたのは、王都アルバンで何があったのかを聖女リリクシーラに直接確認するためである。


 メルティアさんが王都アルバンの王城に招かれ、私も付き添いとして同行することになったあのときの事件。

 王城にいた兵は人に化けた粘体の身体を持つ化け物で、王女も魔物の王に成り代わられていた。

 私はあのとき、化け物の幹部である三騎士のサーマルに狙われていたが、イルシアさんの連れていた赤目の少女と蜘蛛の魔物に助けられ、窮地を脱することができた。


 そこまではよかった。

 だが、問題はその後だ。


 騒動が終わった後……いつの間にかアーデジア王国を支配していたのは、配下のスライムを道具として操っていた、高位のドラゴンだということになっていた。

 そして聖女リリクシーラが魔物の首魁であるドラゴンを追い出し、アーデジア王国を魔物の手から奪還することに成功した、と。


 しかし、そんなわけがない。

 イルシアさんはあのとき私を助けてくれたのだ。

 そもそも明らかにスライム達とも対立していた。


 イルシアさんが村でグレゴリーさんを殺したり、私に爪を向けたことも、きっと、いや、絶対に本意ではなかったはずだ。


 あのときのことの真実を知りたい。

 そして何より……もう一度、イルシアさんに会いたい。

 その一心で私はこの聖都リドムを訪れた。


「しかし問題は、聖女リリクシーラにどうやって会うか、だな。忙しい人物だと聞いているから、そもそも今このリドムにいるのかも怪しいところだ。各国の上層部への面会やら、危険な魔物の討伐やらで追われているそうだからな。王家の血が絶えて大貴族による王座争いが始まったアーデジア王国の調停まで行っていたそうだ」


 簡単に会える相手でないことは理解している。

 だが、聖女リリクシーラは相棒である聖竜セラピムに跨って各地を移動しているという。

 追い掛けて追い付ける相手ではない。

 どうしても会いたければ、この聖都リドムで根気強く機会を待つしかない。


「それに聖女リリクシーラには後ろ暗い噂も多い。彼女の有する聖騎士団は、世界最強の武装集団だとされている。聖女本人の戦闘能力も尋常ではない。リリクシーラはその圧倒的な戦力を用いて、周辺国に圧力を掛けるような真似もしているそうだ。色々と弱小国を支援する活動はしているようだが、足許を見て相手から搾り取るような外交形態が多い」


 聖神教の教義には『自身の損得を顧みずに困っている周囲の人達に対して手を差し伸べよ』というものがあるらしい。

 リーアルム聖国はその教えを国家規模で守り、遠方の魔物災害への対策から、戦争調停まで積極的に活動している。


 ただ聖国や聖女は、どうやら聖神よりもリアリストらしい。

 教義の『自身の損得を顧みずに』という部分は守られてはいないようだ。


「随分とおっかない人物らしいぞ。聖女リリクシーラがドラゴンをスライム達の首魁だと認定したのは、もしかしたら自分に都合よく事件の筋書きを書き直そうとしているからなのかもしれん。調停と称してアーデジア王国を聖国の傀儡国家にするまたとない機会だろうからなぁ。魔物同士で潰し合って漁夫の利を得たと言うより、ドラゴンを悪役にして叩き出してしまった方が都合がよかった……とも考えられる。国を救ったという大義を得て、アーデジア王国をコントロールすることができる。気を付けておけ、ミリア。聖女リリクシーラは、真実を知りたがる私達の首を落して黙らせようとするかもしれないぞ」


 メルティアさんはわざと怖い顔をして、自分の首へ指を向けて斬る仕草を取った。


「あ、あの、メルティアさん……」


「フフ、なんてな。そう怖がるな、ミリア。まぁ、今のは少し過剰に捲し立てたが、それくらい警戒しておいた方がいいという話だ。聖女リリクシーラとの面会に成功したとしても、ドラゴンと友達です、なんてことは伏せておいた方がいいだろう」


「いえ、その、声が少し大きくて……その、周囲の目が」


「貴様ら、いい度胸をしているな! 聖女様は、世界から少しでも不幸な人達を減らすべく、身を粉にして調停に力を注いでいた。それを、アーデジア王国を傀儡にしようとしているだと……?」


 聖神教の白いローブを纏った、口髭のある男が歩いてきた。

 顔を真っ赤にして怒っている。

 次の瞬間には殴り掛かってきてもおかしくない剣呑な雰囲気だった。


「ま、まずい、逃げるぞ!」


 メルティアさんはしまったというように顔を歪めると、私の手を引いて走り始めた。


「逃がすか! この地で聖女様を侮辱して、ただで済むと思うなよ! おい、誰か手を貸せ! 余所者が聖女様を冒涜したぞ! 懲らしめてやる!」


「ゆ、許してくれ! 私達はただの噂好きの流れ者なんだ!」


「……メルティアさん、自分で話題は気を付けろって言ってたのに」

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